第49話 抑圧からの解放

 完全に太陽が顔を出しきり、1日目の仕事は交代の時間となった。


 正直退屈だった。結局、魔物は1体も斃せていない。外側の区域では群れで小鬼が現れたりと、結構忙しかったみたいだが……。


 さて仕事が終わったら、飯を食って就寝の時間である。といっても、昨日のようにグースカ眠れないのが辛いところだ。昨日あんなことがあったのだから。


 リアはまだ内側に引きこもって魔法の開発を続けている。だが、未だにアイデアのとっかかりすら見つからないようだ。魔法に関して俺は全く力になれない。だから、俺は俺で出来ることをするのみ。


 とにかく、深く眠ってしまわないように意識をしながら、ベッドに横たわる。


 半分起きながら眠る。そんなことが可能なのかわからないが、その状態を目指して、眠り落ちそうになる度、無理やり頭を覚醒させるようなサイクルを延々と続けた。


 結果、怪しい人間は近寄ってこなかったが、そんな調子で身体が休められるはずもなく……。


「ああ、もう交代の時間かぁ。ふぁぁぁ~~眠すぎるぅぅ……」


 寝不足人間の出来上がりだ。中途半端に眠気と向き合ったせいで、むしろ完徹よりも身体が疲れている。


(ミナト~眠くて魔法に集中できない~)

(……すまん)


 流石のリアも寝不足には勝てないようだった。テンションが少しおかしい。


(回復魔法で眠気収まったりしないだろうか……あっ、ちょっとマシになったか?)

(気のせい気のせい)

(バカバカ! お前、こういうのは気の持ちようなんだよ! 高校の頃のテスト前を思い出せ! 眠くないって自己暗示繰り返して何度も乗り切ってきただろ!?)

(まあ、ミナトの中に一夜漬けで成功した記憶がひとつも無いんだけどね)


 と、そんな風に少し寝不足テンションを引きずりながらリアと話していると、なんだか眠気が晴れてきた気がしてきた。


 少し昔を思い出す。そういえば、俺の父が旅行で長時間車を運転するとき、ウザったいくらいしつこく話しかけてくることがよくあった。あれはもしかして、俺との会話で眠気を誤魔化そうとしていたのだろうか。残念ながらもう確かめることは叶わない。少し胸がじんわりしてしまった。


 とにかく、リアも魔法に集中できないみたいだし、今日は俺の話し相手になって一緒に仕事を乗り切ってもらいたい。


 そして、数時間後。異様なテンションで臨んだ本日のお仕事は眠気100パーセントだったこともあって、終わっても何にも覚えていなかった。そんなんだから、勿論語るべき所はほぼ無い。まるで、時間が切り取られたような気分だ。


 繰り返すが本当に何もない時間だった。しかし、だからこそ地獄のようであったとだけ言っておく。暇と眠気の組み合わせは凶悪だ。


 結局、何も為すことなく2日目のお仕事も終わりを迎えてしまった。一番内側を守る俺たちが魔物と戦うということは、即ちこの村の危機なわけだが、魔物を斃した分のプラスボーナスもギルドの評価点も得られず終わっていいのだろうかという方向性の不安が付き纏ってくる。


 ただ、配置が初めの時点で決まってしまった以上、これはどうしようもなかった。今は出来るだけ穏便に後2日を終えられるように頑張るしかないのだ。


 3日目は初日よりは上手く眠れたと思う。


 大体1時間に一度、目を覚まして安全を確かめる。必然的に浅い眠りになるのは仕方がないが、それでも昨日よりはマシだった。


 おそらくこういう経験を繰り返すことで、寝ていても人の気配がわかるというラーヤさんのようになれるのだろう。……知らんけど。


 とにかく今日も仕事を乗り切ろう。


 ということで、ご飯を食べようと表に出てみると、村中はどこか騒がしく妙な雰囲気に包まれていた。


 集会場として使われている巨大な東屋の下、そこに冒険者たちが集まって何やら作戦会議をしていた。初日に役割を話し合う際に使われた場所だ。


「おい、お前ら何やってんだ?」

「見てわからんか? 作戦会議だが」


 少し語気を強めてカイドさんが問うと、まるで自分が代表者だと言わんばかりに例のオッサン冒険者から返事が返ってきた。


「見たところ夜組も揃っているようだが……これは一体どういうことだ? 俺たち作戦会議をするなんて話は一切聞いていないぞ。なぜ、呼ばない?」

「いや、アンタらも呼ぼうと思ってたんだがなぁ、眠っている所に迂闊に近づいて暴漢扱いされるのが皆恐ろしくてなぁ……」


 そう言って、周りの冒険者たちにぐるりと視線を送るオッサン。それに同調する者、気まずそうに目線を下に逸らす者と反応はそれぞれ。


 これはアレだな。コイツが主導して、俺たちをのけ者にしたってところか。どうやら、あの変態が捕まったことを相当根に持っているらしい。


 オッサン冒険者のランクは『藍』。カイドさんは「『藍』ランク止まり」なんて言っていたが、今この場にいる中では、カイドさんを除き最高ランク。つまり『灰』ランクでも受けられる依頼の中で、お山の大将を気取っているのだ。陰湿で大変腹が立つ。


「チッ……もういい。で、これは何の作戦会議なんだ? お前らが知らせなかっただけで、俺たちにも知る権利はあるだろう」

「はぁ。同じ説明を何度もするのは面倒なんだが……まあ、いいか。お前らも確認がてら聞いてくれ」


 面倒そうにオッサンは今回の経緯を話し出した。


 ヤツの話は周りくどかったり、要点が分かりづらかったりと理解に苦しい部分があったが、大まかに内容は分かった。どうやら、これから近くにある小鬼の巣を攻略するらしく、その役割分担を相談しているところらしい。


 はーん、そういえば外側の区域では小鬼がめっちゃ出るって話だったな。でも、巣を攻略? なぜ? 俺らの仕事はただの警邏ではないのか。


 疑問に思っていたら、カイドさんが横から小声で教えてくれた。


 警邏の仕事と魔物の討伐をする仕事は当然別物である。警邏の仕事の範疇を越えて、範囲外にいる魔物をわざわざ斃しに行ったり、大規模な魔物のコロニー攻略したりする事は基本的には禁止されている。


 だが、物には例外が存在する。


 それは小鬼という魔物の特殊性にあった。小鬼は小さな子供ような体躯とその程度の知能を有している。そこそこ賢いが生物としては非常に弱いので、訓練を受けていなくても大人なら簡単に駆除が可能なレベルだろう。では小鬼のどこが特殊かというと、それは奴らの異常な繁殖力だ。


 小鬼は魔物らしく、元々は辺りを漂う魔力から生まれるとされるが、生まれた小鬼同士の交配によっても増える。問題はそっちだ。アイツら一定以上の魔力濃度下であればハツカネズミのごとくポンポン生まれ、すぐに成体まで成長する。気づかない内に手が付けられないレベルで繁殖していたという事態もよく発生するらしい。


 とにかく、そんなヤツらに対しては「見つけ次第殺せ」の精神で、仕事の範疇を越えて討伐活動が許される。勿論、相応の戦力がある場合に限るが。


 それで今回、彼らは発見したコロニー攻略に乗り出すのだそうだ。


 こんな疲労の溜まった今じゃなくてもいいのにとは思うのだが、ランク昇格だとか、小遣い稼ぎだとか、それぞれに思惑があるのだろう。


「じゃあ説明も終わったところで、誰が巣を攻めるのか決めるぜ」


 オッサンがそう言うと、皆の表情がより真剣なものに変わるのがわかった。皆、やはり攻略組に入りたいらしい。まあ説明を聞いた限り、攻略組以外は彼らの分も含めて引き続き村の警邏をしなくてはならないからな。それに「俺たちは攻略をしてきてやったんだから、最終日はお前らだけで仕事をやれよ!」……なんて言われる未来も容易に想像できる。


「俺は攻略する側に入りたい。夜組だから休息は十分とれているぜ」

「テメェずりーぞ! 昼組だが、俺だって余裕だ! 体力には自信があるからな!」


 皆、それぞれ攻略組に入ることを必死にアピールしている。それは教育係として参加しているカイドさんを除き、この場で一番上の立場であるオッサン冒険者に対してだ。最初、昼か夜か決めた時もそうだったが、公平性もクソもない。


 さて、俺はどうしようか。そりゃあ出来れば攻略する組に入りたいが、あのオッサンは許してくれないだろうな。


(あーもーなんでもいいから早く終わって眠りたい……)


 リアは消極的である一方で寝不足がたたって少しイラついている。それでなくても、あのオッサンには目の敵にされている。ここで言い合いなんてしたら、絶対暴力沙汰に発展するだろう。だから、これ以上はもう関わらないようにしよう。そう思って、アピールはしなかったのだが……。


「なあ、ちょっといいか?」

「あ? なんだ、保護者」


 突然手をあげて衆目を集めたのは、カイドさんだった。


「俺は『紅』ランクだが、今回はこのミナトの教育係としてこの依頼に参加している。だから、そっちが決めたことに異議を唱える気はない」

「そうか。それはありがたいことだな」

「だからこれは上のランクの冒険者が下の冒険者たちに強制するものではない、ということを前提に聞いてくれ」

「あん?」

「俺は今回の小鬼の巣攻略のメンバーにこのミナトを加えることを提案する」


 俺の肩に手を添えて、そう言い放った。


 ちょっとそんな打ち合わせにない事しないで!


「おいおい、その『灰』ランクのガキをか? 実力不足だろ」

「そう見えるか? コイツの魔法位は見ての通り≪黄昏≫だぞ?」

「それがどうかしたか? 俺は知ってるぞ! いくら魔法位が高くとも魔法を使う頭がなければただの飾りだ。そんなガキに魔法が扱えるとは思えん!」

「年齢も冒険者ランクも、低いからって必ずしも実力が無いとは限らない。そうは思わないか? 『藍』ランクのディワール」

「ぐぐッ……そ、それもそうだ」


 青筋をたてつつも肯定する、オッサン改めディワール。コイツそんな名前だったのか。


 カイドさんは上手い具合にディワールの冒険者ランクコンプを煽っていた。今更ながら、この人こんなにオラついてたか? 進んで相手に喧嘩を売っているようで恐ろしい。


 自分の教育係りに対して、そんな不安を覚えていると。


「ほら、ミナト。お前もさっさとアピールしろ」

「えっ?」

「『えっ?』じゃない。自分の事だろ。なんでお前そんなに大人しくなったんだ? 襲われたショックでまだビビってるのか?」

「え、いやそういうわけじゃなくて……やっぱり問題は起こさない方がいいと思って」


 俺が遠慮がちにそう言うと、カイドさんは今まで話していた周りの人間を放り出してリアに向き合った。屈んで中腰の状態でリアの肩を掴む。


「確かに人とうまくやることは大事だ。お前の境遇の事もあるしな。でも、冒険者という仕事だけは別だ。さっきから見てたよな? コイツら、隙あらば他人を貶めることばっか考えてやがる。里で色々学んできたんだろうけど、冒険者やってるときは、他人に合わせようとせず、自分の力を見せつけろ」


 掴んだ肩を揺らすその力は強く、言葉も痛いほど胸に突き刺さってくる。


 確かに俺もリアもこの依頼を終わらせることばかり考えて、立志を蔑ろにしていたかもしれない。でも……いいのだろうか。出る杭は打たれる。目立つとその分敵を増やし、ふとしたところで足元を掬われるかもしれない。多くの秘密を抱える俺たちがそんなので大丈夫なのか。


(ミナト、確かにカイドさんの言う通りだ。家族を探すにはもっと力がいる。それは実力もそうなんだけど、周りに認められるだけの地位だって必要。だから出来るだけ冒険者ランクは上げておきたい。それにこのままナメられたままは嫌だし……私、やるよ)


 久しぶりに身体の自由が失われていく感覚がくる。


(リア、大丈夫なのか?)

(うん。コイツらに関わるのはまだちょっと怖いけど、ミナトに押し付けてばっかりじゃダメだから)


 まだ心配だけど、この子が大丈夫って言うなら俺は奥に引っ込むしかないか。結局、身体も、持つべき覚悟も俺の物じゃない。


「私のこの目を見てもらえばわかると思うけど、魔法位はこの中で一番高い。戦力として申し分ないと思うけど?」


 リアがディワールに向けて、自信を訴える。


「だが、さっきも言ったように魔法位が高くても魔法が使えなければ持ち腐れだ」

「じゃあ、私の魔法を見せてあげる」


 そう言って、リアは建屋の側にぽっかりと空いたスペースに向き直る。すると、全身の魔力が一瞬にして沸き立ち、そして、まるで天でも操るがごとく右手を高く掲げた。


 次の瞬間、紫の線が視界をぶった切った。


 ズガアアアアアアア!!!!


 そして轟音が止むと共に、腰を抜かすディワールや冒険者たちに視線を向ける。


「どう? これでもまだまだ魔力は余裕だし、使える魔法だって他にもいっぱいある。こんな私を、まさか使わないなんて言わないよね?」


 ニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。ディワールは口をあんぐり開けて放心していた。


 リアの言う通り、まだまだ魔力は余裕だ。今の雷魔法はかなり威力を抑えていたからな。ちなみに色が紫色なのは、「カッコいいから」というだけの理由。


(ふっ、めっちゃスッキリした)


 今までリアをナメてた奴らが揃いも揃ってその力に恐れ慄いている。そんな光景を目の当たりにして、寝不足も相まって募りに募っていたイライラが一気に解消された。

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