第47話 冒険者としての初仕事

 冒険者ランクはギルド独自の点数計算によって変動するらしい。当然ながら、素人の俺たちには評価点の詳細など知る由もない。おそらく【暁の御者】の面々でも知りえない極秘なのだろう。


 『灰』から『黒』への昇格は一般的に3か月の期間を要するという。現代日本での俺の経験でいうと、雇ったバイトがそこそこの戦力になるのが大体3か月だから、ちょうど似たような感覚なのかもしれない。


 正直リア的にはここでゆっくり冒険者ライフを送る余裕はない。だがしかし、焦っても仕方がない。その辺の気持ちの配分が難しい。


 とりあえず、俺たちが出来る事と言えば、ドンドン仕事を受けることだけだ。


「おはようございます。今日の『灰』ランク向けの依頼はありますか?」

「はい、おはようございます。そうですね、監視塔での仕事などいかがでしょうか。詳細はこちらです」


 そう言って、ギルドのお姉さんは依頼の詳細がかかれた用紙を出してきた。


 内容を確認してみる。……ふむ、簡単に言うと、街に点在する監視塔へ登って空を眺める仕事か。……いや、決してふざけてはいない。


 あれは2年前、まだ俺たちが山の中を彷徨っていた頃のこと。ピューっと魔獣化した猛禽類が上から襲ってきたことがある。なんと、あれが稀にこの都会でも発生するらしいのだ。この仕事はそんな空からの脅威を町中に知らせる為、やぐらに登って空を監視する仕事だ。


「じゃあこれやります」

「はい。頑張ってくださいね」


 内容を見る限りかなり楽そうなので即決する。早速ギルドを出て、書類に書かれた場所まで向かう。


「場所はわかるか?」

「ああ、うん。地図を買ったからね」

「そうなのか。女性は地図を読むのが苦手だと聞くが、ミナトは大丈夫なのか?」

「それ偏見だよ。だって私、普通に得意だもん」


 そんなやりとりをカイドさんと交わしながら歩いていく。どうしてこの人が一緒なのかというと──


『コイツの教育は俺たち【暁の御者】が持ち回りで担当する。何か問題はあるか?』

『いえ、まったく。『紅』ランクの冒険者の教えを受けることが出来るなんて、なかなか無いですよ。よかったですね』

『あっはい』


 どうやらこのギルドでは『灰』の冒険者に対して教育係を担う冒険者を紹介する制度があるらしい。リアの場合は紹介ではないが、【暁の御者】の面々が交代で担当してくれるとのことだった。


 そして実際、初めての依頼にこうやってカイドさんが依頼に付き合ってくれている。


「カイドさん、わざわざ時間作ってくれてありがとう。でも、ギルドから心付けが出てるとはいえ、『紅』ランクのパーティーが3か月以上活動しないなんて大丈夫だったの?」

「ん? ああ、そんなこと気にする必要はないぞ。元々俺たちは数か月一緒に仕事して、その後しばらくは個人で稼働し、レベルアップをめざす。それでまたパーティーで活動するというというサイクルを繰り返していてな。今は丁度、個人で動く時期が来ているんだ」

「へぇ、なんか頻繁に活動休止するバンドみたい」

「バンド?」


 その例えは絶対伝わらないぞ、リア。……といいつつも、ニュアンスはあっている気がする。吹奏楽部だってずっと合わせ練習をしているわけではないということだ。


「ちなみに俺もミナトの教育が終わったら、この街にある道場へお邪魔する予定だ」

「へぇ、ストイックだ」


 正確な年齢は知らないが、見た感じカイドさんはもうアラフォー近いと思われる。仲の良かった俺の叔父よりも恐らく年上だ。あの人は子供が中学に入ったあたりから仕草や生活習慣にかなりの親父臭さが出てくるようになった。だが一方で目の前のこの男、見た目はともかく、行動や精神はまだまだ若々しい。


「お前だって暇さえあれば魔法の研究をしてるだろ?」

「私のは趣味みたいなものだけどね」

「俺だってこの剣の腕を磨くことが趣味みたいなもんだ。いや、そう思うようにしている。成功する冒険者というものは苦もなく歩みを止めないものらしいからな」


 こういうカッケェ親父になりたいもんだ。リアの身体にいる以上叶わぬ願いだけどな。






 大体5時間ほど空を眺めていた。決してボーっとしているわけではない。鳥獣や魔物を警戒しつつ、この場でジッとしているという立派な仕事をこなしているのだ。


 そして、この仕事は辛かった。楽そうだと気楽に選んだあの時の俺たちを説教してやりたいほど。


(もうさっきの休憩から1時間くらい経ったかな)


 そう思ってリアは街の中央に聳え立つ時計塔へ視線をやる。……20分も経っていなかった。


「ミナト、集中切れてるぞ」

「はっ、すいません……」


 ダメだ退屈過ぎる……。いや、本来退屈してちゃいけない仕事なんだが、いつ飛んでくるかわからないものを待ち続けるのは精神的にキツイものがある。


 そういえば、通っていた大学に1日中正門前で待機している守衛さんがいた。俺は彼らを見る度に心のどこかで「楽そうだなぁ」とか思っていたけど、本当はこんなにも大変だったんだな。


「忍耐力強化のチャンスだと思って頑張れ」

「うぃ」


 そして3時間後、永遠のように感じられた監視の仕事を終えた。結局猛禽類は現れなかった。何の感想もなくひたすら空を見つめる無の時間だった。


 ギルドへ戻るとお姉さんに冒険者証を渡して、ネイブル硬貨を数枚受け取る。初任給だ。


 4000ガルド……高いのか安いのか、まだ判断はつかない。


「お疲れさまでした。明日もこの仕事を続けますか?」

「えっと……どうしよう」


 明日もあの退屈な時間を、なんて思うと即決できなくて、リアは一旦タイムを告げてカイドさんと話し合う。


「カイドさん、アレはダメ。キツすぎる」

「うむ……キツいかどうかはさておき、確かに今のお前の為になる仕事ではないな。それに俺も少し退屈だった。次はちょっと危険な仕事を斡旋してもらうか?」

「そうする! 危険には慣れてるし。いやむしろ多少危ない方がいい」

「ううむ、まあ、実力があるのは解ってるからな……じゃあ、次は街の外へ出る仕事にしよう」


 ということで、カイドさんがギルドのお姉さんに話を通す。すると運よく街の外へ出る仕事があるという。リアは飛びつくようにその依頼を受けた。


 仕事の内容は壁の外にある農村を魔物の脅威から守るという至極単純な内容だ。


 期間は4日間。勿論泊まりの仕事になる。ご飯や寝床は農村で用意してくれると説明されたが、カイドさん曰く持っていけるなら何かしら余分に食料を持ち込んだ方がいいとのこと。まあルーキーのリアが受けられるくらいだし、あんまり豪華なもてなしは期待出来ない。宿でテイクアウト品でも何品か頼んでいこう。


 また女性冒険者の場合、食事の他にも色々と準備が多いらしいのだが、リアはそれにはあてはまらない。平気で同じ服を何日も着ていられる性格故に着替えも最低限で済むから。


 結果、リアの荷物はカイドさんよりも少なくなった。多くてもマジックバッグに突っ込めばいくらでも持っていけるのだが……。


 とにかく、初めての泊りがけの仕事だ。無事に乗り切りたいと思う。


 出発の朝、ギルドから目的の農村まで馬車を出してくれるというので、それに乗り込んだ。


 どうやら同じ現場で仕事をする冒険者はそこそこいるようで、車両の中の人口密度はかなり高かった。身体が触れるほどすぐ側に知らない男性冒険者が座ったせいかリアの調子はすこぶる悪そうだ。女性専用車両が必要だな。


 そんな状態で馬車に揺られること1時間程度でようやく目的地に到着する。馬車から降りてみると、周りには耕されたばかりの畑が広範囲に広がっていた。


 広大な土地には畑仕事に精を出す農夫たちの姿がポツポツと見える。普段、魔物の駆除は彼ら自身で行っているらしいのだが、手に負えなくなったり、農作業が忙しい季節に入った場合は今回のようにギルドに依頼を出すらしい。


 この人たちが安心して作業できるように。そう思うと、やる気が出る。


 とりあえず、今回の依頼の主である農村の人間に挨拶をすませる。その後、一緒に仕事をこなす他の冒険者たちと持ち場や休憩時間の段取りなどについて相談することになった。


 むさい男たちは布に描いた簡単な区画図を囲みながら、皆好き勝手に担当したいエリアと時間帯をあれやこれやと言い合っていた。


 基本的に魔物を殺すとそこから取れる魔石は冒険者の懐に入る。なので人気なのは魔物が現れやすい外側かつ、時間帯は朝から昼にかけてとなる。その条件が一番、魔物と遭遇しやすく実入りがいいらしい。


 当然、俺たちも魔物を斃したいので出来るだけ日の高い時間で、外側エリアを所望するのだが……。


「おいメスガキ。お前『灰』ランクだろ。出しゃばるな」


 意地の悪そうなオッサン冒険者に釘を刺された。


(なにこのオッサン!? 顔面にレーザーブチ込んだろか!?)


 なんて内心キレまくるリアではあるが、ランクの低さを持ち出されてぐうの音も出ないようだ。ギルドのお姉さんからは問題を起こさないようにと念を押されていた。ここは抑えた方がいいだろう。


 結局、一番ランクの低いリアが一番安全な中央の人家が集中したエリアを担当することになってしまった。しかも時間帯は夜中である。


「決まってしまったもんは仕方ない。さっさと夜に備えて仮眠をとるぞ」


 カイドさんはそう言うが、急に生活リズムを逆転させろと言われても難しいものがある。数時間前までぐっすり眠っていたのだ。だが「眠くないから起きてまーす」なんて主張が通るはずもなく、リアは宛てがわれたベッドに横たわり、ひたすらぎゅっと瞼を閉じていた。

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