第46話 首都アブテロ
馬車に揺られることほぼ1日。俺たちはネイブル国の首都、アブテロ市へ到着した。
「ほわぁ」
車窓からアブテロ市の街壁を見上げてリアは思わず間抜けな声をあげた。
アブテロ市の外観を一言で表すなら、壁である。それも見上げた勢いでひっくり返ってしまいそうなほどに高い壁。魔物の脅威に対する前線であったシャフルも当然壁に囲まれた都市だったが、首都はそれ以上に壮観だ。
俺が生きていた頃の記憶はともかく、リアが自分の目でここまで巨大な建造物を見たのは初めてだった。
「昔はねぇ……この首都が最前線の街だったんだよ」
驚くリアに気を良くしたのか、乗合馬車に居合わせた地元民らしきお爺さんが教えてくれた。
その昔、この都市は魔物が跋扈する森林に隣接した小さな要塞都市だったらしい。それが長い年月をかけて、少しずつ森を開拓していき、その度に外壁を広げていってここまでの都市になったという。今では魔物の脅威はかなり減り、壁は無用のものになりつつあるが、その当時のフロンティア精神を象徴する市民の拠り所になっているらしい。
それにしても、この壁はデカすぎないだろうか。首を折らないとてっぺんが見渡せないほどの圧倒的な存在感と閉塞感を放つ壁はどこか、日本の東北地方で見た海岸堤防を彷彿とさせた。
アブテロ市は流石大都市だけあって、膨大な来訪者を捌けるように複数の検問所が設置されているようだ。まるで空港の手荷物検査のようにスルスルと列が消化されていくのが見える。
しかしながら今回はそれすら必要ない過程だ。リアたちを乗せた乗合馬車は検問所を通ることなくアブテロの街へと進入していく。
まあ、街へ入る手続きを乗合馬車の業者が予め入場検査を代行してくれただけなんだがな。だがこれがファストパスを使ったみたいで最高に気分がいい。
街には馬車専用の道路が敷設されていて、トラムはないものの大規模輸送が可能なほど交通事情は発展しているようだ。
馬車は街の入り口から円形の中心をリニアにぶった切るという大通りを進んでいく。
「そこを交差する大通りは50年くらい前はまだ古い壁があった場所なんだよ。ほら、あそこにその跡が残っているだろ? 向こう側までグルーっと環状に伸びているんだ」
どこかでスイッチが入ったらしいお爺さんはさっきから聞いてもいないのに街の歴史なんかを語ってくれる。俺としては観光バスに乗っているみたいで面白いからいいけど、純人の街の歴史に興味のないリアは少し退屈そうだった。
馬車が街の中央あたりにある停留駅舎へ到着して、リアたちはそこから冒険者ギルドへと向かう。一緒になったお爺さんはそのまま街の向こう側へ向かうらしい。人見知りのリアからは一切話しかけていなかったのに、妙に気に入られていたな。お孫さんに似ているとかだろうか。ただリアは見た目中学生くらいで、そこまで子供しているとも言い難い……。まあ、リアは黙っていれば天使みたいに愛らしい見た目をしているので可愛がりたくなる気持ちもわかるが。
(干し芋、うま。くやしい……)
しかし、ああいうご年配方はどうして、子供を餌付けしたがるのだろうか。リアは純人から貰った、と食べるのを渋っていた干し芋をいつの間にか齧っていた。
「ミナト、はぐれるわよ」
「あい」
リアは芋を口の中に無理やり押し込んで、ラーヤママの袖を掴んだ。丁度人が動き出す時間なのか、こうでもしないと本当にはぐれてしまいそうなくらい人の往来が多い。
人の流れに乗る事十数分、ようやくリアたちは冒険者ギルド、アブテロ支部へ到着した。
ギルド内はシャフルのそれと比べても広く、そこら中に冒険者らしき人の姿が多く思える。最前線の街よりも規模がデカいのはどうしてだろうか。
それはともかく、わざわざ首都の支部まで来たのには理由がある。
今一度確認しておくと、このネイブル国首都の冒険者ギルドのお偉いさんであるルーナ氏に里長からの手紙を渡す事が第1のミッション。そして、その人からリアの親探しのサポートをしてもらうのだ。
ということで早速ルーナ氏と面会したいところ。ああ、そういえば今は『ルーナ』ではなく、『ソルデ』という名前なんだったか。……ややこしいな。名前を変えている以上、古い名前を使うのはまずい。里長ももうちょい確かな情報を伝えて欲しいもんだ。
「では報告にいくぞ。その流れでミナトの用事も済ませてしまおう」
ということで皆一緒に受付へ向かった。
カイドさんたちが先に報告を済ませ、次にリアが冒険者証を呈示する。受付のお姉さんは藍色の美しい髪が特徴的な美人さんだった。
「すいません、ソルデさんという方にこの手紙を──」
そこまで言ってリアの口の動きが止まった。
(あれ、この手紙渡していいんだっけ!?)
(いやそのために来たんだろ)
(じゃなくて、このお姉さん……というよりギルドに)
(あっ、確かに……中身を
流石に隠れ里からの手紙を渡す本人以外に見せるわけにはいかない。今更ながらそんな事に気づいて、リアは不自然ながらも誤魔化さざるを得なかった。
「──を、お渡ししたいのですが、面会できますか?」
「え? ギルドマスター宛なら今お預かりいたしますけど」
「ではなく、私が直接渡したいんですけど……」
「えっと……」
ああ、見るからに受付のお姉さんが困っている。
「申し訳ないけど、ギルドマスターに会わせるわけにはいかないわ」
いつの間にか丁寧な口調が消え去って、困った子供を相手にする顔になっている。
「えっ、どうして?」
「そりゃあ腐ってもギルドマスターですもの。『灰』の冒険者が気軽に会えるわけないじゃない」
そっか、ルーナ氏はギルドマスターなんだっけ。字面だけだと偉いさんどころかトップじゃん。
そして、ギルドマスターは腐っているらしい。どういうことだよ。
ルーナ氏とは一体何者なんだ。本気でよくわからなない。
とにかくこのままでは話が進まない。ここは大人に何とかしてもらおう。
「カイドさん」
「あ、ああ……では、俺たちなら面会できるか?」
「は、はい。そうですね、『紅』ランクの皆さんでしたら問題ないと思います。確認してきますね」
「ああ、頼む」
リアのお守りとしてラーヤさんだけを側に残し、他のメンバーはギルドマスターとの面会へ行ってしまった。
結局、リアのルーナ氏との面会は叶わずに終わった。
その夜、宿併設の食堂の席でカイドさんはルーナ氏との面会の結果を語る。
「ミナト、手紙はちゃんと渡したぞ。ギルドマスターはお前と話がしたいそうだ」
「本当? じゃあ明日──」
「と言いたいところだが、やはり『灰』の冒険者とギルドマスターが会うにはよっぽどの理由がないといけない。例えば、魔物の氾濫の報告とかな」
「え、じゃあどうすれば……」
「いや実を言うとあの人に会う方法は幾らでもあるんだ。それこそ個人として仕事終わりに会いに行けばいいわけだから。だが、あの人は会わないだろう、何せ、こんなことを言っていたからな。『折角だからこの街で冒険者になっていけばいい』だと」
「……というと?」
「つまりビギナーを卒業してから会いに来いってこった。簡単なことだ。ミナト、この街でランクを『黒』まで上げるぞ」
「ええーっ!?」
まさかの遠ざかっていくゴールに俺とリアは思わず気が遠くなった。
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