第45話 現実とゲームの世界

 ギルドで登録を済ませたリアたちは、疲れていたこともあって、寄り道せずに残りの面子が用意した宿へ直行した。


 その道中、このシャフルという要塞都市の街並みを眺め歩きながら、俺は引っ掛かった。それは、この街の栄え具合というか……。


 シャフルの街には通貨が存在し、2階建て以上の高さの建物が軒を連ね、旅人が休める宿屋もあって、お酒を飲む店もある。なんと里にはなかった時計もある。


 ここへ到着する前にこのネイブルという国の情報を聞いた。カイドさん曰く、ここが今大陸で一番発展している国らしい。


 うーん、と首を傾げざるを得ない。いや、確かに獣人の隠れ里に比べると数倍は栄えているけれども。


 なにも俺はこの街を、この国を未開だと貶したいわけではない。だが、俺たちだけが知りうるこの世界の前情報──ゲーム『花束*ヴァイオレットマジック』の舞台となった街と比べると、文明が何世紀レベルで劣っていると言っても過言ではなかった。


 ゲームの舞台となる街には魔法学園があって街中にトラムが走り、街行く人々は装いを飾り立て、カランを捻れば暖かいシャワーが出てくるような近代的な世界観だ。


「あの、トラムって知ってます? 電車でもいいですけど……」


 俺は心配になって、宿に戻った後、パーティで一番のもの知りであるハツキさんに尋ねた。


「トラム? 電車? なんだいそれは」


 これである。魔法学園について聞いてみると。


「魔法学園というと、魔法の学校ってことかな? カイドたちは知ってる?」

「さあ?」

「あー確かアリア公国の都にそんなのあった気がするわ。あの王族貴族が通うやつ」

「ああ、あったね。あそこも一応魔法の学校になるのかな」


 ダメそうな反応だ……。あのゲーム、王族は出て来ても貴族は出てこなかった。


「ミナトの家族がそこにいるのか?」

「いや……」


 カイドさんの問いに首を振った。


 よくよく考えると、そもそもこの世界とゲームの世界では価値観や倫理観が大きく異なっているではないか。


 ゲームにはヒロインとしてエルフの先輩やセリアンスロープ(獣人)の幼馴染がさも当然のように登場するが、純人以外が迫害されるこの大陸で果たしてそんな配役が実現するだろうか。


 じゃあ、あの学園は、街は一体どこにあるんだ? 大陸の外? そんなことを考えている内に、この世界とゲームとの繋がりに確証が持てなくなってきた。


 俺の記憶にあるゲームの情報と今こうやって体験しているこの世界。2つを繋ぎとめているのは、リアの姉、ユノの存在と魔女と呼ばれるいまいち謎な人物だけ。つまりそれらの人物の名前とリアを取り巻く世界の情報がたまたま一致しただけという解釈もできるわけで、もしそうなら「ゲームに出てきたのだから安全」などと決めつけていたユノの現在は怪しくなる。


 前提条件が崩れているという問題に今更気が付いて、焦る気持ちが生まれる。


(ミナト、ミナト、落ち着いて!)

(リア、すまん。お前の姉ちゃん安全かどうかわからなくて……すまん、俺の不確かな情報のせいで)

(ああうん。考えてることは分かるけどさ。今、お姉ちゃんの状況がどうだろうと、私たちに出来ることなんて限られてるでしょ?)

(え?)

(いやだから、リットのばーちゃんがルーナさんって人から情報を聞けって言ってたでしょ? なんにしても、私たちの手掛かりはそれしかないんだから)

(ああっ! そ、そうだな……)


 俺がリアに渡せるものと言えば、魔力とほんの少しの知識のみ。だからその2つに関しては役に立ちたいと思ってしまう。それがいけなかったんだろうか。想定と違う状況に血の気が引いてしまった。


 一方リアは里でこの世界の情勢をある程度知った段階で、ゲームの舞台が存在しないか、またはどこか別の遠い場所にあるという事を予感していたのだろう。


 ……やはり俺とリアでは、同じ頭を使っていても洞察力が違う。それとも、この世界がゲームの世界である、なんて侮りが俺の中にあったのだろうか。


 いや、余計な事を考えるのはよそう。今はリアの言う通り、ルーナさんなる人物に会うことを考えるのだ。






 ギルド登録をした翌朝、リアは【暁の御者】の面々と共にギルドへと赴いた。


 冒険者証の発行に時間を取られるかと思ったが、着いた頃には既に出来上がっていたようだった。


  一見してクレジットカードのような見た目のそれを受付嬢から受け取る。材質はアルミのように軽いが、ある程度の剛性がある謎の素材だ。


 表紙には里で2年頑張って勉強した大陸共通文字が、『ミナト』という名前を彫るのに使われていた。ギルド以外でも簡単な身分証明として使えそうだ。


「冒険者証は特殊な加工が施されているので無くさないようにしてください。再発行には料金をいただきますからね」

「わかりました……でも、その特殊な加工ってなんなんですか?」

「えっと、ごめんなさい。その辺りは私には詳しく分からないのです。でも確か、魔石を用いた加工がされていて……まあ所謂魔道具ですね。簡単に情報の記録が出来るんです」


 え、なにそのハイテク感。ICカードかなにか?街の技術レベルからかなり浮いているように思えてならない。それこそ、ゲーム本編に出てきた学生証にそんな機能が……って、一旦落ち着こう。


 お姉さんが言うには、このカードは今や大陸中で認知されている技術だが、生産の全てをこの国のギルドが行っているらしい。


 何でも首都支部のお偉いさんが突然このカードを発表してから、あっという間に全国のギルド公式のアイテムとなったという。しかしその製法は秘匿とされる。


(あとで解析しよう)

(壊すなよ)


 新しい魔道具おもちゃを手に入れたリアは興味深そうに冒険者証を眺めていた。


「後このタグを支給します。衣服のわかりやすい場所に着けてください」


 そう言って、お姉さんはピンバッジのような、灰色の小さい板を渡してきた。


「これは特に何の機能もないただの装飾品です。ただ冒険者ランクを示すものなので、冒険者として活動する間は出来るだけ身につけてくださいね」


 なるほど、一目でソイツのランクが分かるのは大事だな。それに冒険者か、一般人かどうかの判別もつく。とりあえず襟の所に着けておこう。


「はい。これで必要なものは全てお渡しいたしました。これから、頑張ってくださいね」

「ありがとう」


 リアは美人なギルドのお姉さんに見送られながらギルドを出る。


 さあ、早速冒険者としての活動をやっていくぞ! ……と言いたい所だが、俺たちはこれからこの国の首都まで行かなければならない。ギルドを出たその足で、乗合馬車が出るという輸送拠点所まで向かった。


 今まではずっと徒歩による移動であったが、今回は乗合馬車を利用する。


 シャフルから首都までの道のりは人の往来も多く、また街道も安定している事から馬車路線の便数も多く、スピードも出るらしい。これを利用しない手はない。


 で、諸々の手続きなどをハツキさんがやってくれた後、これから乗るという馬車を前にして。


「これ……言うほど馬車?」


 そこに並んでいたものは馬車というには些か奇妙な出で立ちをしていて、俺もリアも思わず凝視してしまった。


 だって、車両を引っ張っているのが馬じゃないんだもん。


 これはサイか? いや、トリケラトプス? よくわからないが、とにかく角が生えているうえに、いかにも頑丈そうな皮膚で覆われた生物が客車を引っ張っている。


 ああ、よく見れば角が青く輝いている。ということは魔獣か?


「これ放っておいて大丈夫なの?」

「大丈夫さ。まあ心配になる気持ちはわかるけどね。でも、この『牽牛獣』という生き物はこう見えて凄く賢い生き物なんだ。それに、よく調教されてるから、人間を襲ったりはしないよ」


 教えてくれたハツキさんはどこか楽しそうに牽牛獣と呼ばれた魔獣に熱い視線を送っている。こういうの好きなんだろうか。そんな感想をぼんやり抱いていたら、彼は馬車の発車の時刻まで懇切丁寧に牽牛獣について教えてくれた。リアは興味無さそうにしていたが。


 この牽牛獣だが、先進的なこの国では家畜化と魔獣化に成功しており、徐々に馬から置き代わりつつあるという。実際に乗ってみると、その優秀さが良く分かった。


 コイツ、のっそのっそと走る重戦車のような見た目で、走るとこれがなかなか速いのだ。時速40キロメートルは出ているのではないだろうか。自動車と比べるとそりゃあスピードは控えめだが、20以上の人員を乗せた車両を引いているにしては余裕のある走りだ。しかも3時間程度ならぶっ続けで走ることが出来る。


 これなら首都まであっという間だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る