第43話 初めての検問

 ゆったりとした下り坂の街道をしばらく進むと、大きな石造りの壁が見えてきた。


 所々にクズのような植物の浸食した跡があり、その風貌はまるで夏の風物詩某球場のようである。しかし、広さはその比ではなく、今リアが立っている場所からだと両端が見えないほどだ。


 要塞都市シャフル。この壁の内側にある街の名前だそうだ。


 本日はこの街にある宿泊施設を利用するそうだが、中へ入るためにはまず検問を通過する必要がある。通過には身分証が必要で残念ながらリアはそんなもの持っていない。そういう場合、身分証の代わりに審査が行われる。


「そう心配しなくていいわ。私たちのコネで何とでもなるの」


 審査という響きにふと感じた不安を見抜かれてしまった。そうだ、こういう亜人が1人だと難しい局面を乗り切るために彼らが付いてきてくれているのだ。


 ラーヤさん曰く、「自分は○○出身の△△です」といった自己紹介と共に信頼できる誰かの紹介があればラクに審査をパスできるらしい。


 ただ幾らコネがあると言っても、まさかリアのパーソナルな情報をそのまま馬鹿正直に答えることはできない。それっぽいバックストーリーを作る必要があった。


「これから街で暮らす間私は『ミナト』って名乗ることにするから、これからはそう呼んで欲しい」


 検問前に出来た行列へ並びながら、リアは【暁の御者】の面々にそう告げる。


 ガイリン北部に存在する寒村生まれの少女ミナト。これがリアの新しいプロフィールだ。


 名前を変えるのは奴隷として売られた名前が残っているかもしれないという一応の懸念と、知らない純人に本名を呼ばれたくないというリアの精神的な理由があったから。そして俺の名前である理由は、呼ばれ慣れているという単純なものである。


「ふむ、わかったミナト。ではこうしよう。俺たちはガイリンの辺境で育った親戚の少女を冒険者にするために、このネイブルの街まで連れてきた……と。そういうことで口裏を合わせよう」

「おねがいします!」


 他の面々も特に気になる事はないらしく、提案は受け入れられた。


 そして、検問は俺たちの番となる。【暁の御者】の4人は『紅』ランクの冒険者証の存在もあってあっという間に検問が終わり、次のリアに検問官の視線が向く。


「ミナトと言います。ガイリン北部の村から来ました」

「ガイリンだと?」


 検問官の顔が「ガイリン」という単語を聞いただけで少し強張った。どれだけかの国に悪いイメージがあるのかがわかる。


 それから検問官はリアの顔をマジマジと観察しだした。普通こんな美少女を直で見つめたら精神的に特異な状態に陥り、頬の筋肉が緩むこと事請け合いだろう。だが、この検問官の表情は逆にその厳しさを増していった。


「……何か身分を証明できるものは?」

「辺境の村から出てきたばかりなので身分証はありません。先に検問を受けたその人たちが私の身元保証人です」


 そう言って待機していた【暁の御者】へ視線をやる。


「そうなのか?」

「ああ、そうだ。その子はこのラーヤの親戚の子でね、冒険者になりたいって言うからガイリンから連れてきたんだ。わざわざここまで連れてきたのはほら……ガイリンではアレだろ?」

「……まあ確かに可能ならそれが正しい選択だな」

「それにこの子は家族想いの凄く優しい子だ。問題は起こさないと俺たちが保証するぜ」

「そ、そうか。まあ『紅』ランク冒険者のコネもあるならいいか……」


 最低限の嘘のみで経歴を語る。


 結果「入ってよし」とこちらにひとつの木片を渡される。聞いてみるとこれが在留許可証のようなものらしい。


「あの人かなり怖かったけど、検問って結構厳しいんだね。ガイリン出身って言ったのがまずかったの?」


 街の中へと歩きながらカイドさんに聞いてみる。


「それもあるが、その≪黄昏≫の魔法位が一番の原因だろうな」

「え、なんで?」

「丁度いいから教えておく。高魔法位の人間は大抵じゃない」

「そうなの!?」


 突然の新情報に俺も、リアも驚きを隠せない。


「魔法位ってのはわかりやすく人の階級を作るものだ。そんな先天的なものだけで生まれてからずっと天才だの特別だのと持て囃され来た人間が、果たして人格者に育つと思うか?」

「思わないけど……でも、私のお姉ちゃんは優しい人だよ。あとクラナねーちゃんもリットばーちゃんも」

「……すまん。極論だったな。なんというか、俺が言いたいのはあくまで傾向の話だ」

「理屈はわかるよ。ワガママな人が多いってことだよね?」

「ワガママなだけならまだいいが、時折魔法位を盾に王様みたいに尊大な態度をとるヤツがいてな……。街としてもそんな問題の種となりうる人間は身元不明人のまま弾いてしまいたいってのが本音だろうな」


 なるほど。ということは≪黄昏≫のリアも街中では腫物を扱うような態度をとられる可能性があるってことか。


 身体の大きな人間を見ると一瞬身構えてしまう人がいるように、高い魔法位も人によっては威圧的に思われるかもしれない。里ではそんな面倒な事はなかったが、街ではそういう気遣いも必要になってくるのだろう。リアにそれができるのか、甚だ不安だ。

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