第42話 魔物の中を掻き分ける
西の街へ向けて深い山の中を進み続け、軽く1ヵ月が経過した。1ヵ月だ、いやビビったね。険しい山の中を徒歩で移動しているとはいえ、未だ麓までたどり着かない状況に驚きと困惑を隠せないでいる。ただそれだけ里が深い位置にあるという事なんだろう。
そしてひと月も移動をしているこの状況、リアは言うまでもなく【暁の御者】の面々も流石に元気がなくなってきた。しかし、それと対照的に遭遇する魔物の数は増えてきた。
だが、それは人里が近い印でもある。魔物は魔力によって生まれる存在だ。近くに人の集まる場所がなければ、魔物の大群がいるなんてことはまずない。
カイドさんが言うにはこの辺りに麓の街まで繋がっているという大渓谷があるそうだ。一先ずのチェックポイントまでもうすぐだ。
「右側の森樹鬼は任せて」
「おう頼むぜ」
連携を上手く取りながら、植物系モンスターに魔法の光線を打つ。コイツらは臓器や脳がない分、普通の魔物と比べて急所が少ないので意外に厄介な敵だ。ただ移動速度はそれほどで魔法攻撃による対処がしやすい。つまり、リアのカモでしかない。
光線で魔石のある部分を撃ち抜かれた森樹鬼は次々に倒れていった。
「改めてすげぇ魔法だな。やっぱエルフは違うな」
同じ魔法使いであるカンザさんも舌を巻くリアの魔法。しかし、こんな魔法を使えるのはエルフの中でもリアくらいなもんだろう。
先ほどの光線魔法は周囲の光を集めて打ち出すことで、低コストに高い攻撃力を実現できるという攻撃魔法。簡単に言うと、虫眼鏡で太陽光を集めて燃やすアレの凄い版。昼間にしか安く打てないのが難点だが、威力が高くて速攻性があるので使い勝手がいいのだ。
「っと、右側また来たぜ! ハツキ、左抑えてくれ! ラーヤは後ろの警戒頼む!」
「わかった!」
「了解よ」
いつの間にか、倒しても倒しても引っ切り無しに魔物や魔獣が出てくるエリアに入ってしまった。初めて里の周辺に近づいた時以上だ。山をいくつか越えた先に何万という人間の住む街があるらしく、そこの魔力がここまで流れ込んできているのだろう。
それからもリアたちは休む暇もなく魔物の相手をしながら山道を進む。対処が大変な時には魔物が剥き出しの魔石に引き寄せられるという習性を利用して、魔物を撒くというなかなかシビアな進軍が続いた。
そして、ようやく魔物とのエンカウント率が落ち着いたのは、川のせせらぎが聞こえてきた辺りだった。
「お前ら、もうすぐ街道に出るからな! もう少し気張れ!」
途中ハツキさんに聞いたのだが、街へと続く道が渓谷に沿って建設されており、そこからは魔物の間引きがかなり進んだ地帯に入るそうだ。
「うっはぁ! やっとかよ!」
「いや、こんなキツかったの久しぶりだね」
「もうしばらく山には入りたくないわ……」
皆、一様に修羅場を抜けた安堵の言葉を浮かべている。
「普段はもっと楽なの?」
「そうね。いつもはこんな道通らないから」
「どうして?」
「必要がないからよ。交易のルートにはちゃんと最低限整備された山道が用意されていて、魔物も冒険者が定期的に間引いているもの。あんな魔物がうじゃうじゃいる所に行く用事なんて、それこそ隠れ里を訪れるくらいだわ」
そういえば、リアを連れていたあの奴隷商人の馬車も割とちゃんと整備された道を通っていた。リアが逃げ出したあの辺りも定期的に間引きが入っていたのだろうか。
人口の多い街の近くでは、街道を少しでも逸れると、簡単にこんな恐ろしい地帯に迷い込んでしまう。今までは山の中を彷徨っている時でさえ、魔力の薄い安全な場所にいたんだと実感した。まあ、つまり、これからはもっと気を付けねばということだ。
しばらくして、リアたちは街道に入ることが出来た。
事前情報の通り、街道は馬車が進みやすいように舗装されており、魔物との遭遇率もかなり少なかった。
そして、その代わりに他の冒険者パーティーや商隊と出くわすことが増えた。
彼らの殆どが麓の街の冒険者であり、仕事という形で街道周辺の魔物の間引きや商人の護衛を務めているという。
(まーた、チラチラ見てるようっざいなぁ……)
やはりというか、リアはやたらとすれ違う男たちの視線を集めている。それに対してリアはかなりストレスを溜めていている様子だ。これが昔の彼女だったなら、集めた視線を威圧の眼光に変えて彼らへ返すくらいはしているかもしれない。
(美人税ってやつだ。諦めろ)
(不当な税だ! 私、なんも得してないもん!)
(鏡見た時なんか気持ちいいじゃん)
(それはミナトだけでしょ。こっちは生まれてこの方ずっとこの顔なんだけど? というか、それって得なの?)
(ルッキズムを肯定するわけじゃないが、やっぱ美人ならそれに越したことないと思うぞ。変にコンプレックス抱えて生きるよりはさ)
時代や場所によって基準はあれど、容姿の美醜という概念が存在する限り人類はどうしてもそれに振り回されるというのが俺の持論。
まあそれはともかく、綺麗どころの多かった隠れ里の中ですらリアの容姿は飛びぬけて美しかった。だから、こんなむさい野郎比率の高い場所だと衆目を集めるのは仕方のないことだ。
(それにさ、リアだって可愛くておっぱいが大きい娘を見つけたら、つい見ちゃうだろ?)
(当たり前でしょ)
「何を当然な事を」と言いたげな反応だった。コイツ、自分の事を棚に上げて……。
もうリアは乙女として取返しのつかない領域に足を踏み入れているといっていい。汚したのは他でもない俺の記憶なのだから、決まりが悪い。
……まあ、若干素養があったようにも思えるけど。
(でも、ナンパとかしてこないから実質ノーダメってことで、許してやれ)
(……確かに実害はないけど)
実際のところ、声を掛けられないだけこの辺りの冒険者には分別があると言っていい。特別な事情が無い限りは関わらない暗黙の了解でもあるのだろうか。その辺の事情がどうなっているのか、同じ女性のラーヤさんに聞いてみる。
「そういうことはあまりないわね。冒険者の質が良いからかしら」
「ここだけなの?」
「そうね。ガイリン出身の冒険者なんて酷いものよ。ヘボいくせに、仕事中に飲酒はするし女冒険者は襲うし」
「えぇ……」
やはり地域差らしい。
ガイリンは奴隷制がまだ存在するという大国。過ごした記憶はないものの、リアの故郷やクラナさんの故郷もそこに含まれる。そして、それらを滅ぼした俺の中でも特に悪名高い国家だ。やはりそういう国は冒険者の質も低いのか。
「まあ実は俺らもガイリン出身の冒険者なんだがな」
「冒険者登録したのがガイリンの街だっただけじゃないか。やめてくれよ、あんな奴らと一緒にするのは」
クラナさんや【暁の御者】の生まれた村が確かガイリンの辺境だったから、地理的にその国の街で登録せざるを得なかったのだろう。
それにしてもこの人たちがここまで嫌うとは、ガイリンの冒険者──いや国そのものはそこまで酷いのか。リアの家族がそこにいるならば、早く見つけてやりたいもんだ。
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