第41話 リアとラーヤ

 里を出て初めての野営。何事も経験だということで、リアにも寝ずの番が回ってきた。


 ただ今回は初回ということで隣にはラーヤさんが一緒に座っている。


「よ、よろしくおねがいしますっ」

「よろしくね。って、どうして、そんなにガチガチなの?」

「いや、その……」


 それはあなたが美人だからです……。


 2年を費やしてそれなりに純人の男にも慣れたリアであったが、未だ綺麗な女性相手では緊張してしまい、また男相手とは別の意味で話し辛い。それでなくてもリアはコミュニケーション能力に難があるのだ。


 結局今も最近会ったばかりのラーヤさんとは何を話していいかわからず、ひたすら無言の時間が続いた。するとラーヤさんの方から気を使ってこちらへ話かけてきた。


「ヴィアーリア……クラナ様から聞いていたけれど結構人見知りするのね」

「あう……そ、そうなんです」

「やっぱり、私が純人なのが原因?」

「いや、そうじゃなくて、その……私があんまり人と会話できなくて」

「そっか。でもこれから色んな国を旅をするんだから、そこは何とかした方がいいかも」

「やっぱりそうですか」

「うん。いくら一人旅といっても、人と話さないなんてことは絶対ありえないし──」


 言いながら、ラーヤさんの視線がリアの顔面に注がれる。


「私が、なにか?」

「ああ、うん。えっと、あなたの容姿って人間の街じゃあ、きっと目立つから」

「えっ……」

「ああ、目立つって言っても悪い意味じゃなくてね? あなたみたいに綺麗な子は貴族にも滅多にいないから、きっと沢山声を掛けられると思うのよ」

「まじですか……うわ、めんどう……」


 ああ、俺もそう思う。エルフだからかどうか知らないが、リアは里の中でも群を抜いて綺麗な容姿をしていた。


 里では周囲がリアの事情を知っているせいか、ちょっかいかけてくるヤツなんていなかった。だが、街だとそういう訳にもいかないだろう。


「でも、そこでちゃんと対応ができるかどうかで、トラブルの有無が変わるのよね」

「……全く自信がないです」


 リアは悲し気に肩を落とした。


 今でも凄く綺麗なラーヤさんはきっと自分の体験談をもってして、そう言っているのだろう。


 リア的に自分の容姿目当てに寄ってくる男共なんて視界にすら入れたくないような人種。ただ、だからといって本当にそんな態度をとってしまえば、面倒事へ発展することは火を見るより明らかである。


「そう考えると、対話の能力って必要だと思わない?」

「はい……」


 里では純人の男に対して最低限の意思疎通ができることを目標に定めていた。ただ、より円滑な旅を目指すなら、高いコミュニケーション能力を持っているに越したことはない。……が、ちょっと時間が足りていなかったな。


 そんなリアに対して、ラーヤさんは願ってもみない提案をしてきた。


「私でよければ、街へ行くまでの間、相談に乗るわよ?」

「えっと、いいんですか?」

「もちろん」


 微笑むラーヤさんに後光が差す。こんな綺麗なお姉さんと会話の訓練が出来るならそりゃあもう捗るでしょうよ!


 俺たちが今いる場所は深い山の中とはいえ、まだ魔物や魔獣の危険が少ない場所だ。ということで警戒もそこそこにラーヤさんのカウンセリングが始まった。


「ヴィアーリア、まず今何が出来て何が出来ないのか、客観的に自分の状態を確認してみましょう。例えばちょっと気になったんだけど、昼間カイド相手にルーナさんの話をしていたわよね? その時は結構余裕をもって話していたように見えたんだけど、カイド相手なら話せるという事?」

「いや、その、そういうわけでもなくて……ちゃんと自分に会話の目的があればそれなりに話せるの」


 リアはラーヤさんの手順に従って、今自分が人と会話をする上でどういう場合に窮屈さを感じるのかを話していった。


 そうしていく内に段々と自分でもぼんやりとしていた情報が明確に浮かび上がってくる。


 勿論、相手の性別、年齢、種族に立場によって話しやすさが変化するのは勿論だが、どういう流れで会話するに至ったかというのはリアにとって最重要だ。


 今だって、コミュニケーションがぎこちないという問題を相談するという流れが出来ているので、それなりに話が出来ている。


「なるほどね。なら話は簡単よ。どんな些細な会話にも何か目的を持てばいいの」

「目的……ですか」

「そう。リアは人と話す時、とにかくその会話を上手くやり過ごす事ばかり考えていない? それじゃあダメ。会話に意味を持たせないと相手の心象も良くないし、自分の実りにもならないわ」

「意味って言っても、私どうすればいいか……」

「大丈夫。会話なんて言ってしまえば、情報の交換でしかない。なら、『相手の事を知りたい』って気持ちと『自分の事を知って欲しい』という気持ちがあれば充分なのよ」

「はぁ……」


 確かに「知りたい」という気持ちがあるから、昼間のリアは苦手な純人の男性であるカイドさんに対してでも会話が成立したわけだ。


 逆に、いかにも興味なさげに話を進められてしまったら、そりゃあ当然相手の心象は悪くなるだろう。何だか当たり前のようで、普段あまり考えていないことを思い出させられた。


 ラーヤさんは教え上手だな。ちゃんと寄り添ってくれるというか……。


「はい。じゃあ何か話してみて?」

「え、えっと、ラーヤさんはクラナねーちゃんと仲が良いみたいだけど、どういう間柄だったんですか?」


 リアが尋ねると、ラーヤさんは満足そうに頷いた後その返答を口にした。


「簡単に言うと、私はクラナ様の師匠みたいな存在なのよね。クラナ様が私たちのパーティと里の外で暮らしていたのは知っているわよね? その時は唯一の同性ということもあって、姉妹のようにずっと一緒にいたのよ。その時にあの方へ治療魔法を教えたのが私」

「えっ、そうなんですか」


 リアは驚きを隠せないでいた。ヒーラーというくらいなのだから治療魔法を使えて当然だと思うのだが、クラナさんのそれと繋がりがあるとは思わなかった。


「そうなのよ。もっと言うと、私の師匠がクラナ様の母君。そのまた師匠が里長のリット様だから、まあ、間接的に一族相伝の技術って形なのかしら」

「へぇ! じゃあクラナねーちゃんから治療魔法を教わった私は……」

「うふふ、間接的に私の弟子という事になるわね」


 その事実を知ってリアは感動せざるを得なかった。


 リアみたいな特別を除き、魔法というのは多くの場合、師匠と弟子が何年もずっと一緒に過ごして伝えられる技術だ。そして長い時間を共にすることで、育まれるものは魔法が使えるようになるという事実だけではない。師弟愛や友愛、親子愛に、時には肉体的な愛を育むこともあるだろう。


 里長から……もっと言えば名前に顔も知らない誰かから、そういう気持ちを媒介にして伝わった技術だと思うと、リアはクラナさんから治療魔法を教えられたことが凄く尊いことに思えてきた。


「あの、ラーヤさんのこと、ラーヤねーちゃんって呼んでいいですか」

「あらあら、もちろんいいわよ。でも、『ねーちゃん』というよりは『おばちゃん』の方が良くない?」

「いやいや、ラーヤねーちゃんは凄く綺麗で、ねーちゃんって感じがするだもん!」

「そう? でも、この歳であなたみたいな子に『ねーちゃん』なんて呼ばれると、むず痒いわね……」


 少し困った様子で微笑むラーヤさんをリアは満面の笑みを浮かべながら見ていた。


 彼女とは会話の訓練を経て、かなり仲良くなったと思う。というか、リアも物凄い早さで懐いた。コイツ、相手が女性で美人なら結構チョロいのかもしれない。

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