新米冒険者(ネイブル国)編

第40話 いざ里の外へ

 里を出て、俺たちがまず目指すのはソフマ山脈に沿って、ずっと西へ行った場所にあるネイブルという共和制の国だ。


 西は奇しくも俺たちが隠れ里を見つける前から目指していた方角であるが、今回は里長と話し合った結果決まった事。勿論それにはいくつかの理由がある。


 まず、ネイブルは周辺国家に比べても政情が安定している。


 リアの家族を探すという旅の目的を考えると、何時かは治安の悪い街へ行く必要もある。だが一発目にそんな冒険をするのもリスクだということでこの決定となった。


 また冒険者という職業の地位が比較的高いという所もいい。


 旅をするにもお金が必要であり、根無し草となったリアがまともにお金を稼ごうと考えると、やはり魔物を斃して日銭を得ることのできる冒険者が一番だろう。ならば活動のしやすい国で、ある程度慣れておくのが吉、という判断だ。


 そして、最後。まあ、これが決め手なんだがな。


「あの、カイドさん。そのルーナって人はどんな人なんですか?」

「そうだな……あの人はなんというか……凄い人だ。どんなっていうのは一概には言えない。何せ、色んな姿を持っている人だからな」

「え? どういうことです?」

「会ってみれば納得するはずだぜ。あと、ルーナって名前は使ってなかったんじゃなかったか? だったよなぁ、ハツキ?」

「そうだね、ソルデって名乗ってたはず」


 リアは里長から一通の手紙を預かっていた。宛先はネイブルの首都にある冒険者ギルドのお偉いさんだ。本名はルーナという名前らしいが、名前を沢山持っている訳アリの人物らしい。まあ、純人の街に住んでいる里の関係者なんて時点で訳アリだろうけど。


「とりあえず、ギルドマスターって言っておけば間違いないと思うぜ」


 とにかく、俺たちはそのギルドマスターとかいう人に会うよう里長から言われている。何でも、純人の街で生きていくためのサポートをしてくれるとのことだった。


 ちなみに冒険者ギルドというのは、多くの和製ファンタジー作品にありがちな機関そのままを想像すればいい。魔物の情報を仕入れて、冒険者にその駆除を依頼する。また冒険者の教育や人員の管理をするのが組織の役割である。


 基本的にこの世界の人間は常に魔物や魔獣に襲われる危険に晒されながら生きている。だからこそ、それらに対抗する人材やノウハウを持つ冒険者ギルドは、時には国よりも重要視される機関であり、土着権力からの影響はかなり受けづらい。これから多くの国々を回る予定のリアにとっては非常に都合のいい機関であった。


「カイドさんたちのパーティーはどれくらい強いんですか?」

「俺たちか? そうだなぁ、ランクで言うと『紅』だ。これでも結構、高ランクなんだぜ」


 カイドさんは得意げな表情を見せる。それもそうだろう、『紅』というランクは事前情報によると上位に位置するランクだ。


 この世界では魔法位の色別が様々な尺度に転用されており、冒険者ランクもそのひとつであった。


 『灰』『黒』『褐』『藍』『青』『翠』『金』『紅』『黄昏』


 魔法位の場合は魔力量の違いにより若干の色みに個人差が出てくるのだが、一方で冒険者ランクは等級として使っている為にこのようにキッチリと分かれている。


 ランク『紅』である【暁の御者】は上から2つ目ということで、間違いなく高ランクと言えた。そんな実力派パーティーと共に行動できるのは素直にありがたい。これからの冒険者生活の糧となるだろう。


「冒険者ランクが高いと、ある程度行動に自由が効く。それに国によっては特権の対象になる。勿論果たすべき義務はあるが、お前の目的を考えると高ランク冒険者になっておいて損は無いと思うぜ」


 リアの実力が外の世界でどこまで通用するかわからないが、とりあえずやってみるか、という気にはなる。まだ冒険者がよくわかっていないから、モチベもこんなもんだな。








「さて、今日はこの辺で休もうか」


 水源が近く比較的平らな場所を見つけると、リーダーのカイドさんがパーティーメンバーに提案した。


 朝に里を出て時刻はもう夕方。流石は一流の冒険者というべきか、彼らは昔のリアよろしく日が暮れるギリギリまで活動するような無計画さはないようだ。


 勿論、地中に穴を掘って眠るような事はしない。しっかり拠点を建設するようだ。リアも魔法でそれを手伝う。


「ほお、やるじゃん」


 それを見たパーティの魔法士、カンザさんから称賛を受けた。彼の魔法位は比較的高い≪翠≫であり、魔法を使っての遠距離攻撃や戦闘の補助をする魔法士だ。


 そんな人から褒めらるとは流石リア。


「やるじゃん、ってこの子、アンタよりよっぽど魔法使えるわよ」


 そこで口を挟んできたのは回復担当の美女、ラーヤさん。


「え、そうなん?」

「ええ、クラナ様から聞いたわ。この子、里の結界魔法を完璧に解析できるみたいよ。──そうよね?」

「あ、はい」


 少し遠慮がちにリアは頷いた。


「マジか……じゃあ俺教える事ねーじゃん……」

「いや、拠点の設営とかいくらでもあるでしょ」

「そんなのハツキが教えるだろ」


 彼らの視線がタンク担当ハツキさんへと移る。ちなみにタンクというのは彼がバカでかい盾を持っているから俺が勝手に言っているだけで、実際は戦闘の作戦を立てたりしている頭脳派だ。


「なにも無理に物事を教えることはないんじゃないかな。必要になった時言ってあげればいいよ」


 穏やかな口調でそういうハツキさんではあるが、この人は結構世話焼きで山の中の行軍に関しても、色々な事を教えてくれた。


「そうね。カンザはとにかくセクハラさえしないように気を付けていればいいわ」

「いやしねーよ。人聞きの悪い。俺だってリットのばーさんから事情は聞いてるんだよ!」

「お前ら、話してばっかりじゃなくて手を動かせ」


 うーん。数時間行動を共にして、ぼんやりとだがこの人たちのそれぞれのキャラが見えてきた気がする。今の所、誰が信用できるとかまだそういうのはないが、リア的にカンザさんは要注意って感じだな。


 拠点の設営が終われば夕食の準備を始める。その後は寝ずの番を決めて見張りを代わりばんこに行うという流れになっている。何と言うか、ちゃんとしているな。


 今思えば、2年前山の中をひとりで彷徨っていた時期は酷かった。あんな魂を削るような日々はもう二度と送りたくない。そもそも一人きりで山に入ること自体常識的ではないのだ。


(でも、あの湖畔にいたおっさんは一人だったよな?)

(そうだったね。結構凄い人だったのかも……)


 未だに謎の多いあの人物を思い出しながら、リアは沢へ足を運ぶ。今日の夕飯は川で獲った魚。これが今の所一番楽な食料調達法だ。


 水の中に魔法で電気を流し、プカプカ浮いてきた魚を獲る。根絶やしにする気はないので、獲るのは勿論食べる分に限る。おそらく現代日本なら禁止されているだろうこの漁法も異世界の誰もいない山奥では咎める人間もいない。


 この日はそんな楽な食料調達をしたこともあって、ゆったりとした夕食になった。


 やはり魔法は最高である。そりゃあリアものめり込むはずだ。

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