第39話 見送りの儀
準備の1週間はあっという間に過ぎ去る。
俺は昔からこういった節目に対して、感傷にひたりやすい性格だった。
例えば、進路の決まった高校の卒業間際だったり、退職予定のバイトのシフトだったり。終わりを知ってしまうと、繰り返し踏みしめた道に何故か突然愛着が湧いてしまうような感覚。
この2年間、俺はこの里ではあまり表に出ることはなかった。にもかかわらず、毎日走った里の中央通りが恋しくなった。
そんな俺と対照的にリアは最後の日の朝でも変わらない。
散歩が終わって、朝食を里長とクラナさんの3人で食べる。リアはいつもと変わらず、静かに食事をしていた。
どうしてこんなに冷静でいられるのか。俺なら涙を堪えながらクラナさんの作った卵焼きを噛み締めているところだ。
(今日の朝飯も美味かったな)
(うん、そうだね)
終わり。これが最後の朝食なんだ、何かもっとあるだろ。そう思うけれど、それをリアに強要するのも違うので、特に指摘はしない。
その後もリアは大好きなクラナさんと最後の触れ合いをするでもなく、いつも通り朝食の片づけを手伝ってから家の掃除をしたりして過ごした。
うーん、ベタベタし過ぎてもかえって辛くなるか。
そして、何のイベントも起こることなく、ついに出発の時間となった。
広場には里中の人間が大勢リアの見送りに来ていた。
「ヴィアーリアおねーちゃーん!」
「頑張ってねー!」
里の小さな女の子たちが手を振っている。クラナさんが間に入ったおかげで小さい子たちとは何とか話せるようになれた。
年頃の子たちも、一応手を振ってくれている。リアがヘタレすぎてあまり仲良く出来なかったのが悔やまれる。
そして男子一同はこちらを遠巻きに見ているだけだ。彼らとは挨拶くらいしかしていない。挨拶出来るだけ上等だろうということにしておく。
……うーん、思い返すと結局、リアに友達らしい友達は出来なかったな。
リアの保護者面お兄さんとしては心残りではあるが、まあ、リアは日々戦士として大人に混じって過ごしていたから仕方ないのかもしれない。
「うぉぉぉ!!! ヴィアーリア! 絶対父ちゃんと母ちゃん連れて帰ってくるんだぞ!」
「あ、はい」
滂沱の涙を流しながらマトサンが声を掛けてくる。この人にも世話になったな。
その後ろから、ケンゴウがスッと手のひらを差し出してくる。リアは少し間を置いて、その手を握った。この2人は里に入るきっかけとなった人物だ。気絶させられた恐怖は正直今でも忘れないけれど、出会ってよかったと今では思える。
「頑張れよ!」
「街の奴らに負けんじゃねぇぞ!」
「そうだ! 喧嘩売られたらボッコボコにしてやれ!」
「里っ子精神見せつけろ!」
「ヴィアーリアちゃん頑張って!」
そして、次に戦士の皆さんが口々に応援の言葉をかけてきた。なかなか穏やかではない内容もあるけれど、はなむけの言葉として有り難く受け取る。
そして、最後にリアの前にスハラさんが姿を見せた。
「ついにこの日がきましたね。2年間よく私の訓練に耐えました。……ですが、あえて言います。あなたは戦士としては弱いです。剣の腕も気配の消し方もまだまだ甘い。その点に関して言えば、恐らく街の大抵の冒険者に劣るでしょう」
「は、はい……」
くぅ、やはりスハラさんは最後まで厳しい。だけどそれが彼らしいとも言える。
「……ですが、あなたには魔法がある。それに機転も利く。そこに2年間私たちが叩き込んだ技術を組み合わせれば……まあ、そこそこはやれるんじゃないでしょうか」
「は、はい……2年間ありがとうございました」
「これからも精進しなさい」
それだけ言ってスハラさんは人の輪から去っていった。
厳しくてずっと怖いと思っていた大人から不意に向けられる慈愛の言葉。こういうのに弱いんだよなぁ……。昔見たアニメの歌の歌詞みたいで思わずジーンときた。
(うぉぉぉ!!! やるぞー!)
いや、やる気が溢れすぎて、マトサンみたいになっているからな。
そんなリアの前にやって来たのは里長。もう見送りの儀も終わりが近づいてきている。
「リア。荷物の用意はちゃんとできているか? 街ではマジックバックの出し入れは最低限にして、他人に見つかるんじゃないぞ」
「うん、わかったよ。ばーちゃん」
「辛くなったら、いつでも戻ってきていいからな」
「そうはいかないよ。出来るだけ頑張る」
「……勿論家族を見つけるのは大切だが、アンタはもっと自分を大切にしてくれ。私らにとって、アンタはもう大事な家族だ。私らが知らないところで勝手に死ぬなんてこと、絶対やめておくれよ?」
「うん。絶対死なない。気を付けるっ!」
そう言って、リアは里長の胸に飛び込んだ。
この人にもリアが沢山迷惑をかけたな。そして叱るときはちゃんと叱ってくる。いい長であり、いい婆ちゃんだった。
「また会う日まで、どうかお元気で」
里長から身体を離すと、俺はリアに身体を借りてそう伝えた。
そして、最後の最後。
「ねーちゃん」
「リア……」
リアは今にも泣き出しそうなクラナさんに向き合う。
「そんなに寂しそうな顔しないで」
そう言うリアもひっそりと呼吸が乱れつつある。この数日間、クラナさんとの過度な接触を断っていたのも、もしかしてこうなることが分かっていたからなのかもしれない。
「わ、私は寂しくなんてない……だって、2年前に約束したじゃないか。絶対帰ってくるって──」
「ねーちゃんっ!」
そんな強がりをクラナさんが全て吐き出す前に、リアは彼女を強く抱きしめた。そして、足をピンとさせて精いっぱい背伸びする。そのまま、彼女の耳元に口を近づけた。
「私はねーちゃんの事が大好きで、すっごく大切に思っている。だから約束は絶対守るよ」
「ああ……」
彼女の頬に唇がくっつきそうな距離。まるで恋人同士の睦言のように、密やかに言葉が震える。これには思わず俺の心臓の鼓動も高鳴った。……いや、俺のじゃなかった。
「ミナト、リアの事をよろしく頼む」
「ああ、勿論。また元気なリアをここに連れてくるよ」
そして、話が俺に移ると、リアは何も言わず操縦権を渡してきた。俺は言いたい事だけ伝えると、すぐにそれを返す。
リアはまたクラナさんを見つめた。
「私、ねーちゃんに言いたい事があって……」
「ああ、何でも聞くぞ」
「あのね、私はねーちゃんのこと好きだよ」
「私もリアが好きだぞ」
「そうじゃなくて、ねーちゃんとはこういうことしたいくらい好きってこと」
そう言って、リアはクラナさんの頬に自分の唇を引っ付けた。
また俺の意志に拘わらず、心臓が痛くなっていく。ただの性欲には収まらない、まるで魂がこうすることを欲しているかと思われるほどに熱くて深い情欲。そんなものに包まれて、これではまるで体育館裏で決意を胸にした乙女のようではないか。まさか、そういうことなのか? そういう決意なのか、この別れの時に。
「ちょっ、ミナト?」
「いや、違うよ! 私、リアがしたの!」
「えっ……? 本当に? うう、そ、それは……光栄って思うべきなのか?」
「ねーちゃん、意味よくわかっていないでしょ」
「いや、その、正直、その……困惑してる……。つまり、リアは私を姉のように慕ってくれてるってことか?」
「ばか、違うよ。ああ、もう……」
その宣言の後、リアの瞳がクラナさんに近づいていく。
「えっ──」
そして、そのまま唇同士を重ね合わせた。
ズキューン、と激的な音が聞こえた……気がする。
ガチでやりやがったコイツ。これは乙女ではない。むしろ野獣。リアはつまりそういう事なのであった。
俺自身驚きを隠せないでいる。同じ身体に居ながら、なんで今の今まで気づかなかったんだろう。彼女に懐いてるとは思ってたけど、まさかそういう対象としてとは思わないじゃん普通。
これは俺の
人垣の向こうでは女の子たちがキャーキャー騒ぎ立てている声が聞こえる。そこら中で「マジか」とか「うわ」とか言われているぞ、リア。
「まったく、最後の最後まで……この問題児め」
里長、またリアが……すんません。
「ぷはっ」
長いキスの後、リアは今一度クラナさんの身体をギュッと抱きしめる。
「行ってきます。好きだよ」
耳元でそう呟いた後、もう十分とばかりに身体を離した。
「カイドさん。もう大丈夫だから。出発しよう」
「あ、ああ……え、本当にいいのか?」
「はい。心残りはもうありません」
「で、では、行くぞお前ら!」
カイドさんが号令をかけると、【暁の御者】一行はその名の通り、御者に操られた馬車の如く一斉に歩みだす。
リアはすっかり放心して脱力しているクラナさんに一度だけ視線をやる。そして、この微妙な空気の中、俺たちは里を出発したのであった。
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