第37話 2年後、里外調査

「うがぁぁぁ……今日も疲れたぁ……」


 体力仕事で1日虐め抜かれた身体に温かい湯が染みる。戦士としての仕事は本当に過酷で、いつまで経っても慣れない。


(おっさんか)

(うるさい。ここのお風呂ももうそんなに入れないんだからいいでしょ)


 確かにと思って、俺は茶化すのをやめた。


 里を出る決意をしてから早いもので、もう約束の2年が近い。光陰矢の如し。


 リアも16歳か。日本なら高校に通っている歳だ。


 里に来たばかりの頃のリアは栄養が足りていなかったせいか、身体も小さく歳の割りに小学生のような風貌をしていた。だが、2年の内にかなり成長したと思う。そう、小学生が中学生くらいにはなった……はず。


 背が伸びたのは言わずもがな、ほんのちょっぴりだけ胸も膨らんだ。こうやって風呂に入って自分の身体を見る度に、リアが女の子だという事を思い知らされる。


(ミナト。あの鹿獣人の子、すっごいロケットおっぱい。ヤバない?)


 ただ、中身はどんどん年頃の女の子像から遠ざかってきている気がするが……。


「あっ、どうも。ヴィアーリアさん」

「ど、どどどうも……」


 リアは相変わらず内弁慶というか、脳内では可愛い女の子をゲスな目で見ているくせに、実際話すとどもりまくってしまう。


 ただ相手もリアの超絶美少女な見た目と一見クールな雰囲気に気遅れしてしまうらしく、親し気に話しかけてくるのはその辺りがよく分からない幼女ばかり。


 結果、年頃の女の子とはあまり親しくなれないでいる。かなしい。


「明日の里外調査も頑張ってください」

「あ、ありがとう」


 ペコリと頭を下げると、鹿角の女の子はササっと何処かへ逃げていった。


(ああ、逃げなくても……)


 ショックを受けたようだが、ただお前、さっきからあの子の身体をエッチな目で見てるじゃん。正解だよ。


 リアだけでなく、若者にとって2年という歳月は大きい。鹿角のあの子も2年前はまだロリっ子と言って差し支えなかったが、今では綺麗なロケットおっぱいをお持ちの立派なレディだ。


 まあ、そんな感じで時が経てば人は成長していく。そして、成長の先には新しい旅路が待っているものだ。


「リア、おかえり」

「ただいま、ねーちゃん」


 挨拶と共にクラナさんをハグする。こうやって、極上の柔らかさを堪能できるのもあと数日か。この先何があるかわからないから、ここで一生分胸の匂いを嗅いでおきたいところ。


「ねーちゃんだいすきハスハス」

「お、おいくすぐったいぞ!」


 だが、コイツはちょっと隠す努力をしろ。


 2年でリアは異常なくらいクラナさんに懐いてしまった。懐くって表現が正しいのか怪しいほどだ。それ自体は良い事なのだが、一方で近く訪れる別れの時が心配で仕方がない。


「リア、明日は里外調査だろ? 晩御飯には精のつく食事を一杯用意したぞ」


 彼女の言う通り、テーブルの上にはいつもより豪華なメニューが並んでいる。


(精のつく食べ物!? クラナねーちゃん、私の事誘ってるのかな!?)

(アホな事言ってないで、クラナさんの直前の言葉をよく思い出してみな)

(わかってるって、里外調査でしょ? ミナトは真面目だね)


 里外調査とは、読んで字の如く2か月に一度くらいの間隔で里外にて行われるパトロールのことだ。里の外に純人の勢力が近くまで出張って来ていないか、または里周辺の魔物の駆除をしたりする。


 つい1年ほど前までは、里から漏れ出ていた魔力によってかなり魔物や魔獣の数が増えていたため、調査が行われる頻度も高かった。だが、今や月1程度の頻度となっていた。


 そして、明日の里外調査がリアの戦士としての最後の仕事であった。今までテキトーやって来たわけではないが、殆どが訓練だったので、最後はきっちり仕事して締めたい。







「スハラさん、こちら小鬼2体を駆除しました。それ以外に異常はありません」

「OK。では回収してください」

「はい。その後は北東区域の応援ですよね?」

「そうです。では行きなさい」


 いよいよ始まった里外調査。リアは早速担当区域の見回りが終わり、他区域への応援に走っていた。


 ところで、どうでしょう? この仕上がりは。まさかリアが純人の男性に対して丁寧な言葉遣いをするとは。これも2年間の荒療治の賜だ。


(ミナトも一応聴覚の方、注意しておいてね)

(おう。山の中は分かりづらいからな)


 里の外に道らしい道はなく、360度見回しても同じような景色ばかりだ。隠れ里であるこの里周辺には基本的に道を作ったり、目印を付けるわけにもいかず、頼りにすべきは斜面の勾配具合と植生または里を隠している偽の山を含めた景色となる。この条件で山道を進む為に、俺たちはそれらの情報が入った地図を完璧に頭に入れた。まあ、それが100パーセント頼りになるかどうかは怪しいが。


(あ、また小鬼発見。即斬で)


 応援が必要なほど数が多いらしく、北東区域に差し掛かると早速魔物を発見、流れるように愛刀で一刀両断した。この剣は2年前に湖畔の小屋でパクったやつだが、これが結構いい剣らしい。というのもこれ、魔力を通すと赤く輝くのだ。すると一気に鋭く、硬く、丈夫になる。なんでも階位鉄とかいう聞いたこともない金属が使われているらしい。


 それにしても、リアの剣の腕もそれなりに上がって来たな。この区域の監督をしているらしいマトサンもこちらにむけてサムズアップしている。


「こっちに応援との指示で」

「ああ、前の方頼めるか? 魔石の回収は他のヤツにやらせる」

「了解す」


 そういう訳で、俺たちは北東方面の最前線へ向かう。


 道中、森樹鬼と呼ばれる植物系の魔物を何体か駆除した。この辺りは前回駆除から漏れていたのか、里から離れるごとに魔物が増えていっている。しばらく足を進めながら、出てくる魔物を次々に駆除していった。


「応援に来ました。ここまでで森樹鬼を8体駆除しています」

「了解。また多いなあ」

「しばらくは前線で狩る、でいいですか?」

「行き過ぎなきゃ、もうちょっと前出てもいいぞ」


 区域の最前線にいる戦士へ報告を済ませ、次の指示を受ける。彼は純人の若い男であり、リアが最も苦手とする人種だがこうやってコミュニケーションを取ることが出来ている。


 ああ、成長してるなぁ。もし、俺に身体があったら、リアの頭を撫でくりまわしてやりたい。


(……あれ?)


 そんな内なる感動を覚えている間に、リアのエルフ地獄耳が何か異変を捉えた。


 なんだろう、何か会話のようなものが聞こえる。音の発生源は前線の更に向こう、明らかに里の戦士とは違うものだ。


『──うに──こっち──ってるの──』

『──だ──ぶん──あの──がそうだ──』


 中には女らしき声も混じっている。今日里の外に出ている中に女はいなかった。……これは招かれざる客かもしれないな。


(とりあえず、様子を見よう)

(だな)


 これまで以上に気配を抑えて、木の陰から陰へと移動する。2年の特訓で培われた技能だ。忍者っぽくてカッコいい。


 そして、隠れながら声の源を探ると──


(純人……!)

(数は……えっと、ひぃ、ふぅ、みぃの4人かな)


 声の正体は4人の純人だった。男が3人で女が1人……かな。全員若いとも年寄ともいえないくらいの見た目で、男の方は皆体格がいい。魔法位は……もう少し近づかないと瞳の色が確認できないか。


(これ、まずいよな……?)


 伝聞になるが、里に純人の集団が近寄ってきたことはこの2年で一度もなかった。当然だ、こんな山奥の、山道すらない場所に誰が好き好んで来るものか。


 ということは、だ。ここに里があると知っていて来ている可能性が高い。


 ついに里もどこかの純人勢力に見つかってしまったのかもしれない。ふとそんな不安が頭をよぎるが、とりあえずここは──。


(とにかく報告しよう)

(……お?)


 良かった。リアは冷静だった。


(何が『お?』なのさ。まだ独断で動く段階じゃないでしょうが)

(いやすまん、すまん)


 これが昔のリアだったら、自分の居場所を害する可能性のある純人なんて見つけ次第殺していたかもしれない。そうでなくても、独断で対象の捕縛くらいはしていただろう。


 だが今のリアはある程度集団でやっていける協調性を身に付けることができた。驚きというより、感心だな。


 報告の為、リアは前線から下がり、先ほど報告を入れた戦士の男の元へ急いだ。


「……なるほど。一応聞くが向こうには何もしていないよな?」

「してないです! どうして疑われるの!?」

「いやすまん。冗談だ。相手が純人だって言うから」

「ぬぅ…………」


 あまり絡みのない人だと、まだリアが純人に対して恨みマシマシだと思われているらしい。


「で、どうするんですか?」

「そうだな。とりあえず、マトサン戦士長も呼んで情報収集だ」

「了解です」

 

 未だ相手の装備や魔法位も正確に分からない状態ならそれがベストか。


「あれがそうか。前線の遥か向こうじゃないか。よく見つけたなぁ」

「耳がいいもんで」


 早速マトサンを呼んで、一緒に4人を見てもらう。


「んん!? あれは!」

「は? えっ、ちょっと!」


 ようやく顔が見えるといった位置まで来ると、なんとマトサンは突然彼らの前に躍り出た。


 あれ情報収集は!?


(ちょっ!? リア!)

(わかってる! フォローを──)


 即座に臨戦態勢を整えた、のだが……。


「おい、お前ら! ひっさしぶりだなぁ!」

「ん!? お前まさかマトサンか! 老けたな!」


 いや、知り合いかーい。


 勢いよく飛び出した挙句の肩透かしで、リアはそのままズコーっと斜面を滑った。

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