第36話 身体強化魔法

 1年間で、勉強や魔法に関しては順調すぎる成果が出ている。ただ、目下最大の問題は戦闘訓練の方だ。


「えいッ!」


 ふよんと鉄剣が空気を切り裂く。いや、切り裂くって表現はちょっと盛った。


「なんですか、それ」


 スハラさんも呆れていらっしゃる。剣の軌道は驚くほどにヘニャヘニャだった。


「あなたはどうしてそんなに調子の振れ幅が大きいのでしょう。もしかして、やる気がないのですか?」

「め、滅相もない!」


 リアはブンブン首を振って否定した。


 振れ幅が大きいのは、剣を振る人がそもそも違うからだ。調子がいい時は大体俺が身体を動かしている。


 同じ身体を使って、同じ経験をしているというのにどうしてここまで差が出てくるのだろうか。


(代わるか?)

(おなしゃす……)


 お手本を示そうと、俺が代わりに身体を使う。


 ブン!


 教えられた型通りに剣を振ると、先程までとはまるで違った音が鳴る。キマったな。


「出来るなら最初からやりなさい」


 すんません。そういうわけにもいかんのです。


 その後、またリアに戻しつつ何度も型通りに剣を振った。


 そして、次の訓練に移る。


「では、次は身体強化魔法を使ってコースを3往復です」

「はい」


 スハラさんの合図で走りだす。


 コースとは、森の中にある岩や木材を並べて作られた訓練用のアスレチックだ。ここを身体強化をしながら進むのだが、これが難しい。


 身体強化魔法自体はかなり単純なもので、身体を動かす力に、さらに魔法によって力を追加する、ただそれだけ。リアにかかれば、15分もあれば会得できる魔法だった。


 だが問題は運用だ。人の動作というものは各所絶妙なバランスで成り立っている。そこへ外部から力を加えるような事をすると、釣り合いを取るのがメチャクチャ難しい。右足が地面を蹴る力を増幅させたなら、左足にその分の力を受け止められるだけの増幅をしてやらなくてはならない。その辺の調整が自動ではないのがかなり大変だった。


 使いこなすには、結局訓練を繰り返すしかない。


 ピョンピョンと岩から岩へジャンプを繰り返す。の方はだいぶ慣れてきた。今ならニューヨークの摩天楼でも悠々とパルクールできる自信がある。


 一周が終わり再びスタートラインに立つ。


(リア、次頑張れ)

(う~これも苦手だ……)


 リアに切り替えて2周目を走りだす。すると、


「ぎゃっ!?」


 もう岩にぶつかりまくり。どうやら反射的に魔法スキルを使うのが苦手らしい。


 結局、途中からは俺が代わりにメニューをこなした。


 リアは特段運動が苦手というわけではないのだが、技術的な動きを要求される場面では、頭が回り過ぎて身体が付いて行っていない印象を受ける。そういう面では運動部経験のある俺の方が、こういう反復練習には向いているのかもしれない。


 いくら強大な力でも制御出来なければただの不発弾だ。何とかリアが身体強化を使いこなせるように、俺も身体が覚えるくらい頑張ろう。


 さて、戦闘訓練の方はそんな感じで、課題ばかりが積み重なっていくような状態だ。


 そして、もうひとつあまりに大きすぎる問題があった。


「さて、そろそろ『集会』に行きましょうか」

「…………もうそんな時間、ですか」


 『集会』。それはこの里の戦士たちが里の内外で行った調査の結果を里長を交えて報告し合うという会議のことだ。スハラさんの訓練を受け始めてもうすぐ1年という時期、リアはこれに参加し始めたのだが……。


「おおー、スハラ! ヴィアーリアも」


 俺たちのトラウマその1、外筋骨隆々の獣人マトサンが笑顔で座っていた。他にもトラウマその2のケンゴウや戦士として里の安全を守っている男性がいっぱい。


 集会が行われる堂舎に入った瞬間、リアの呼吸が若干荒くなるのを感じた。


 スハラさんと訓練を始めて約1年。やっぱりこの程度の時間でトラウマは簡単には消えてはくれない。


 ただ今の状態はこれでも改善した方で、初めて集会に参加した日は、怯えてしまって一緒にいたキサナちゃんの足元に隠れるほどだった。


 まあ、苦手な男が何10人と集まってるんだからそれも仕方がない。むしろここまで改善したことを褒めるべきだろう。そう考えると、このままあと1年も集会に参加すれば堂々と発言が出来るくらいにはなれるのではないだろうか。

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