第35話 半年の成果

 俺たちがこの里で本格的に訓練を始めて、半年が経過した。


 季節は晩夏、虫が沢山湧く季節だ。リアは昼過ぎから、里道より外れた場所にいた。


「あっ、いたいた」


 リアは草むらの中にそっと手を伸ばし、異世界産のバッタっぽい虫を一尾掴む。


(ひぃぃ! うわうわ!)


 お恥ずかしながら、現代日本人である俺はこれでもかというくらい虫が嫌いだ。


 実家では母が潔癖症気味だったこともあり、イニシャルGが湧いたことは一度もなかった。そんな環境で育った俺にバッタを素手で触る勇気は当然ない。


 一方で野生児ヴィアーリアちゃんは何の躊躇いもなく、その胴体を指で掴む。


 恐らく日本にだって、これくらいできる子供は沢山いる。だけど……。


「ししし、またおやつゲットだぜ」


 草むらでおやつ乱獲するヤツなんてそうそういないだろう。


 捕まえたバッタは羽やフンを取ったりとチマチマ面倒な作業をしてから塩茹でにして食べる。茹で終わったバッタは赤く変色していた。


 確かバッタのような虫も海老や蟹と同じで、熱を加えると赤くなる成分を持っているらしい。つまりこれは海老と同じだ、そう自分に暗示をかける。


「いただきまーす」


(おい、ちょまっ!)


 せめてタイミングくらい俺に合わせて欲しかったな。


 山籠りしていた時期はなんかよくわからない幼虫を食いまくっていたけど、やっぱり虫食は慣れない。さらに成虫ともなれば、このイガイガした脚がなんとも気持ち悪かった。


(うぇぇ……)


 ただやっぱり味自体は悪くない。同じ成分が入っているからかどうか知らないが、海老とか蟹に共通する風味を感じた。


(これは海老だ海老。大丈夫、食える。問題ない)

(おっ、ミナト気に入ったね? おかわりもいいぞ!)


 持ってきた器には、勿論一匹だけじゃなく大量に獲っていた虫たちが入っていた。


(ごめん嘘です。許して。もう食えない)

(ダメでーす)


 リアは俺の懇願を却下して、おつまみスナック感覚でそれを食べていく。


 その時、背後から姦しい声が聞こえてきた。


「あっ、リア姉だ!」

「本当だ。おねーちゃん!」


 振り返ると里の子供たち。初めは里に馴染めていなかったリアを怖がっていた彼女らも、今ではリアを「リア姉」と呼んで構ってくれている。


 これはクラナさんが毎日リアと小さい女の子たちとを引き合わせてくれていたおかげだ。コイツ、初めの方は幼女相手に人見知りかましてたからな。


「なにしてるのー?」

「なになに? 何か食べてるの?」


 子供たちは興味深々に手元を覗き込んできた。


「これ食べてるの」

「虫さんだー。美味しい?」

「うまし」

「へぇ、一口ちょうだい?」


 猫耳の女の子がバッタをねだると、リアは拒絶することなく、その子に1匹差し出した。


「んぐんぐ。あ、おいしい……」

「え、ずるい! あたしも! あたしも!」


 大自然の中で育った里の子は流石に逞しい。虫に齧り付くことに抵抗はないらしい。


 この世界でおかしいのは俺だけなのかもしれないな。


 その後は子供たちと一緒に草むらの虫を狩りまくって、彼女等のお土産に持たせて帰らせた。


 うん、いいね。リアもいい感じにお姉ちゃんしてるじゃないか。


(もうちょっと大きくなったら一緒にお風呂入ろうね、ぐへへ)


 と、思ったらなんやら光源氏的な計画を練っている。


(犯罪者にはなるなよ)

(なんて言い方! 私はミナトの為を思って!)

(だから俺はロリコンじゃないって)

(もうわかってるって。わかってるから、大人しく彼女らが育つまで待ってるんじゃん)

(あのさ、そもそも俺ら1年後にこの里を出ていくんだが?)

(はっ、そうだった!)


 他人が沢山いる里で半年も暮らしていれば、コイツが魔力ブーストと関わった途端バカになることはわかっている。性欲が絡むとダメな自分含め、気を付けなければならない。


(ところで、もうそろそろ時間じゃね?)

(あ、そうだね。クラナねーちゃんのところに行こう)


 頭を切り替え、次の予定へ急ぐ。


「ねーちゃん!」

「っと……リア、おかえり」


 自宅に着くと、まずクラナさんに抱き着くリア。ふわっといい匂いがして、柔らかい。それだけで少しムラっとして、魔力の補給が出来た。


 最近では、昼からクラナさんに魔法を教わっている。


 リアや里長の陰に隠れてはいるが、クラナさんも≪黄昏≫の魔力を持つ人材だ。本人曰く、才能はないらしいが、使える魔法はある。


 今旅に向けて今教わっているのは、回復魔法ヒールだ。旅に向けて、是非とも覚えておきたい魔法であった。


「どうだ、魔法術式は解析できたか?」

「うん大体は。あんまり見ないタイプだったから、時間かかったけどね」

「そうか。流石優秀だなリアは。普通術式の解析なんかしないで、何か月も術者に張り付くことで魔法を覚えるものなんだが……」

「非効率だからね」


 簡単に言ってのけるが、魔法術式の解析なんて普通の人間には出来ないだろう。だから自然に魔法スキルが伝播するまで師に張り付くのが普通なのだ。


 伝播にはその魔法に何度も出会う必要がある。これがかなりフワッとした条件に思われがちなのだが、リアが考えるにそうでもないらしい。


 というのも、魔法スキルとは言わば魂に刻まれた紋様だ。里の結界を作っていたあの石碑に描かれた紋様のように、魔法の術式を表したものが、魔法術式を作っている内に魂へと刻まれる……と考えられている。実際、魂にそんなものが刻まれているかどうかなんて、確かめようがないので推測にすぎないのだ。


 いや魂とか言われても……と俺的には思えてしまうのだが、魔力が魂から生まれるというゲーム知識があるので納得せざるを得ないというか、説得力はある。


 魔法術式を作ったり解析したりして、それを魂に刻み定着させたものが魔法スキルになる。今まで俺が使ってきた魔法もそうやって作られてきたのだ。


 だが、わざわざ魔法術式を作らなくても、いつの間にか魔法スキルが増えていることがある。それが魔法スキルの伝播だ。その魔法を経験することで無意識的にその魔法術式と触れ合い、いつの間にかそれが魂に刻み込まれている。そんな流れらしい。


 魔法術式をそのまま解析できるリアには最早非効率極まりないだろうな。


 まあチート的な才能だと思うが、これも幼少期からの努力の賜ということでひとつ。


「そういえば、精神支配のレジストに関しては進展したのか?」

「うん、この間できたよ。ばーちゃんのお墨付き貰っている」


 研究では、何度も里長には魔法をかけてもらった。いやあ、その度にかなりの魔力を使わせてしまった。でもその成果として、確実に精神支配をレジスト出来る魔法が仕上がったのだから里長の協力も無駄には終わらなかった。


 そして最大の課題である耳と瞳の偽装も実はもう既に完了済みである。


「ねーちゃんどう? 目、ちゃんと夕焼け色になってる?」

「ああ、大丈夫だ。耳も純人と同じ丸い耳になってるぞ」


 これは結界魔法を解析して、リアが自分で作った魔法だ。エルフ特有の尖った耳を誤魔化すだけで純人相手になら通じるらしい。


 これから純人の国へ行くということは、常にこの耳を隠し続けなければならない。ならば里にいる内にも、この耳を隠す癖をつけておく必要がある。というわけで、ここ最近のリアは見た目だけなら純人の少女となっている。最初の方は鏡を見るたびに違和感があったようだが、家族の為ならそのくらいは我慢できる。

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