第34話 リアの恋愛

 里長へ相談した翌日から早速訓練が始まった。


 内容は主に戦闘、外界知識の習得、魔法の開発、純人との交流等々。この中で俺が心配しているのはやはり純人との交流だろう。相手が若い女の子ならともかく、男性かつ背が今のリアより高い人となると、見ているだけで身震いするのが現状だ。これはじっくり段階を踏んで何とかしなくてはいけない課題だろう。


 そんな風に思っていた時期が俺にもありました……。


『ヴィアーリアさんですね。私があなたの戦闘訓練を行うスハラといいます。よろしくお願いします』

『あ、ああ……』


 里長によって派遣された戦闘訓練の師となる人物を前にして、リアは初っ端からフリーズした。


 丁寧な言葉遣いがどこか嫋やさを感じさせる。しかし、実際に聞こえてくる声はバリバリ中年のおじさん。


 そして何よりもリアのここに突き刺さるのは、相手がの男性であるという事実。……なんだこれ、戦闘訓練と純人との交流を一気に済ませようとする魂胆か?


『聞いているのですか? 返事は?』

『は、はひはははひっ』

『だらしのない声を出さない!』


 さらに大変な事に、このスハラとかいう男は結構なスパルタ系らしく、リアの事情なんてお構いもなしに底冷えするような冷たい声で何度も叱られた。


 結局リアは初対面の訓練にて、まともに受け答えが出来ないという結果に終わった。こんなセッティングを行った里長への文句はいくらでも思いつくが、自分たちが望んで訓練を受けている手前、不満を携えて彼女へと突撃するようなことは出来なかった。


(リア、純人の男でも相手は信頼のおける里の人間だ。リアに酷い事をするはずないだろ、慣れだ慣れ!)

(ううううぅー!!)


 拒否反応でおかしくなったリアをとにかく俺は裏から鼓舞し続けた。


 リアの事を思えばこそ、俺は彼女のスポークスマンであってはならない。だからそれくらいしか出来ることがないのだ。


 毎朝、布団から出たがらないリアを説き伏せ訓練へと赴く日々。そんな荒療治の結果、3週間ほどをかけてなんとか戦闘の師であるスハラさんの顔をみても震えることがなくなった。


「ヴィアーリアさん、今日も走り込みから行きましょうか。ほら、まずは中央里道を3往復です」

「さ、3往復」

「何か?」

「なんでも……」

「そうですか、では行ってきなさい」


 改めて、師であるスハラさんは言葉遣いこそ丁寧だが、基本的には鬼教官だ。外見は30代半ばの細マッチョな純人の男で、睨まれると体の芯まで凍りつきそうな鋭い目が特徴。


 とはいえ、俺から見て理不尽な人ではないように思える。訓練の内容も厳しいものの常識の範囲内であり、戦闘初心者のリアの事を考え、初めて数週間の内は体力づくりがメインとなっていた。


「うひぃ……うひぃ……」

「情けない声をださないように」

「はひ……」


 まあでも、今まで本格的な運動をして来なかったリアには結構辛い。山中の移動でそれなりに体力がついていたと思っていたんだがなあ……。


 ちなみにスハラさんの里での立ち位置だが、彼は里の『戦士』といって、里内の治安維持や里外の調査をする組織に所属をしている。


 その組織には、俺たちがこの里に入る際攻撃を受けたケンゴウとマトサンとかいう獣人たちも所属しており、リアもゆくゆくはそこで活動をするのだという。


 ……大丈夫かなぁ。そんな組織、絶対男だらけだろ。


 2年後という期限を考えると、リアには相当の努力が求められると感じた。


 さて、戦闘訓練が終わるとリアはそのままクラナさんに勉強を教わる。今までずっとのんびりと字や言葉を学習していたが、今はそんな余裕が無い。


 外の世界で使われている語彙や丁寧な言葉遣い、エルフ特有のイントネーションの矯正など、学ぶことはかなり多い。前までクラナさんと二人きりで過ごしていた癒しの時間は、今や必死に知識を詰め込む為に注がれていた。


『ミナトもリアの助けになれるよう、一緒に頑張ってくれ。それがお前たち1人の中に2人がいることの利点だと思うから』


 勉強を始める前、クラナさんは俺にそんな事を言ってきた。当然、彼女に言われるまでもなくそのつもりではあったが、そんな風に俺自身に対して言われると気合が入る。


 こうしてリアはこの安全な里の中で、異様に忙しい日々を送るようになった。


 勉強はともかく、戦闘訓練はリアにとって嫌な時間だった。ただ、やはり目標があると続く。強くなって早く家族を探しに行きたいという気持ちがリアを奮い立たせた。











「リア、お疲れさま。スハラとの訓練はどうだった?」

「えっと、今日初めて剣を持たせてもらったよ」

「おお! やるじゃないか」


 訓練が始まってひと月が経過したある日の夕暮れ。クラナさんは家の炊事場で大鍋をかき混ぜながら破顔する。


 夕飯の準備をしながらクラナさんと話をする、この時間が本当に癒しだ。彼女は日々、リアの成長を自分のことのように喜んでくれていた。


「で、結局スハラとはうまくやれているのか?」

「……まあ、それなりに」


 ウソだ。本当はまだイエスノー以外の言葉を交わせない状況だった。


 そして、そんな誤魔化しは一瞬でバレてしまう。


「はぁ。やはりまだ、難しいか」

「うん……やっぱり怖くて」

「それは純人のほう? それとも男?」

「どっちかというと男。いつもお水くれるキサナちゃんとは会話できるし」


 キサナちゃんとは『戦士』の集団の中で、部活のマネージャーみたいな仕事をしてくれている純人の女性だ。


 彼女とはまあ、オドオドしながらもなんとか話せている。


「そうか。やっぱり男が苦手なんだな」

「苦手、なんじゃなくて嫌いなの」

「違いがよくわからん──ああ、スジがとれたなら、こっちに渡してくれ」

「はい」


 リアは器に盛った野菜の山をクラナさんに手渡す。


 近頃クラナさんと私的な事を話す機会が減っている。なので、こうやって食事のお手伝いをしながら彼女と触れ合う時間をとっていた。


「リアも料理やってみるか?」


 野菜の入った鍋を振る度に揺れる可愛らしい尻尾を眺めていると、クラナさんが突然手を止めて聞いてきた。


「うーん。手伝いはいくらでもするけど、料理自体には興味がないなぁ」

「そ、そうか……これでも、里の女子からはよく教えてくれとせがまれるんだがな。ほら、料理上手な女は男にモテるから」

「はっ」


 リアは鼻で笑った。こら失礼だろ。


「男に媚びる理由はないよ」

「いや媚びるって……はぁ、やはりお前の男嫌いは相当だな」

「当然でしょ」


 威張るように言うリアであったが、大人の男を前にしたリアは毛嫌いするというよりは怯えているというのが丁度いい表現だろう。だが、嫌いな男に自分が怯えている現実が気に食わなくて、彼女は敢えてこういう言い方をしている。


「ちなみにリアは将来結婚とかは……考えているわけないか」


 クラナさんはそのまま話を発展させようとしてすぐに諦める。


 うん、リアに結婚云々の話をしても仕方がない。


「考えるわけないし、そもそもまだ私、子供じゃん」

「子供と言ったってリアはもう15だろ? 里の子たちは皆、そのくらいには結婚相手を見つけてるぞ?」

「はやっ!」

「え、そうか?」


 お互いの常識が食い違う。というのも、リアが持つその辺りの常識は完全に俺の世界のものだ。俺たちの世界の15歳なんて結婚を認められてすらいないからな。


 ちなみにリアの故郷ではというと、まずリアがエルフ同士の結婚に立ち会った経験がなかった。さらに両親が正確に何歳であるかを知らないというスケールの大きさ故に、結婚という概念がそもそもよく分かっていなかったりする。


 一方でこの里では俺たちの常識で言うところの子供同士の夫婦がそれなりにいるようだ。


 そうか。なら元の世界の俺の年齢くらいだと、行き遅れと言われるかもしれないのか。


 ん? 俺の年齢くらい?


「あれ? 待って、でもねーちゃんは結婚してないじゃん」

「い、いや私は……!」


 そういえば、この人俺と同い年だっけ。結婚しなきゃおかしいってこともないんだろうけど、こんな美人で立場のある人がこの歳で独り身なのも珍しいのではないだろうか。


「だって、だって、わたしは長命種だから気軽に相手を選べないし……」


 でも、この反応的に結婚したい気持ちはあるのかな。


 と、そんなことを考えていると、内側で何やらリアがうるさい。


(今更だけど、ねーちゃんが知らない男と結婚するとか嫌すぎる!)

(そ、そうか……)

(そうだよ! NTRだよ! NTR! 絶対許せない!)


 いや、違うと思うぞ……。


 でも、ここだけの話、俺もクラナさんがどこぞの男と結婚したら確かにしんどいかもしれない。3日は横になったり縦になったりする自信がある。


 ただ「長命種」がどうこう言うあたり、彼女にも彼女なりの結婚しない理由があるのだろう。なんだろう、パートナーだけが老いていく姿を見たくないとか?


 理由を多々考察していると、リアが思いついたように言った。


「あ、そうだ! 何なら同じ長命種の私が結婚してあげるよ」

「何を言ってる!?」

「はい決定! 勿論、私が旦那さんね」

「待って! 勝手に話を進めないで!」


 リアはクラナさんを揶揄っているんだろうけど、何だか2人が幼いままごとをしているようで可愛いと思った。


(でもやっぱり、リアが結婚は想像できないな。そもそも、恋愛すらしなさそうだ)

(いやするよ! というか、もう恋愛なんて腐るほどしてきたわ!)


 嘘だな。リアの記憶はすべて見たがそんなもんなかった。


(まずベルレシア聖王国の第3王女でしょ、それに堂島財閥の一人娘に、アパートの隣人の──)

(それ、全部俺がやったエロゲのヒロインじゃん。んなもん恋愛遍歴に加えんな)

(バカバカ! 主人公を通して私もちゃんとヒロインと恋愛してたの! 濡れ場だって経験したの!)


 確信した。リアにまともな恋愛が出来る日は来ないだろう。


(まあ冗談はさておき、私はこれまでも、これからも恋人を作る気はないからね。ミナトだって、私を通して男と恋愛なんてしたくないでしょ?)

(それは確かにそうだが)


 言われてみれば、リアが男とキスや性交渉をするなら、身体を共有している俺もその度一緒にそれを経験することになる。それはなんというか……うっ、吐き気が……。


 だけど、リアにもしそういう出会いがあったなら、俺は自分を捨てでも受け入れるつもりだ。リアの人生はリアだけのものだから。……やっぱ嫌なもんは嫌だけど。


(うえっ……なんか気分悪くなってきた。ミナト、変な想像してるでしょ? そういうのってこっちにも伝わってくるんだから、止めてよ)

(すまん)


 ひとまず精神衛生上の為にも、リアにはクラナさんとイチャイチャを継続しておいてもらおう。

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