第33話 ミナトとクラナ
突然、リアは俺の存在をクラナさんへカミングアウトした。「何を勝手に」と俺が責めるとリアは──
(だって大好きな人にはもっと自分のこと知って欲しいし……)
などと供述をしており……。うーん、これが承認欲求というやつなのだろうか。
せめて相談してから行動に移して欲しかった。
「な、なるほど? 異世界の人間がお前の中にいるというんだな?」
「そうそう!」
「そうか……」
一方、俺という人格の事を一方的に聞かされたクラナさんは、それを否定こそしないものの、イマイチ信じきれないという視線を寄越した。
いやまあそりゃそうでしょうよ。他人からすれば、あまりに荒唐無稽すぎる話だ。
「ねーちゃん、私の言う事信じてないでしょ?」
「えっ! いやーまあ、その……だな」
「じゃあ証拠を見せる! 今からミナトに代わるね!」
いやいや! そんな突然!?
(待てって! リ──)
そこで突然身体の力が抜ける感覚に襲われる。俺は反射的にビリヤードの球のように操縦権へと向かう。
「──リア! 待てって!」
「っと、リア! どうした? 突然叫んで……」
「あー……」
本当、勝手ばっかりするなあ。
(ごめんっ! ミナト! ねーちゃんに挨拶して?)
(挨拶って、そんなもんでクラナさんは俺の存在を理解してくれるか?)
(わかんないけど! 頑張って!)
めちゃくちゃだ……。だけど、表に出てしまったものはしょうがない。俺は意を決してクラナさんへと向き直る。
「あーえっと、クラナさん。はじめまして、リアの裏の人のミナトです」
「えっ、えっ?」
ほらあ! クラナさん、意味わからなくて、困った顔してるじゃん。
「えっと、今のリアはリアではないと?」
「おう、そうだ。記憶とか思い出は共有してるけど、一応俺らは違う人格だね」
俺は敢えて、元の世界で親しい友達と話していたようにクラナさんに応える。すると、ようやく彼女の顔が驚きに変わった。
「驚いた……突然まるで別人のようになったから」
「いやだから別人なんだって。身体は一緒だけど、中身が全然違うの。リアは小さい女の子だけど、俺は20歳の男だぜ?」
「男!?」
「あっ、そういえば……ごめん」
俺は慌ててクラナさんから距離を取る。裏にいた時の名残でずっと彼女にくっついたままだった。
「本当に男なのか? リアの身体にいるのに?」
「生前は男だっただけだよ。リアが話しただろ?」
「あ、ああ……でも、凄いな。目の前にいるのはリアなのに、本当に男の人と話しているみたいだ」
雰囲気というか、見えないオーラが変わるのだろう。入れ替わってからすぐにクラナさんは違いを感じられたようだ。
「やっぱり直接話したほうが手っ取り早いでしょ?」とリアが内側から話してくる。いやまあ確かにそうなんだけど、ぶん投げられた感は否めない。
「ミナト? だったか、あなたはリアと身体を共有していて、記憶と感覚も繋がっているんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、その、お風呂とかも……」
クラナさんは恥ずかしそうに顔を赤らめながら胸の前で腕組んだ。
「ぶふっ! いや待って! 確かに記憶としてその時のことは頭に残ってるけど! 俺は出来るだけ女性の裸とか感触からは目を背けていてだな!」
「……本当か?」
ジロリと今までクラナさんから向けられたことのない視線を浴びる。
(ちょっとミナト!? ねーちゃんになんて顔させてんの!)
(え、俺が悪いの……?)
どうしろというんだ。
「まって、説明をさせてくれ。一応俺はリアが女風呂に入る度、こうして視界をだな──」
とはいえ、俺もクラナさんに嫌われるのは本気でキツいので、あらゆる言葉を尽くして俺がいかに無害な人間かをアピールする。
いやだって実際俺はクラナさんの裸を前に、何度も視界を極限までカットすることで欲を誤魔化してきた。俺は変態である前に、一人の紳士なのだ。
「ふーん」
「お願い! 信じて! リアが信じる俺を信じて!」
「ふふ、そんな風に言われたら信じざるを得ないだろ」
「おっ?」
クラナさんの綻ぶ頬が見えた。よし、流石にリアへの信頼が勝ったか。
「リアに免じて今までの事は許そう」
「ほっ……助かった」
クラナさんがリア第一の人でよかった。
ただ、許されたとはいえ、これ以上長々と話していてもボロが出そうだ。さっさと言うべきことだけ言っておこう。
「さて、クラナさん。今回俺はこうやってリアに半ば無理やり表へ出されたわけだが、本来、リアの裏である俺はあまり表の人間と関わるべきではないと思ってる。俺、じゃなくてリアの人生だしな」
「そ、そうなのか」
「おう。だから、今クラナさんには一言だけ言わせてもらって、引っ込みたいと思う」
これがこの世界での俺のスタンスだ。決して面倒だからじゃないぞ。
俺にとってリアという存在は、お互いの記憶を共有し合うもう一人の自分であり、兄妹のような間柄でもあり、一生縁の切れないパートナーだ。その彼女の大切な人に俺から言うべき事はたったひとつ。
「リアを大切に思ってくれてありがとう」
敵から逃げ出し、山の中を彷徨っていた頃のリアからは想像出来ないほど、今のリアはクラナさんという他人を愛している。それはやはり彼女がリアに興味を持ち、向き合ってくれた結果だろう。誰かを大切に思う気持ち、そればかりは内にいる俺だけでは与えてやれなかった感情だ。
「いや、私こそ、大切なリアをここまで連れてきてくれてありがとう」
……ここでその返しが出来るのは流石だ。本当にこの人は女神か何かなのか?
こうして、俺がリアとしてではなく、ミナトという人格として初めて誰かと会話を交わした。突然のイベントではあったが、結果はまあ良かったんじゃないだろうか。
「しかし、ミナトがいるとするなら、あんまりくっついて寝たりできないな」
「まあ、それはそうだな……」
ただ、明日からクラナさんのリアを見る目はまた変わってきそうで複雑だなぁ……。
「──ねーちゃん! そんなこと言わないで一緒に寝て欲しい!」
「おっと、またリアに戻ったのか。いや、しかしなぁ……」
「お願いっ! ミナトには何も知覚しないように、よーく言い聞かせておくから!」
別れまであと2年。当然俺も目的を果たしたならばリアをここへ帰すつもりだ。なので、2年間リアとクラナさんの関係を蔑ろにしていいはずがない。
勿論、頑張って欲と戦うよ……。
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