第31話 里長への相談
「なるほど。家族をな……」
リアが里を出る理由を語ると、里長は叱るでもなく何か納得をしたかのように頷いた。
はっきり言って意外だった。この里に来たなら死ぬまで出さないという考えだと思っていたから。
そして、それよりも意外なのは、ありえないと言わんばかりにワナワナと震えているクラナさんの姿であった。
「ねーちゃん?」
「おばあ様。発言、よろしいでしょうか」
「あ、ああ……」
震えながらも、里長に一言断る落ち着きはあるようだった。
「リア、悪いことは言わない。考え直せ」
「えっ、どうして? 今、行かなきゃ皆どうなるかわからないんだよ?」
「その『今』ってのはいつだ?」
「はぁ? 今は今でしょ?」
「そうじゃない。今から家族の元へ行くと言ったって、何日どころか、何年とかかるかもしれないと分かっているのか?」
「そ、それは……」
この山脈を移動するだけで数か月かかったのだ。クラナさんの言う通りだった。
「そもそも、家族がどこへ連れて行かれたか、お前は知っているのか?」
「……知らないよ」
「そうだろう? 恐らくバラバラに買われた可能性が高いから、探すにしてもそれぞれ情報を集めないといけない」
「…………」
「それにリアはどうやって家族を探すんだ。場所は純人の国で、お前はエルフなんだぞ? ずっと隠れてやり過ごすのか? そんなこと、出来るわけないよな?」
クラナさんに現実を叩きつけられる度にリアの背中は丸くなっていく。
そりゃあ、道なりが平坦だと思ってはいなかった。でも、思ったより大きな現実問題に早くもリアは膝を屈しそうになった。
それにしても今日のクラナさんはどうしてこんなにも厳しいんだ……。
「それにもし捕まったらどうする? この里の事を秘密にできるのか?」
なおも追撃を続けるクラナさんだったが、もう俺たちのライフはゼロ。普段優しいと思っていた人に心をズタズタにされたリアは今にも泣き出してしまいそうだ。
「いいか? お前も身をもって体験したと思うが、この世界には情報を引き出す魔法スキルだってあるんだ。そんなものにかけられたらこの里は──」
「クラナ、もうその辺りでいいだろう」
ボコボコに言い負かされたリアを助けたのは里長だった。手のひらをクラナさんへ向け、ストップの合図を出している。
「申し訳ありません。熱くなってしまいました」
「いや、お前の言うことはもっともだった」
一度はクラナさんに賛同する里長だった。しかし、その後に続ける言葉はまさかの。
「だが、私としてはリアが里を出てもいいと考えている」
「ええっ!? 何故ですかおばあ様! よくないです! この子はまだ小さい! 不安だ!」
「クラナ……話が進まないからちょっと黙っとれ」
「ご、ごめんなさい」
キッと鋭い視線を向けられたクラナさんは申し訳なさそうに肩を落としていた。
「リアが里を出ることに、私が肯定的である理由はいくつかある。まずひとつはリアの言う通り、まだ家族が生きている希望があるなら、探すべきだと思ったからだ。確かに時間はかかるだろう。しかしな……やはり失ってからでは何もかも遅いと思うのだ」
里長の苦々しい表情はその過去を思わせるものだった。
そうだ。里長は自分の与り知らぬ所でクラナの両親たち、つまり自分の子供たちを失ったのだ。
「何も出来ず手遅れになっているなんて、そんなのやるせないだろう……」
「お、おばあ様ぁ……」
そんな里長の思いに共鳴したのか、クラナさんは声を殺しながら泣き始めてしまった。その背中を擦りつつ、里長は言葉を続ける。
「幸い、と言っていいのかはわからないが、リアの家族は皆奴隷として売られた。殺されたわけではないんだ。なら、まだ間に合うかもしれない」
その言葉は散々な現実に打ちのめされたリアへ希望を与えるものであった。
ただ、里長はあくまで現実主義的な人だった。一度はリアの味方に付くポーズをとりつつも、その後に「しかし」と続けた。
「クラナの言った指摘が的を射ていたことも事実だろう。お前が外で家族を捜索するにはあまりに問題が多すぎる」
「うっ……」
「だが、お前なら何とかなるとも思っている。それが、ふたつ目の理由だ。リア、お前、以前目の色を誤魔化す魔法の研究をしていたよな? 進捗はどうだ?」
「えっ? それならもうスキル化してるよ?」
魔力ブーストが起きた時に目立たないよう、リアは結界魔法の偽装機能を参考に瞳の色を変える魔法を開発していた。でもそれがどうしたと言うのだろう。
「優秀だな。そこだよ、私が認めている部分は。なに、簡単な話だ。それでエルフ特有の尖った耳を隠せばいい。純人なんてそんなことだけで騙すことが出来る」
「なるほど!」
「お前のその魔法を開発する技術があれば、他にもクリアできる問題が多々ある」
「はいっ!」
魔法を褒められ、目を輝かせたリアは素直に里長の言うことを聞いていた。
耳を隠す以外にも、精神掌握から逃れるための魔法や、単純戦闘力を上げるための身体強化など保有しておくべき魔法スキルの助言を受ける。
魔法があるからリアのような子供がひとりだけのサバイバルを生き抜いてこられたんだ。それらの課題はむしろやる気に繋がった。
「ばーちゃん! 私、魔法の開発頑張るね!」
「待て待て。まだ心配事はある」
「えぇ、まだ?」
「というか、お前にとってこっち方がよっぽど重要だ。お前、『純人の男』と会話ができるのか?」
リアは思わず言葉を失った。さっきからテンションの乱高下が凄い。
「それは……むり」
「だろうな。だが、純人の国へ行くならそれは避けられないことだぞ」
そりゃあ純人だろうと、獣人だろうと半分は男なわけで、男からは逃れられないということはリアにも分かっていた。
「仲良くなれ、とは言わん。だが、自然な対応くらいはできるようにならないとな」
「うぅ……」
リアの純人アンド男嫌いは筋金入りだ。それが純人しかいない環境で過ごすって、ああ何だかとんでもない無理ゲーに思えてきた。
「今すぐにとは言っていない。というか無理だろう? だからリア、2年だ。2年は里で準備をしてもらう。魔法の開発の他にも戦闘訓練、知識を付けることも大事だな。そして純人と普通に話せるレベルになることだ。これらを完遂した上で私が大丈夫だと判断したなら、旅立つ事を許そう」
「えっ、でも2年は長すぎるよ……」
「家族が心配だと言うのだろう? 勿論、私にも考えがある」
「どういうこと?」
「うむ。確かに2年もあれば、普通の亜人奴隷ならば、扱いによっては生存しているかどうかは怪しいものだ。だが、エルフは違う。何故かわかるか?」
「え? 寿命が長い? 生命力が強いとか?」
「それもある。だが、一番は外の純人にとってエルフが『資産』であるからだ」
そこまで言われると俺にも言いたいことが分かってくる。エルフはその寿命故に、純人に比べて個体数が極端に少ない。20歳差の姉妹が近いと言われるほどに、新生児が少ないのだ。それに比較的魔法位の高い者が生まれやすいという特徴もある。それらの理由で、エルフは高値で取引されるというわけだ。
だから大切にされるとは言わないまでも、粗末に扱われることはないだろう。まるでレアなクワガタみたいな扱いには腹が立つが、そう考えるとリアと家族との再会に希望が持てる。
最後にメタ的な話だが、姉のユノに関しては数年後、魔法学院に在籍していることがわかっている。その学院がどこに所在するのか、1ミリも分かってはいないが、今のリアに多少の猶予はあるとみていい。
「今焦って中途半端な実力で挑むよりも、2年の間じっくりとレベルアップしてから挑んだ方がいいのではないか?」
うん、もっともだな。リアも納得がいったらしくブンブンと首を縦に振っている。
そんな感じで話はまとまった。里長が後押ししてくれたことは意外だったが心強くもある。
だが一方で、途中から一切の口を挟まなくなったクラナさんの浮かない表情が、喉に刺さった小骨のように心に引っかかった。
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