第29話 風呂場②

 私の背中に身体を寄せたまま、ねーちゃんは語り始めた。


「私には、妹が1人いたんだ。歳は……そうだな、今のリアの見た目よりも幼いくらいだった。それで、よくこうやって妹の背中を洗ってやっていたんだ」


 所々に過去形が使われていることで、察せてしまう。そして、ねーちゃんが私の背中に何を思ってしまったのか。


 ねーちゃんの両親や今話に出てきた妹の事は、ひと月以上一緒にいれば薄々何が起きたのかはわかる。しかし、こうやって彼女から直接話を聞かされたのは初めてだった。


 そこから続けられた話は、予想していた通りに悲惨で、やるせない思いにさせられるものだった。


 ねーちゃんは元々この里の外で暮らしていたらしい。それは以前にも聞いていた話だった。事情があってガイリンの街で暮らしていたと。ただ、今回はそれよりも前の話。


 大陸にはこの里のように、純人の国の目を避けるよう存在している集落が他にもあるという。元々ねーちゃんが住んでいたのもそんな集落だった。


 集落は今私たちが住む里のあるソフマ山脈、その北側の麓に土地があった。丁度、私が売られた市場のあるガイリン国の辺境地にあたるという。


 そこでねーちゃんと妹さん、その両親は小さな村を作って過ごしていた。


 村はこの里のように魔法で集落全体を隠すような仕組みはなく、本当にただ隠れ住んでいるという表現が正しかったそうだ。村を作ってから数10年は純人の勢力とぶつかり合う事もなく、かといって友好的な関係でもなかった。そして、ガイリン国から来た逃亡奴隷なども吸収しつつ、至って平和な生活が営めていたそうだ。


 だが今から数年前に悲劇は起きた。ガイリン国の辺境貴族が何故かその村の存在を嗅ぎつけたのだ。


 そこからの展開は早かった。私の生まれたエルフの里が滅ぼされたのと同様に、その村にもたくさんの兵士が押し寄せ、暴虐の限りを尽くしたのだという。ねーちゃんはたまたま侵略されたタイミングで村の外へ出ていた為、難を逃れた。


「あの時、妹のエアを家に帰していなければ……」


 ねーちゃんの妹はたまたま家へ帰ったため兵士に見つかり、のだ。


「村から立ち上る黒い煙が収まった後、私は危険だと分かっていながらも一度村に戻ったんだ。当時は小さかったし、これからひとりで何をどうしていいかまったくわからなかったから。それで戻った村には、もう何も残っていなかった。家は焼かれ、食料は持ち去られ、人は死に絶えていた。抵抗したのか、お父様も、お母様もエアも皆惨い姿で死んでいた」


 ねーちゃんの腕からは震えが伝わってくる。当然、今でも悲しみ、怒りは消えていない。


 それからクラナねーちゃんは廃村となった場所で何とか生を繋いでいた。しばらくして、純人を主体にした商隊が村を訪れた。それは村が過去に匿っていた逃亡奴隷たちで構成されていた。


 ねーちゃんはその後、商隊の扱う奴隷として、純人の町で一年ほど過ごした。勿論、ポーズだ。そうしないと、純人の町では生きていけないから。


 そして、紆余曲折があって、ようやく祖母の治めるこの里にたどり着いたという。


「私はただリアの姿を妹に重ねていただけなのだ。すまない、面白くない話を聞かせてしまった……」


 くぐもった声を混じらせながら、ねーちゃんは私を抱く腕を解いた。そして、不意に柔らかい感触が消える。それが妙に惜しく感じられた。


 別にミナトみたいにもっと豊満な身体を堪能していたかったわけではない。もっとシンプルに、私もこの温もりを心地いいと思った。思えばこの里に来てから、私はずっとそんなものに包みこまれていた気がする。


 妹と重ねたなんて言うけれど、私はまったく不快に思わなかった。それに、それを言うなら私だって心の奥で彼女を大切な人と重ねていた。


「ねーちゃんは私のお姉ちゃんに似てる気がする」

「お姉ちゃん? ああそうか、リアには姉がいるのだったな」

「うん。美人でおっぱいが大きいお姉ちゃん。クラナねーちゃんと一緒」

「はは。お前は本当に乳が好きだな」


 後ろから頬を抓られた。確かにミナトから伝わってくる性欲を無しにしても、私はおっぱいが好きだ。それはやっぱり大好きなお姉ちゃんの影響だろうね。でも、だからこそ、勘違いしてはいけないことがある。


 私は一度、身体を反転させてねーちゃんに向き直り、その不安そうな表情を見つめて言った。


「でもね、やっぱりねーちゃんはお姉ちゃんじゃないし、私はエアじゃないと思うんだ」

「それは……そうだな。エアはもういない……」

「うん。私は妹の代わりにはなれない。でも、私がクラナねーちゃんのこと大好きなことは変わらないから、ねーちゃんも私をリアとして好きになってください」

「ああ……わかってるよ……もちろん……」


 ねーちゃんは鼻水を啜りながら、再び私を抱き締めた。でも、今度は正面に向き合っていたので、ねーちゃんの巨乳に顔が埋まる。


「うむぅ……んぐっ!」


 その瞬間、ドクンと濃厚な魔力が身体の中を巡った。


 確かにミナトの言う通りだった。今真面目な場面だったのに何とも締まらない……。


 一糸纏わぬねーちゃんの胸に埋もれる。いくら感覚を遮断しているとはいっても、これで魔力ブーストの発生しないはずがなかった。


 これが「大切な人を思う気持ち」とかなら、どれだけカッコよかっただろうか。でもまあ、私の場合そうはいかない。何せ、中にとんでもない変態を飼ってますから。


(ふわっ! デカい! 柔らかい! あったかい!)

(でたな変態!)

 

 ねーちゃんの乳圧を顔面で受け、ようやくミナトが出てきた。大量の魔力を引っ提げて。


(んっ……でも、これ、どんだけっ)


 量、濃度ともにかつてないブーストだった。それは、堤の崩壊した河川のごとく私の中を流れている。


 なんというか、めちゃくちゃ感じる。変な意味じゃなくて。いや、やっぱり変な意味かも。


「え、リア? ……ひゃっ!」

「ぐへへ」

「ちょっ、どうした!? というかその目はなんだ!?」


 ねーちゃんの柔肌に触れれば触れるほど、ドロリと濃い魔力が自分の中に生まれる。


 その高揚感に完全に酔ってしまった私は、しばらくの間誰もいない浴場でクラナねーちゃんを堪能するのであった。

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