第28話 風呂場①

 魔力が増える仕組みを発見したリアは心を躍らせながら様々な検証を行っていく。その結果分かったことがあった。


 まずこの魔力ブーストというのは、あくまで一時的な物だということ。例えば、今リアに100の魔力があるとして、魔力ブーストが発生し体内に1000の魔力がプラスされるとする。だが、使い切って回復するのは元々の100だけだ。


 また増える魔力の量は感情の強さに比例するということ。……まあ俺の場合でいうと、どれだけエロさを感じられるかによるということだ。アホみたいなことを言っているが、これは沢山魔力が欲しいリアにとっては非常に重要なことである。


 男という生き物は使い古されたエロネタよりも、新しい刺激を求めて新しいネタを探す。感情というものは常に新鮮さを求めているもので、客観的に見てそれがいくら煽情的であったとしても、何度も同じ皴をなぞり続けているとそこに生まれる感情の動きは段々と少なくなってしまう。


 つまり、常にエロを求める姿勢というのが、魔力を得る為には必要なのだ。


 というわけで、リアは日々エロネタを探すという中学生男子のような生活を送っていた。


(本当は私の身体で興奮できたら楽なんだけどね)

(無理無理!)


 永久機関ならず。だって自分の身体みたいなもんだし、そうでなくともこんなお子様ボディでは……。極まったナルシストならともかく、俺には無理だな。やはりエロは他人に対して感じるものだ。


(ミナト、浴場に行こう!)

(行かねぇよ!)

(いや、汚いじゃん。お風呂は入らなきゃでしょ)

(あ、いやでも……)


 突然常識的な切り口でツッコみが入る。


 しかし、浴場はまずい。確かにリアの身体は一応女性のものであり、男女で分けられた花園へ入り込むことに障壁となるものは存在しない。だからといって、本当に入っていいわけではないと俺は思うのだ。


 男女に別れているという事は、女性は男に身体を見られたくないということ。いくら相手がリアを女性だと認識していようと、リアの中にはどうしてもオスである俺がいる。それは見られる女性に対して、紳士的とは言えないな。


(勝手に風呂に入っておいてくれ。俺はいつもみたいに『裏』に籠ってるから)

(またかぁ。わかったよ)


 裏に籠るという行為は、二心同体である俺たちにしか出来ないことだろう。


 俺たちはどちらかが操縦権を持ち、もう一人は内で意識のみの存在と化すような状態で生きている。通常、内にいても身体が知覚したものは共有されるのだが、頑張れば知覚を遠ざけられることが最近わかった。つまり、見たくないものは見ないように出来るし、臭いものを遮断することも出来る。ただ、完全ではない。完全に身体の感覚を切り離そうとすると、戻ってこれなくなるような気がして怖いのだ。


 まあ、今回のように視覚と聴覚を遮断するくらいなら、不完全でも充分だろう。


 …………いや、惜しくはないぞ?








 ミナトの記憶を見ていて感じたのだが、彼はとんでもなくスケベなヤツだ。


 保育園に通っていた頃から保母さんの胸を触りまくっていたし、小学校でのスカート捲りは常習犯だった。中学では野球部でしごかれていたせいか比較的大人しかったが、高校ではそのスケベさが全力で悪さをして痛い目に遭っている。そんな経験もあり大学に入れば多少は落ち着くかと思ったが、蓋を開けてみれば矛先が生身の女から二次元の女に変わっただけだった。


 毎日毎日、エッチな漫画やゲームを嗜む日々。中にはめちゃくちゃ感動できる作品や、登場人物の魅力的な作品があり、記憶を順々に見ている私も次第にハマっていった。まあそれはともかく、ミナトはとんでもなくスケベな人間なのだ。


 そんな人が堂々と女湯に入ることが出来るという事実に喜ばないわけがない。


「ねーちゃん、お風呂にいこう」

「ああ、一緒に行こう」


 クラナねーちゃんは破顔しながら私の腕をガッチリと掴んだ。


 彼女はいつも優しい。ついひと月前まで知らない人間だった私を本当の家族のように大切にしてくれる。こうやって一緒に何処かへ出かけるのもよくあることだった。


 ミナトはねーちゃんに対して、ラブに近いレベルの気持ちを抱いている。それが性欲からくるものだということは分かっている。


 一方で私も彼女を好ましく思っていた。正直に言うと、彼女はお姉ちゃんに似ているのだ。優しい性格で責任感があり、いい匂いがして、そしておっぱいがデカい。だからこそ、ミナトが私を通して彼女に興奮するのもやぶさかではない。


 この里の中央通りにある共同浴場は夕暮れ時が一番混み合うらしい。だからその時間を少し外した昼間にふたりで訪れた。


 浴場はミナトの世界で言う所の温泉旅館の大浴場を彷彿とさせる内装だ。木造屋根てっぺんの排気口からモクモクと湯気が排出されていく様子がなんとも趣深い。


 そしてなんといっても、この場で最も素晴らしいのは目の前にある広大な山脈だった。


「でかい」

「リア、そんなに見るな……」


 クラナねーちゃんはその艶めかしい肢体を隠すように持っていた手ぬぐいを抱いた。その振る舞いも大変エッチだ。


(オラァ! ミナト! そのスケベな眼に焼き付けろ!)


 返事がない。相変わらず奥に引っ込んだままだ。


 奥に引っ込んだとは、自発的に感覚を遮断した状態を指す。精神を休めたい時や表の人格にプライベートな時間を与える為に、最近出来るようになった技である。といっても強烈な刺激であれば、引っ込んだ状態でも届いてしまうのだが……。


 で、どうしてミナトが奥に引っ込んだかというと、彼の面倒くさい性格が原因だった。


(いくら身体が女だからといって、男の俺が堂々と覗くのはどうなんだ!?)


 ヤツは変態である前に紳士でもあろうとする。そんなんバレようがないんだから別にいいのにね。


 おかげで魔力の補充が出来ない。何のために共同浴場まで来たんだって話だ。


「リア、背中を洗ってやろう」

「あ、うん。お願い」


 ゲスな思惑があるとも知らず、クラナねーちゃんは手に石鹸を擦りつける。そして、しっかり泡を立てた後、私の背中にぬり付けた。


「んー……」

「どうだ?」

「うん、いい感じ」


 ねーちゃんの柔らかい手が、肩から背骨の凹みにかけてを移動していく。やっぱり水圧で洗うよりはこっちの方が気持ちいいな。


 そういえば、私のお姉ちゃんもよく身体を手の平で洗ってくれたっけ。


 昔の私は湯浴みが嫌いで仕方なかった。だって、他の人は皆自前の魔力でお湯を作れるけど、私の場合そうはいかなかったから。いつもお姉ちゃんやお母さんにお湯を作ってもらわないといけない。力もないから火だって起こせないし……。すると、いつの間にか劣等感と罪悪感に襲われる湯浴みの時間が面倒になっていた。そして、指摘されるまで絶対に湯浴みなんてしなかった。


 でも今では魔力も潤沢にあるし、ミナトが日本で暮らしていた記憶のせいもあって、立派な綺麗好きだ。


 こんなにちゃんとしてる今の私を見たら、家族はなんて言うだろうか。


「…………」


 遠すぎる希望に思わず視界がぼやけていく。そんな私を現実に引きもどしたのは、やっぱり背中を撫でる手の感触だった。


「小さいな」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。


「ねーちゃんのに比べたら誰だって小さいよ」

「そ、そうじゃなくて、背中! 背中の事だ!」

「はぁ……背中?」

「そうだ。改めて見て思った。リアの背中は小さい。≪黄昏≫の猪剛鬼をたった1人で倒せる人間とは思えない背中だ」

「うん。まあ、魔法で倒したからね」

「そこはやっぱり……違うな」

「なにが?」


 いまいち要領を得ない言い方に違和感がある。何かを言いたげにしているのに、喉元から上手くひり出せないような感じ。


「すまない。ちょっと私の話を聞いて欲しいんだ」


 背中に触れていたねーちゃんの手が肩に滑ったと思ったら、いつの間にか私の前に回っていた。そして、そのまま包み込むように抱きしめられる。


「別に、いいけど……」


 ねーちゃんの真剣な言葉に、今だけは背中に当たる柔らかさを忘れなきゃいけないと思った。

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