第25話 魔力の上振れ

 リアが獣人の隠れ里に辿りついて早1か月が経過した。


 朝はクラナさんと共に里の見回り、昼前に文字の勉強を始め、ご飯を食べて午後にはまたクラナさんに引っ付いて里を回る。大まかにそんな平和な日々を送っていた。


 リアは集団生活を送る中で一応、女性ならば挨拶程度のやりとりが出来るようになった。いい兆候だ。


 ただクラナさんにベッタリなのは相変わらずで、彼女のいない状態で他人と関わることはまだない。というか、彼女が用事でいない時間はポッカリ時間があいてしまうのだ。そして、そういう時間は魔法の開発をして時間を潰す。


 魔力が存分にある幸せを知ってしまったリアは里に来る前から趣味半分で魔法の開発を行ってきた。そして、この里ではサバイバル下にあったあの頃とは違い、余力を残す必要が無くなったことでそれはスケールアップしている。


 ただそれが行き過ぎて、最近は魔力が足りなくなることもしばしば。


 特に里を覆う結界、つまり偽装魔法と精神支配魔法の研究。魔力消費が大きい魔法を試行錯誤を繰り返す為、最高位であるリアでも魔力の枯渇が見える日も出てくる。昔のリアの貧しかった魔力を思うと、今はとんでもない魔力の使い方をしている。


 今日もバンバン魔力を消費した。もうちょっと魔力があればいいのに、とリアはボヤく。そこで俺はある事を思い出した。


(あれ、そういえば魔力って増えたんじゃないのか?)


 里長たちと結界魔法を再展開する際に、そんな事を言っていたような。


(うーん、なんかまた元に戻った気がするんだよねぇ……)

(え、そうなの?)

(そうだよ! あの時は今の倍はあったはずなんだよ!)


 俺たちの知識にない、不可解な現象だ。これも研究しなければならない。


 ゲーム『花束*ヴァイオレットマジック』に出てきた説明では、魔力量つまり最大魔力保有量というのは、魔法位によって決まるとされている。例えば、≪金≫の魔法位は≪翠≫の魔法位に比べて、保有できる魔力の質と量が上となる。それが段階によって分かれており、上限以上の魔力は蓄えられず身体から出て行ってしまうはずなのだ。


 ならば一番位の高い≪黄昏≫の保有量以上を蓄えることはひとりの人間には不可能と言えるのだが、その当時は何故か倍以上の魔力を感じたという。≪黄昏≫で頭打ちである以上、これ以上の魔力の成長はありえないしなあ……。


 うーむ。


(すまんが俺によくわからん。というか魔力量って減るのか?)

(減らない……はず。でも実際使える量が減ってるし。ミナトなにかした?)

(するか! 魔法とか魔力とかそんなわけわからんもんは俺の管轄外もいいところだぜ)

(でもさぁ、この≪黄昏≫の魔力自体はもともとミナトのものなんだよ?)

(と言われてもなあ)


 魔力とかいうとんでも世界システムに馴染みのない俺にはどうしようもない。それに、そもそも魔力が増加したと思ったこと自体が、勘違いだった可能性がなきにしもあらず。


「リア、どうした? 難しい顔して」


 っと、リアと一緒に考え込んでしまった。用事を終えて帰ってきたクラナさんが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「ちょっと考え事」

「考え事か……私でよければ相談に乗るが」

「えっと……」


 リアは咄嗟に口ごもる。里長ならともかく、魔法に疎い彼女へ相談を持ち掛けても無駄に悩ませてしまうだけなのでは、とリアは思ったからだ。


「ん、どうした? 遠慮せず何でも言ってくれ」


 「何か知らんが私に任せろ!」と言わんばかりに、クラナさんは意欲のある表情を見せてくる。


(これで断るの無理だろ。とりあえず言うだけ言ってみようぜ)

(うん……でも、役に立てないってなると、凄く落ち込むだろうなぁ)


 ありそうだ。クラナさんいい人過ぎるから。


「実は──」


 リアはあまり期待をせず、魔力が上振れした事実について相談してみた。すると……。


「なるほど……もしかして、アレかなぁ……いやでも……」


 まさかの心当たりアリ。


「えっ! ねーちゃん何か知ってるの!?」

「あ、ああ。ただこれがリアの求めているものかどうかは……」

「何でもいいから教えてっ!」

「おっと」


 リアは飛びつくようにクラナさんの両の袖をガッチリ掴む。「落ち着け」と一旦リアを制したあと、クラナさんは口を開いた。


「えっと、魔力が実際の魔法位以上に上振れするという話だが、一応そのような話を聞いたことがある」

「ふんふん、どこで? どういう話?」

「えっとだな、これはむかしむかしの話だ。ある純人の村にひとりの少年がおりました──」

「えっ」


 突然、昔ばなしが始まった? 何だか初っ端から期待していた話と温度差を感じすぎて、虚を突かれたような思いになる。


 そんなリアを尻目にクラナさんは、お決まりのフレーズを枕に純人の間に伝わるおとぎ話を語る。その様子は何だか昔から繰り返し聞かされていた物語を記憶を頼りに反芻するようだった。


 お話の内容は寒村に暮らす少年が聖女や剣豪などのお供を連れて、悪しき竜を退治する為に旅へ出るという、まあよくある子供たちの情操教育に使われるような、例えば桃太郎とか一寸法師とかそういう類のもの。


 今のリアが聞いて特に何か面白いと思うものでもない。だがリアにとって重要なのは、物語の佳境、ついに始まった少年と竜との戦いの最後の場面だった。


「一進一退の戦いの果てに、少年たちの魔力も遂に尽きてしまった。それを好機と見た竜は少年に向け、鉄をも溶かす炎の息吹を吹き付けた。いよいよ絶体絶命かと思われた少年を救ったのは、お供として彼に付き添った聖女であった。彼女は今にも竜の息吹を一心に受けんとする少年の前に乗り出し、その身を盾にしようとしたのだ」


 その後は、所謂少年漫画的な展開だった。大切な人を守るために予想外の力が爆発する。絶対に聖女を失いたくないと叫んだ少年の瞳は美しい紫色に変化したという。そして底を尽きかけていた彼の魔力は完全に回復するどころか、何倍にも膨れ上がり、聖女を助け竜を打倒する力となった。


「──というお話があってだな」

「いや、おとぎ話じゃん!」

「リアが何でもいいと言うから話したのに……」

「ああっ! ごめんね? 教えてくれてありがとう」


 シュンとクラナさんの銀色の耳が垂れ下がる。可愛いけど、彼女を悲しませてどうするんだ。


「でも人の魔力がいきなり膨れ上がるなんて、おとぎ話みたいなものだろう?」

「うーん、やっぱりそうなのかな……」


 やはりアレは何かの勘違いだったのだろう。その結論にリアの気持ちが落ち着こうとする、その時だった。


「何を言っている。魔力が突然、魔法位以上に膨れ上がることはあるぞ?」


 家に帰ってきた里長の軽い一言が全て攫って行った。

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