第23話 リアの苦手を探る①

「本当に情けない所を見せた……」


 ガックシと肩を落とすクラナさん。今彼女の胸の中では先ほど泣いていた女の子ことウヨゥちゃんが眠っている。


 彼女はリアから早い段階で離れて、クラナさんと仲直りした。怒ったわけではないとちゃんと理解したようだ。


「いや、私の面倒くさい事情のせいだよ。ごめんね」

「何を言うんだ。リアはもう一緒にこの里で暮らす家族だろう。家族の為に心を砕くのは当然だ」

「そっか。ありがとう」

「いや、礼を言われることではない。これは、私がおばあ様に与えられた使命でもあるから」


 ああそういえば、「リアのことを頼んだ」と里長から言われていたんだっけ。使命というほど大仰なものだとは感じなかったが……。とそこまで考えて、ふと思った。この人、責任感が強いんだな。


 それが里長の孫という立場から来ているのかは知らない。どうやら彼女は数年前まで外で暮らしていたらしい。その間の事も、それからの事も、まだ俺たちは彼女について何も知らないのだ。


 ただ、今彼女がエンジンをふかし過ぎて空回りしていることは俺にも、リアにもわかる。


「クラナねーちゃん、ありがとう」

「おいだから礼はいらないと──」

「それでも、私の為にしてくれたことだから」

「うぅむ……」

「その子ともすぐに仲直りしたみたいだし、ねーちゃんは皆から慕われているんだね。情けないなんてことはないよ」

「リア、やめて、あまり私を甘やかさないで」


 クラナさんは頬を染めながら視線を逸らした。いつもと口調が違うような、これが本来の彼女だったりするのだろうか。


(ミナト、この人すっごく可愛いね)

(だろ? 最初からそう言ってるじゃん)

(いや、ミナトみたいな性欲丸出しの切り口で言った訳じゃないよ!)


 失礼な! と言いたい所だが、リアの言いたいこともわかる。外見だけではなく、クラナさんの人柄からくる可愛らしさに触れた。


「……んっ、んん!」


 リアがニヨニヨ笑みを浮かべながらクラナさんを見ていると、彼女はわざとらしく咳払いした。


「それよりもリア、この子は平気だったみたいだな」

「そのウヨゥって子のことだね。まあ、小さい女の子だしって感じかな」

「ふむ、それは一体、どういう基準なんだ?」

「……わかんない」


 リアも頭を捻った。


 今のリアの苦手意識は『純人』と『男性』の2つの属性に跨っているが、相手がこのどちらかであれば拒否反応が出るという訳ではない。


「なら一度確認してみるか?」

「えっと、それは……」


 クラナさんの提案に思わずリアの顔が引きつる。純人の大きな男が目の前に立ちはだかる想像をしてしまったようだ。試しであれ、それはリアにとって負担だろう。


「大丈夫だ。無理だと分かり切っているパターンは除くから」

「それなら……いいけど」

「そうか! じゃあ、早速人を連れてくる!」


 そう言って、クラナさんは女の子を抱えたまま、どこかへ行ってしまった。張り切り様が何となく不安を誘うけれど、これはリアにとっても必要な事だと思う。


 これからずっとクラナさんにべったりしたままこの里で生きていくのか。彼女がリアの伴侶という訳ではないのに、そんなことは不可能だ。


(大丈夫そうか?)

(わかんない……けど、向き合わないとね)


 リアも何とかしなければという思いはあるようだった。


「リア! ハァ……ハァ……ンハッ……待たせた! ハァ……ハァ……」


 しばらくして、息を切らしながらクラナさんが戻ってきた。その腕の中では変わらず、ウヨゥちゃんが眠っている。


 そして連れてくると言っていた人がいない。どういうことだ、と不思議に思っていると、遅れて数人がやってきた。


「クラナ様! はやいよ! 置いてかないで!」

「ああっ! すまん!」


 クラナさんは「やってしまった!」と言わんばかりの落ち込み顔を作る。やっぱり基本そそっかしいのかな。まあ、それはともかく、連れられてきた人は4人。


 それぞれ、クラナさんと同じくらいの年齢で獣人と純人のお姉さんが1人ずつ、同じ組み合わせで小学生くらいの男の子が2人だ。


「すまん。ちょっとこの子のことで相談があってだな」

「あら、この子って確か……」

「この前、里長に紹介されていてたエルフの子じゃない」

「お前たち、この子の事情はある程度知っているな?」

「しらなーい」

「だれ? このみみなが」


 何となく事情を察した様子のお姉さま方に対して、あくまで子供らしい無邪気さを隠そうともしない男の子たち。ここに年頃の男の子がいないのは配慮が行き届いていると言えた。


「こら、チィユン! そんな言い方は年長者に対して失礼だろう。このヴィアーリアはお前より7つも上なんだぞ?」

「ええ? みえなーい」

「ぜったい年下だぜ! 年下! だってチビなんだもん」


 うん。いい感じのクソガキだ。誰しも身の程を知らない時期というのはある。俺は少し懐かしい気持ちを抱いていた……のだが、リアといえば……。


(コイツら、ぶっ殺してやろうか……)

(ちょちょ! 怖い怖い!)

(あっと……ごめんイライラが漏れてた)

(思うくらいなら別にいいけど、前みたいに声には出すなよ)


 あの時は相手もある程度大きい子だったから大事にならなかった(はず)ものの、今度は小さな子供だ。泣かせたりなんてしたらきっと親が出てくる。


「こーら。クラナ様の言う通り、お姉ちゃんに失礼なこと言っちゃだめでしょ?」


 お姉さん方が2人の男の子をあやし、一先ずは場が収まる。


「すまんリア、この子たちはあとで言い聞かせるから」

「ああうん大丈夫。続けて」

「ありがとう。じゃあ、サギナン。こっちに来てくれ」

「はいはーい」


 クラナさんに呼ばれて、サギナンと呼ばれた茶髪のお姉さんがリアの向かいに来る。彼女は頭頂部付近に丸い耳のついた獣人だ。まずは女性で獣人という組み合わせでいくようだ。


「ではサギナン。リアと触れ合ってくれ」

「えっ! 何その投げやりな指示! せめて趣旨を教えてよー」

「えっあっ、そ、そうだな……リア、いいか?」

「ど、どうぞ……」


 グダグダなのはこの際考えないようにしよう……。


 クラナさんがお姉さん2人にリアの現状を伝える。2人のリアクションは種族の違いか、それぞれ異なっていた。


「大変だったね……でも、大丈夫。ここには女の子が沢山いるから」

「え、えっと、その、ごめんね……」


 サギナンという獣人のお姉さんはクラナさんと同じく優しい言葉をかけてくれた。そして、純人のお姉さん(ヨモさんというらしい)は申し訳なさそうに頭を下げてくる。同じ純人が……という意味だろうけど、彼女個人に思うところは一切ないので、リアは「別に」と謝罪を固辞した。


「じゃあ、まずはあたしだね。ヴィアーリアちゃん、手握ってみてもいい?」

「は、はひ……」


 サギナンに手を握られたリアはもう心臓がバクバクするほどにテンパっていた。いや、どうした?


「あら、手震えてる? ごめんね、平気?」

「へ、平気です……」


 いや、絶対平気じゃないだろ……。手汗の量が尋常じゃない。まさか獣人のお姉さんでもダメなのか?


(ミナト、かわって)

(マジか。一体どうしたんだ? 獣人の女性なのはクラナさんだってそうだぞ)

(いや、そうじゃなくて……その……)

(え?)

(いざ綺麗なお姉さんと話すってなると緊張しちゃって)


 えっ、はっ?


 俺はリアからそんな言葉が出てくるとは思わず、一瞬思考が固まってしまった。

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