第21話 クラナねーちゃん
クラナさんと少し仲良くなったリアは結局、里の誰とも友好を深めることなく、クラナさんの暮らす家へと帰った。ここは里長とクラナさんがふたりで暮らしているらしく、スペース的にリアが増えても問題はなかった。
そう、クラナさんと一緒に暮らすのだ。ちょっとドキドキが止まらない。
「クラナ、ヴィアーリアの案内はどうだった?」
ただ一緒に暮らすもうひとり、リット婆さんは里長モードに入るとちょっと怖い。なんだろう、威圧感があるというか、威厳に溢れるオーラを纏っていて気軽に話し辛いところがある。
「はいっ、あの……その、まだほとんど回れていません」
「なに? それはどうして?」
その証拠に孫娘であるクラナさんすら、里長には敬語だし、報告など真面目な場面ではいつも恐々と話している記憶がある。
「ヴィアーリア、あの事、おばあ様に話してもいいか?」
わざわざクラナさんは確認をとってきた。リアはその気遣いに感謝しつつ、首を縦に振る。
そして里長に対して、クラナさんはリアに男性恐怖症の疑いがあることを話した。
「ふむ、そうだったか……」
里長には呆れられると思っていたが、その反応は正直意外、申し訳なさそうに表情を見せてきた。
「恐らく、ケンゴウたちとの戦闘も影響しているのだろうな」
「ええっと、それは……」
否定はし切れない。
「とにかく、その事でお前を責めたりはせんよ。本来ならば里に馴染む気の無い人間は勝手に何処かへ行かないよう閉じ込めておくか、最悪処分も辞さないのだが、今回は特例として認めよう。どうやらクラナとは仲良くやれそうだしな」
「う、うん……」
マジか……。場合によっては、殺されるかもしれなかったのか。そりゃあまあ、外に里の存在がバレないようにしないといけないから当然か。クラナさんに男性恐怖症を見破って貰えて助かった。
「クラナ、お前にはしばらくヴィアーリアを任せる。互い負担とならない程度に、色々教えてやるんだぞ」
「はい。承知いたしました、おばあ様」
「うむ、任せた。では、食事にしよう」
そんなわけで、俺たちはクラナさんと生活を共にすることとなった。不安まではいかないけれど、こんなに良い思いをしてもいいのだろうか、という戸惑いはある。
こんな美人なお姉さんを独占する上に、リアの苦手な集団行動から外れてもいいなんて、正直都合がよすぎる。こっちは一応侵入者なんだが……。
一度、獣人男性の前に涙目敗走したリアであったが、時間を置いて再度クラナさんと共に再び外へ。今回は本当に見て回るだけだ。
住人たちがどんな生活を営んでいるのか、とにかく見て欲しいという。
里の住人は朝集まっていたのを見たところ大体1000人程度。
里自体は昨日歩いて回った様子では、そこまで発展しているわけではない寒村の集落といった印象を受けた。そんな印象は再び歩いてみて回る中でも特に変わったりはしなかった。
産業のメインは農業。主食だという芋や野菜を沢山作って、例のいくらでも入る袋のマジックバッグに収納しておく。廃棄が出ないのは経済的だ。
あとは、畜産業。主に食べられているのが山羊で、ミルクも当然山羊ミルクだ。試しに飲ませてもらったけれど、クセがあってあまり好みではなかった。
後は鶏のような鳥を飼っており卵も手に入る。川からは魚も獲ることができるし、実をつける木も生えている。
食には困らない場所だ。
とにかく、この里では人口のほとんどが第一次産業に携わり、のんびりとした生活が営まれていた。
「どうだ? いい所だろうこの里は」
豊な胸を張るクラナさん。
外敵もおらず、危険な魔物や魔獣もいないこの里は確かに、平和でいい所だと思う。
「あと、なによりもこの耳を堂々と出して歩けるのが一番いいな」
そんな一言を付け加える。
クラナさんの銀色の耳に目が行った。
そんなことを利点として挙げるという事はつまり、彼女が過去にその逆の境遇にいた事を意味している。
「里の外では隠さなきゃいけないの?」
「ああ。というか、里の外で獣人だとバレるとすぐに捕らえられてしまうだろうな」
「酷いね」
「まあな。だが、純人の国ではそれが基本だ」
湖畔の小屋にいたオッサンもリアがエルフだとわかるなり、飼い主がどこだと騒いでいたっけ。日本でも犬が一匹で街を歩いているとまず首輪を確認されるように、外での非純人種の扱いはそんなものなのだろう。
「私は幼い頃、事情があってガイリンの街で暮らしていたんだ。その時は獣人と知られると捕まってしまうから、こう……フードを深く被って耳を隠していてな」
「それは凄く窮屈だったろうね」
「ああ。でも、結局バレてしまったが……」
「えっ、それ大丈夫だったの?」
「純人の仲間の奴隷という事にして何とか切り抜けたんだ。その後、何年もかけてここにやってきて、もう耳や尻尾を隠さなくていいんだと思うと、涙が出たよ」
クラナさんの半生の一端を聞いた。20歳という若さで、彼女も色々と苦労をしたんだなぁ。それでも擦れることなく、今でも女神のような優しさを失っていない。
「だからヴィアーリア、まずはこの里でのびのび暮らす事を覚えて欲しい。他の事はあとでもいいから」
「うん、ありがとう……クラナ、さん?」
疑問形。実はリアがクラナさんの名前を呼んだのは初めてだった。とりあえず、俺が裏で呼んでいるようにしてみたようだが……。
「『さん』、だなんてこれから同じ屋根の下で暮らすのに、他人行儀ではないか?」
「えっと、でも、なんて呼べば……」
「普通に呼び捨てでいいのだが……」
「いやいやそれはダメでしょ」
彼女は何歳も年長であり、更には里長の孫娘だ。呼び捨てはいくら本人同士が良くても、周りからして角が立つだろう。
ではどう呼ぶのがいいのか、リアは俺に助けを求めてきた。
(そうだな……『クラナお姉ちゃん』とかじゃダメなのか? ──って、すまん。ダメに決まってるよな)
昨日、自分の姉はユノただひとりだとリアは語っていた。そこには強いこだわりが潜んでいる。それなのに他人を『姉』と呼ぶのは受け入れられないと思い直した。
(呼ぶだけなら……うーん、そうだなぁ……ミナトって昔近所の美人お姉さんのこと『ねーちゃん』って呼んでたよね? そんな感じで、深く考えすぎないで、軽く呼んでみる)
なんだかすごく懐かしいことを思い出させられた。死ぬ前こそひとりでずっとエロゲばかりやっていた俺だが、まだ幼稚さを引きずっていた頃は結構人懐こい性格だったんだ。リアの言う通り、人付き合いに対して深い考えがなかったというか、余計な考えに気持ちが行かなかったというか……。
そして、そんな俺の記憶を摘まんだリアはそれを真似て、少しフランクな感じで姉という言葉を濁す。
「クラナねーちゃん……ってのはどうかな」
「ヴィアーリア、『ねーちゃん』というのは、『お姉ちゃん』という意味か?」
「うん、まあ、そうだけど『お姉ちゃん』よりはもうちょっと気軽というか、浅い感じかな。あっ、勿論馬鹿にしてるわけじゃないよ」
「わかってるさ。そうか……『ねーちゃん』か。うん、確かに私とヴィアーリアは姉妹ではないし、そのくらいぼやけた呼び方の方が丁度いいのかもしれないな」
クラナさんはそう言ってリアの肩に優しく手を置いた。
「あのね、クラナねーちゃん。早速なんだけど、私、ある程度親しい人には『リア』って呼んで欲しいの。ねーちゃんもそう呼んでくれる?」
「リア、か。可愛い呼び名だな。うん、じゃあそう呼ばせてもらうぞ」
「よろしくね、クラナねーちゃん」
こうしてまた少し仲良くなったふたりは西日の射しこむ里の道を引き返し、家路につくのであった。
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