第20話 リアの嫌いなもの②

 結局リアは同世代の子供たちには混ざれなかった。かといって他の年齢の子達と仲良くできる気もしない。


「はぁ……お前はまったく……しかし、境遇を考えると仕方ないのか……」


 呆れ半分、同情半分といった里長の溜息に申し訳ない気持ちが溢れる。


「まあ、仕方ないですよ、おばあ様。里の案内は私にお任せください」


 結局、リアはクラナさんの専属で里を回ることになった。リアも彼女なら特に文句を言うこともなく、その後ろをついて行く。


「…………ヴィアーリア、どうした?」

「何も」


 だが、別にリアが彼女に対して心を許しているという訳ではない。なので、その態度は何処までも余所余所しい。


「やはり私でもダメか? ほら、純人じゃないぞ」


 クラナさんはリアの視線に自分の背を合わせ、見よと言わんばかりに頭頂部にある三角形の耳を自分で摘まむ。え、なにその可愛いポーズは。


「ダメじゃない」

「じゃあもっと近くに来てくれ」


 ほんの半歩だけリアはクラナさんとの距離を縮める。


「はぁ……昨日、結界魔法を修正した時はおばあ様たちと一緒に話をしていたじゃないか。まるで人が変わったようだ」


 ……実際、あの時の中身は俺だったからなあ。この人格スイッチ、傍から見ると結構違和感があるのかもしれない。であれば、なおさら主人格のリアが表に出なければ。


(おい、リア。せめてクラナさんとは仲良くするんだぞ)

(わ、わかってるよ……)


 渋々と言った感じで、リアはぎこちなく言葉を紡いでいく。


「私は魔法が好きで、だから里長と話すのは結構楽しいの」

「そ、そうか、魔法か……。残念ながら、私は魔法位が高いものの、魔法を覚えるのが苦手なんだ……」

「そう……」


 だが噛み合わず、ふたりの間に嫌な間が差し込まれた。


「そ、そうだ! そんな私にも得意な魔法があるんだ!」

「魔法?」

「治療魔法という魔法なんだが、昨日ヴィアーリアにも使ったんだ」

「えっ……」


 言われて、身体のあちこちを見て回る。すると確かに、魔物との戦闘で出来た痣や、薄着で獣道を進んだ結果できた切り傷や虫刺されが綺麗に無くなっていた。


「凄い! こんな魔法があるんだ!」

「ふふん、そうだろう。師匠から教わった魔法なんだ」

「師匠? そんな人がいるの?」

「ああ、美人で優しくて、治療魔法を得意とする女性だ。私はその人からなんとか治療魔法を教わった」

「へぇ! 私も会ってみたい! ここにいるの?」


 今度はリアも興味が湧いたようで、その声色は露骨に明るくなった。


「いや、あの人は普段外の国を旅しているから今はいないんだ」

「えっ、外の国って大丈夫なの? 捕まったりしないの?」

「大丈夫だろう。だってあの人も純人だからな」

「…………純人か」

「時々、この里に物資を届けに来てくれるんだ。その時はヴィアーリアの事を師匠に紹介しよう」

「うーん……」


 リアの中で天秤が揺れ動いていた。相手は純人、でも非純人に対して協力的でリアも気になるほどの魔法が使える人。


(しかも美人で優しい、だってよ)

(はぁ、ミナト、性欲ばっかりじゃん)

(いや、そういうわけじゃないって)


 女性の方が同じ純人でも何とか付き合っていける気がすると思っただけだ。というのも、リアには純人以外にも多少、人当たりに対して問題がある気がする。


 そして、そんな疑惑はすぐに表面化される。クラナさんが里の案内をしてくれていた時のことだった。


 クラナさんは獣人に限り、リアを大人たちと顔合わせさせていた。今の所会うのは皆、おばさん獣人ばかり。男は今、働きに出ている人が多いからだ。


 リアは人見知りながらも、何とか挨拶程度までは出来ていた。しかし、里の消防団の拠点へ挨拶に行った際、問題が判明する。


「ヴィアーリア、この人はラプニツ──って、ヴィアーリア?」


 リアは黒い毛並みのおじさん獣人を前に、一瞬固まってしまう。


「大丈夫か? 俺は獣人だ。怖くないぞー」


 そう言って伸びてくる大きな手のひらに、リアはビクンと身体を震わせる。


「いやっ!」


 反射的な反応だった。リアは頭に向かってくる手のひらを躱し、クラナさんの陰へ隠れるように後ずさる。

 

「あれ、なんかまずったか?」

「す、すまない……この子はまだ色々慣れてなくて……」


 頭を下げるクラナさんを視界に収めながらも、リアは身体の震えが収まらないようだった。


 もしかして、獣人も苦手なんだろうか。でもクラナさんや里長に対しては、仲良くできるかはともかく、こんな風に拒否反応を示すことはなかった。だとすれば、もしかして……。


「ヴィアーリア、大丈夫か?」


 一旦外へ出て、ふたりきりになる。


「うん……落ち着いた」

「えっと、さっきの男は獣人なんだが……」

「わかってるけど、怖くて。その……」

「男が、か……」


 リアは小さく首を縦に振った。


 リアが人に対して恐怖を抱くとき、大体は純人にされたことがフラッシュバックする。里を襲った兵士に押さえ込まれた記憶だったり、商人に手枷を嵌められた記憶だったり、その他にも沢山の純人によってリアは危機をもたらされてきた。


 そして、思い返せばそれらは皆、純人であると同時に「男性」だった。


 つまり、リアは純人嫌いと男性恐怖症のハイブリッドということになる。むしろ純人は嫌いなだけで、トラウマ的な意味では男性恐怖症の方が強いのかもしれない。


「そうか、すまないな……気づいてやれなくて」

「いや私も自分の事ながら、ハッキリとわかっていなかったし」

「ヴィアーリアはずっとひとりで頑張って来たんだから、それは仕方がないだろ。……ところで、私はお前に触れてもいいのだろうか?」

「いいよ別に。というか、昨日は勝手に抱きしめてきたじゃん」

「すまない。アレは考えなしの行動だった」


 言いながらクラナさんはリアをその柔らかい身体で包み込む。リアは何も言わずそれを受け入れた。


 ここで興奮するほど俺は空気を読めない男ではない。黙ってリアから流れてくる温かい感情に心を寄せた。


(認めよう。この人はいい人だ)


 途中、照れくさくなったのか、リアが語りかけてくる。


(美人で優しくて、おっぱいが大きくて……ちょっとお姉ちゃんに似てるかも)

(そうか。じゃあ姉代わりにいっぱい甘えさせてもらおうぜ)


 勿論私欲ではない。彼女をきっかけに人を信頼するということを覚えるのだ。そうすれば、いつか純人嫌いも、男性恐怖症もマシ程度にはなるかもしれない。


(バカバカ。お姉ちゃんはお姉ちゃんだけなんだから! おっぱいもお姉ちゃんの方がもうちょっと柔らかいし)

(えっ、ああ、すまん)


 咄嗟に謝ったが、失敗だったか? ふざけだしたぞ。


(でも、こうするのは好き)


 リアは擦りつけるように、クラナさんの胸に顔を埋めた。

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