第19話 リアの嫌いなもの①

 結界が復活した翌日の朝、里中の人間がこの里唯一の大広場に集められた。今回の結界消失事件の説明とリアを里中の人間に紹介する為だ。


 里の人間はこれで全員らしい。大体1000人程だろうか、小学校の全校集会がこんな雰囲気だった。


 リアは里長と共に台の上に立たされ、衆目の中に晒される。


 集落の人間が集まっているのを確認すると、彼らの視線をかっさらうように里長は「注目」と声をあげた。そして、簡単に今回の事件の説明をサクッと済ませる。反応は一様に曖昧だ。結界が無くなった事で被った被害は今の所確認されていないので、皆実感がないのだろう。


 そして、次にリアの紹介。これに関しては一切の加減が無かった。


 昨日、クラナさん達の前でリアの身の上を全て晒したのと同じように、今度は里中の人間に余さず伝えられたのだ。これに関しては事前に打ち合わせた通りだ。隠れて住んでいる人たちの間に入り込むのだから、身の上くらい話しておかないと信用されないだろうから。まあ、だとしてもむず痒いものはむず痒い。


「さて、そういうわけで、この子が私たちの新しい家族になる、ヴィアーリアだ。ヴィアーリア、挨拶しなさい」


 そう促されて背中を叩かれる。意外な事にこの時のリアの心臓の鼓動はいつもより速かった。


 緊張してるんだな、頑張れよ。……と、直接伝えてしまうことは余計なプレッシャーになるのでやらない。


 リアが一歩前に出て、深呼吸をした。そして──


「…………」


 話さんのかい。


 声の代わりに、ドッドッと心臓の拍音が大きくなる。


(リア、こういう時はオーディエンスを野菜だと思うんだ! お前の好きな幼虫でもいいぞ)


 アドバイスをしたにもかかわらず、一向に話す気配は見えず。そして遂に。


(ミナト、お願い代わって……)

(いやお前こういうのはリア自身努めるのが大事なのであって──)


 諭そうとする前に身体が急に脱力して、台から転び落ちそうになる。俺は反射的に操縦権を取り、何とか踏ん張った。


(リア、お前なぁ!)

(ごめん、本当ごめん。お願い)


 強硬手段にでられちゃ仕方がない。今回だけは俺が変わってやることにする。


「あ、ええ、私はヴィアーリアといいまして──」


 それから俺のつまらない自己紹介でこの場のお茶を濁した。いや、別にドッカンドッカン笑いを取る必要はないのだが、結界を破壊したエルフの少女という肩書にしては弱い自己紹介だと自分でも思う。それが何の問題かと言うと、リア自身の良さがまったく伝わらない! ……ということに限る。


「なんだ、意外なくらい普通だな」

「普通の人間なので」


 やはり里長もそう思ったようだ。だが俺はリアと違って、良くも悪くも普通の人間だから仕方ないだろ。それにある程度大人になった俺がやると、どうしても遊びのない無難なものに仕上がってしまうのだ。


「お前という人間はよくわからんな」


 シラーっとした目で見られた。


 そんな感じで正式に俺たちは里の人間となったのであった。


 集会が終わると、俺たちは里長の指示で、里の子供たちと顔合わせをすることに。


 里長によって集められた子供たちは年齢層別に集まっていた。事前に「14歳です」と猛アピールしていたので、中学生くらいの年齢の子達が集まる団体の方へ案内された。


 集団は比率的に獣人が多く、何気に美少女ケモミミパラダイス。


(リア、今回ばっかりは自分で対応しろよ)

(えー)

(えー、じゃねぇよ。これから過ごすお前の友達との顔合わせだぞ!?)

(うーわかったよ……)


 乗り気でないリアを説き伏せると、渋々彼女は操縦権を受け取った。


「ど、どうも……」


 とりあえず、リアは一番近くにいた垂れ耳獣人の女の子に話しかけた。だが、同じ身体で聞いていた俺ですら感じるほど、その声はメチャクチャ小さかった。


「あ、エルフの! おーい! カぺ! こっち来て!」

「えっ」


 リアが話しかけた女の子はリアに気づくと、それとは反対方向へ大きく手を振った。


「カぺ?」

「ああ、カぺはね、私たちくらい年齢の子供を纏めている男の子でね。新しい子が入ったら、彼が色々案内したりするの」


 なるほど、つまりリーダー的立ち位置の子にリアをまかせようと。確かに集団の中に溶け込むには、中心人物と一緒にいるのが一番いいのかもしれない。


 そして、出てきたのは──


「やあ、さっきの女の子だね。僕はカぺ。一応新しい子が来たら、僕が皆を紹介したりしているんだけど……」


 なんと、の男の子だった。


「っ…………」


 案の定リアはというと、突然現れた大嫌いな純人に近寄られ、固まる。


「大丈夫? ヴィアーリアだっけ? 気分でも悪いのかな」


 そう言って、カぺと名乗った少年はリアの肩に触れようとする。──が、リアはその手をパシッと跳ね退けた。


「殺すぞ」


 ハッキリと言い放つ。なんだ、ちゃんと話せるじゃん。


 ……え? いや待て、いま何つったコイツ?


(おいおいおい、何言っちゃってんのリアさん!?)

(エナ……じゃない、純人が気安く話しかけてきたから)

(いやいや怖いわ! もうシンプルにカンジ悪いやつじゃん)


 カぺ少年も顔引き攣らせていらっしゃる。


(里長が純人とも仲良くやれって言ってただろ!?)

(言われてないよ! 「エナルプ」って言葉を使うなって言われただけ。だから、コイツは敵!)

(え、そうだっけ? いやだとしてもだな!)


 リアに一切反省の気はないらしく、しまいにはカぺや他の純人の男の子へ向けてガンを飛ばし、「どっか行け」と無言の圧をかけ始めた。


 そんなことをすれば、純人だけではなく他の子供たちからも逃げられてしまうのは当然のこと。そして純人の子だけではなく、皆いなくなった。


(リアぁ……)

(なにさ。私だって、嫌いなものは嫌いなの。ミナトが虫を食べたくないのと一緒!)


 そう言われてしまうと、俺は何も言い返せない。


 リアがどれほど純人のことが嫌いかを考えると、むしろ俺の虫嫌いなんて可愛く思えるほどだ。それは純人に故郷を焼かれ、その身体を無理やり押さえつけられ、枷を嵌められた経験を思うと当然だと思う。


 はあ、どうすっかな。


 この後、事の次第を知った里長にめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。

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