第17話 魔石とは
里長とリアの魔法談義が終わり、ようやく結界を張り直すことになった。
「結界魔法の導入は私がひとりで行う。だが、導入に必要な魔力をひとり程度の魔力では賄えんのだ。何せ大掛かりな魔法だからな。そこで、お前たち魔法位の高い者をここに集めた」
言われて、ここにいる人間の目を確認してみると、確かに皆魔法位が高かった。クラナさんはリアや里長と同じ最高位の≪黄昏≫、ケンゴウは≪翠≫、マトサンが≪金≫の魔法位となっている。
≪金≫も≪翠≫も上から数えた方が早いくらいの魔法位であり、そして他にも最高位が2人もいる。これは比較的魔法位の高い者が生まれやすいと言われるエルフの里でもなかった事だ。だから俺は結界の構築も結構余裕なんじゃないかと思っていた。
だが、山ひとつを偽装する魔法を発動するということは、そんなに甘くはなかった。
「お、おばあ様! もう無理ですぅ……」
「むぅ、そうか……」
よろよろとクラナさんが地面に膝をついた。
魔力を空ギリギリまで消費すると、このように立っていられないほどの倦怠感に襲われる。先に終えたケンゴウ、マトサンも既に床で伸びていた。
「このままでは魔力が足りんかもしれんな。まあ、ダメだったら後から増員すればいいが……」
といっても、今の結界なし状態の里をこのままにしておくのは良くないだろう。できれば、ここで必要魔力に到達して欲しいところ。
残っているのはリアと里長のみ。里長は最後に魔法の導入をしないといけないので、ここはリアの出番だ。
「次は私が」
そう言って、リアは石碑に向けて魔力を送り始めた。それに反応して、石碑の紋様にじわじわと光が灯っていく。これは紋様を描くのに使われた魔石由来の塗料が光っているとのことだ。これが全て光れば、必要魔力に達したと判断していいらしい。
「ヴィアーリアの魔力が残っていてよかった。ギリギリ大丈夫そうだ」
里長はギリギリというが、どんどん進捗率が上がっているのに、リアの魔力には依然余裕がある。
(あれ? なんか魔力増えてない?)
(ああ、確かに……)
あの雷魔法を10回使えるほどの量はつぎ込んでいる。前は一度あの魔法を使っただけで結構ゴッソリ魔力が減った気がしたが、今回はまだ半分も見えていない。短時間での急成長にもほどがあるだろう。
(というか≪黄昏≫でも成長するんだな。頭打ちだと思ってた)
(もしかしてまだ上の位があるのかも)
そういえば、最高位についてゲーム本編では「確認されている中では最高」というような表現がされていた。リアの言う通り、誰も知らないだけでもっと上の位が存在するのかもしれない。だがリアがそこに至るには、あと何百倍魔力を成長させる必要があるのだろうか。その方法も具体的な数字もわからない現状、能動的に出来ることは何もない。
「ヴィアーリア、もういいぞ」
合図を受けて、リアは魔力の流し込みを止めた。
「随分余裕そうだな。だが不調があればすぐに言うんだぞ」
「はい」
これでようやく半分魔力がなくなったか、というところだ。
(やったぜ! 魔力チート来たな、ガハハ!)
リアのやつ、完全に調子に乗ってんなぁ。
まあ、こんないつ死ぬかもわからない世界、チートくらいないとやってられない。
「よし、では魔法を発動する」
里長が石碑に向けて魔力を放つ。すると、石碑の模様が点滅を始めた。長はしばらくの間それを見守っていた。
そして数分後、唐突にこの辺りを流れていた何かが止まった気がした。何と言われたら、おそらくそれが魔力なんだろう。本当に気がしたってレベルの話だ。
「今、魔力の流れが変わった」
「ああ、わかったか。結界魔法が発動して、里中の魔力を吸収し始めた……はずだ。だが、ちゃんと外から確認せにゃならん」
当然だが、結界の内からでは変化がわからない。重要なのは外から見た姿だ。
「あれ、今思ったんだけど外へはどうやって出るの? 出てまたここに入れるの?」
「それは問題ない。結界はある一定量を吸い取った魔力自体を記憶する。そしてその魔力の供給主は自由に出入りが出来るように設計されておる。我ら4人は導入時点でかなりの魔力を結界に渡しているから、今の時点で問題なく出入りできるぞ。だからほら、行ってこいケンゴウ、マトサン」
「はいよー。ったく、まだ魔力欠乏でしんどいってのに」
「外の魔物は無視して構わない。確認だけ頼むよ」
「わかった。じゃあ行くかマトサン」
「ああ、ケンゴウ」
2人は今までずっと床にへばりついていたにもかかわらず、一瞬の内にまたあの忍者のような身のこなしになってこの場を離れた。流石は里1、2を争う強者だ。
「これ面白いなぁ……」
リアはことを呟きながら、石碑を眺め始めた。その紋様の規則性に気づいているリアには、これが本のように意味のあるものに感じられるのだろう。俺にはプラスチックについた引っかき傷にしかみえないけどな。
「これは、どうして塗料に魔石をまぜるの?」
「それは魔石の特性を利用しているからだ。ヴィアーリアは魔石をどういうものだと認識している?」
「んー……魔力を溜めておくもの?」
「それはそうだが、重要な特徴がもうひとつある。それは魔力をまっさらな状態に戻すというものだ」
「まっさら……はっ、そうか。供給された魔力はその波長に汚染されてるから」
「汚染という言い方が正しいかどうかはわからないが、概ねそういうことだな」
こんな会話リアだから出来ているんだぞ婆さん。そう言ってやりたくなる。
(リア、つまりはどういうことだ?)
(えっと、まず他人の魔力を使って魔法を使うことができないのはわかる?)
(え、そうなの?)
(そうだよ! じゃないと、その辺を漂う魔力で誰でも魔法使いたい放題じゃん!)
言われてみれば、そんなことが出来ればリアは魔力不足に悩んでいなかったはずだ。
(魔石はその魔力を誰のものでもない状態に変換することが出来るって訳。よく考えれば、魔物たちは人間が作った魔力を当然のように使っているんだから、まあ道理だよねぇ)
(なるほどな。理解した)
(とはいえ、人間は自分の波長の魔力しか使えないんだけどね)
(お、おう)
ということは、人は魔石の魔力を直接使って魔法を行使できないと。
こういうのはゲームの序盤で教えておいてくれよ、と思った。まあ、恋愛アドベンチャーだから仕方ないのかな。
「この石碑はかなり昔に作られたものだが、いい魔石を使ったと言われている。確か、かなり貴重な≪黄昏≫の魔石だとか」
「へぇ、そんなの見た事ない──」
「ああーっ!?」
話の途中で突然大声をあげたのはクラナさんだった。
「クラナ、なんなんだ突然」
「魔石! 思い出しました、おばあ様! これを2人から預かっていたのです!」
そう言って、クラナさんは持っていたポーチから、一枚の袋とこぶし大の石を取り出した。袋の方はあの湖畔の家でパクったあの便利な袋だ。石の方は……魔石か。でも、なんだこれは。
夕暮れ空のような色で大変綺麗だが、生憎こんなもんは知らん。
「これは≪黄昏≫の魔石か。それにこの袋はマジックバッグじゃないか? こんなものをどこで──」
その言葉の途中で長はこちらに視線を向けてきた。
「ヴィアーリア、アンタのかい?」
「袋は私の。襲ってきた人間を殺していただいた」
「ああ、アーガスト人を殺したと言っていたな。それで、この魔石は?」
「知らない。魔獣や魔物を倒して手に入れた魔石は良くて≪翠≫だったと思うけど」
「これはヴィアーリアを捕らえた辺りで死んでいたという
猪剛鬼という聞きなれない単語に一瞬頭を悩ませたが、状況を考えるとそれは恐らくあの猪ゴリラのことだろう。
特徴を伝えて確認をとってみるとやはり、あの魔物が猪剛鬼で合っているみたいだ。
「あの2本足の猪みたいな奴なら私が倒した」
「なんと……ひとりで≪黄昏≫の猪剛鬼を仕留めるとは……」
里長は驚きを隠せないといった表情になる。その反応に俺は、道理で手こずったわけだ、とあの魔物の異常な強さに納得がいった。
ウォーターカッターでも、バーストでも大したダメージを与えられず、結局リアの魔法の中でも一番コストの高い雷魔法を使うことでようやく倒せた。何かミスをすればその度に死ぬ危険があったわけで、出来るならもう会いたくない。
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