第16話 結界魔法

 いつの間にか、集落の入り口付近まで来ていた。


 この辺りは一本道以外には草木が生い茂り、人気も少ない。この先を行くと、恐らく結界を壊した場所にでるはずだ。


「こっちだ、こっち」


 街道を少し外れて、林の中を進む里長について行く。すると、ほど歩いたところに石造りの小さな神殿のような建物があった。


「あ、おばあ様。お疲れさまです」

「おうクラナ。終わったぞ」


 中には既にいくらかの人がいて、その中のひとりがなんと先ほどのケモミミお姉さんだった。彼女は「クラナ」と呼ばれており、里長を「おばあ様」と呼ぶことからやはり親族だということがわかった。銀髪ケモミミという特徴が全く一緒なので大方の予想通りだ。


「その子はもう問題ないのですね」

「ああ今日から我らの家族だ」

「そうですか。よかった……」


 お姉さんもといクラナさんは、里長の言葉を受けて、安堵の表情をこちらに向けてきた。


「さっきは食事をいただき、ありがとうございました。私はヴィアーリアです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。私は里長の孫、クラナだ。先ほどのことは気にするな。むしろ冷たく接しすぎたと反省している」

「冷たく……?」


 思い当たるところが無さ過ぎて頭を捻ってしまう。リアに聞いても心当たりはないそうだ。


「ほら、ヴィアーリアが手錠を外してくれと言ってきた時、かなり冷酷にあしらっただろ? 今思えば、もっと言い方があったと思うのだ。あの時はヴィアーリアがまだ処分される可能性もあったから、情が移るといけないと思って……」


 この人はもしかしてアレだろうか。人よりも激情のアベレージが低いタイプ。


「里長、あなたの孫は女神さまですか?」

「これはこういう性格なのさ。死んだ父親に似たのだ」


 おっとこれ以上は重い話になりそうだ。まだそんな話を聞かされても上手く反応できないので、「そうですか」と適当に返した。


「おう、エルフっ娘。えらく大人しくなってるじゃないか」


 クラナさんとの会話が一旦切れると、この場所にいる内のひとり、黒装束を身に纏った獣人の男が口を開いた。


 シルエットと声で察したが、コイツはリアを後ろから気絶させたあの刺客だ。その横にはリアと対峙した男もいる。


「ど、どうも……」


 自然と顔が引き攣ってしまう。完全に鳩尾をやられたのがトラウマになっている。


「そんなビビるなって。里長が認めた以上、俺らにお前を害する意思はありえないんだ。なあ、マトサン?」

「その通りだ」


 との事だが、魔物よりも強い男たちが自然と醸し出す威圧感にどうしても腰が引けてしまう。


 ビビりながらも軽く自己紹介を交わす。彼らはケンゴウとマトサンといい、この里のワンツートップを誇る戦力だった。やはりというか、そりゃあ強いはずだ。


 ちなみに彼らの内、俺たちが外で対峙した細い方がケンゴウ、筋骨隆々で不意打ち攻撃をしてきた方がマトサンだった。これに関してちょっと思うのは、身体と役割別じゃね? ということ。


 大人たちの話の後、話題はリアの身の上話に移る。里長はこちらの許可をとることもなく、リアがここに至った経緯を全員に向けて話し始めた。


 すると──


「ヴィアーリアっ!」

「ぶもっ!」


 視界が突然暗くなると同時に、柔らかい感触が顔面を包み込む。目の前が真っ暗で何も見えないが、これがなんなのか一瞬で察しがついた。


 ふにょふにょと独特の柔らかさを感じる。そして、心なしかいい匂いもする。


 あ、顔の位置がヤバい所に入った。息ができない……! おっぱいに殺される。いや、でもおっぱいに埋もれて窒息死できるなら本望かもしれない。


(ミナト! 死んじゃダメだって! 埋もれるだけで終わっちゃうよ!? 触ったり吸ったりできないよ!)

(はっ!)


 だがリアの声を聞いてようやく、尊さが命の危機に変わった。俺は急いでクラナさん背中のタップした。


「す、すまん。お前が感じていた不安を思うと、いつの間にか抱きしめていた」

「いえ、またやってください」


 むしろ次はしっかり気道確保して長時間楽しみたいわけで、その為のイメージトレーニングをば……。


(見すぎ見すぎ、おっぱい見すぎだから)

(あの魔力には勝てる気がしない。だって男の子なんだもん)

(キショ……)


 割と本気で引いているリアの反応でようやく興奮が少しだけ抑えられる。


(ちなみに私のお姉ちゃんの方がデカくて柔らかいけどね)

(いや、なんの対抗心だ……わかるけど)


 俺もそれは記憶として知っている。よくリアは姉に抱きしめられていたからな。そしてリアの言う通り、大きさも柔らかさもそっちに軍配があがる。


 だがしかし、この世界で俺自身が顔面を突っ込んだ初めてのおっぱいは目の前のこれだ。申し訳ないが、記憶の中だけのユノとは興奮レベルが違う。


「こいつ、クラナ様の胸をじっと見つめてるぞ」

「母親が恋しいのだな」


 幸い都合のいい勘違いをしている男たちのおかげで、女性陣に変な顔されることはなかった。


「さて、お喋りしている間に私の魔力もそこそこ回復してきたね。それじゃあ、ちゃちゃっとやってしまうか」

 

 里長が唐突に話を切り替える。おっぱいしか頭になかった俺はそこでようやくここに来た経緯を思い出した。


(そうだよ、なんか魔力を残しておくように言われてたんだっけ。ということは魔法を使うのか?)

(それだ。ミナト代わろうか?)

(え、大丈夫か?)


 一気に大人が2人も追加されたわけだが、この人見知りは大丈夫なのか。


(がんばる。それに魔法を使うんだったら私の方がいいでしょ)

(まあ確かに)


 という事でまたリアに操縦権を返した。


「ヴィアーリアよ、そこにある石碑を見てみな」


 言われてリアは石造りの奥に佇む小さな石碑へ目を向けた。


「何これ?」


 よく見れば石碑には細い溝のような線が何かの模様を作っていた。


「これは結界の魔法の発動体さ」

「えっ!? これがぁ!?」

「そうだ。これから結界を再構築するから、その手伝いをヴィアーリアにはしてもらう」


 里長の声が聞こえているのか、いないのか、リアの視線は石板から離れない。


 そして石碑を眺める事数分、一言「なるほど」と呟いて顔上げた。


「これは魔法術式を言語化したものだね」

「ほう、わかるか。もしかして見たことがあったのか?」

「いや、ないよ。でも覗き見た結界の魔法術式と似たような法則性が石の模様にあったから」


 なんてリアは淡々と言っているが、俺にはなんのこっちゃ分からない。


 魔法術式……つまるところリアが何時も頭の中でこねくり回している理論に基づく意志。イメージでも音でも感触でもない、魔力でしか感じられない領域を用いて、規則的に作り上げるもの。


 石碑の模様はファンタジー系の漫画にあるような所謂魔法陣を更に複雑にしたような見た目となっている。リアが言うには、ここには法則性があって、いつも魔法を使う際覚えている感覚、つまり魔法術式を言語化したものらしい。


 いや、言うほど言語か? ……意味わからね。まだ0と1でだけで構成されたコンピュータ信号の方が分かる気するわ。


「こういう表現の仕方をすれば、人じゃなくてモノ自体が魔法を使えるようになるんだね」

「そう……なんだが、これもそこまで便利なものではなくてな。魔法の行使自体は確かにモノが行うんだ。だが、行使の意志はモノには持てない。この石碑は自分から魔法を使わないんだ。そもそもモノ自体に魔力は無いしな」


 ええと……例えると、車はエンジンをかけてアクセルを踏めば走りだすが、エンジンをかけてアクセルを踏まない内に勝手に走りだすことはない……とかそういう話か?


「だから、私がこの石碑の代わりに『意志』を与えて魔法を使わせるんだ。必要なのは魔力を送ること。そのまま魔法行使のエネルギーになるし、それに細かい条件を設定する為の媒体として役目もある」

「なるほど、じゃあ新しく弾き出した人口分の総魔力量を結界が十分吸い込めるように条件を設定するんだね」


 十を理解したようなリアの言葉に、里長は感心したように「ほう」と声を漏らした。


「なあ、里長たちが言ってることわかるか?」

「俺にわかるわけがない。クラナ様は?」

「……つまり、結界を張り直そうって話だろ?」


 クラナさんもよくはわからないらしい。身体に記憶も共有している俺すらわからないんだから仕方ない。


 欠片もわからないことに頭を悩ませても仕方ないので、俺を含めた他の人間は考えることを止めた。

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