第15話 獣人の隠れ里

 「では、今の話が嘘か確かめる為に、魔法を使用する」


 リットのお婆さんはシワの刻まれた手のひらをこちらに向けて広げながら言った。その動作が大げさに感じて、正直怖い。


(きたきたきたー!)


 裏でリアが興奮している。よくわからない魔法を掛けられる俺はこんなにビビってるというのに。


「なに、お前は何もする必要はない。というか、何しても無駄だ。……では、いくぞ」


 その合図と共に何か暖かいモノが身体に流れ込んでくるのを感じた。これは魔力か?


 そんな考察をしていると、すぐに頭がボーっとしてくる。


(なにこれ、なんかふわふわする)


 これは酒に酔った感覚と近いかもしれない。段々と思考力が鈍っていって──。


(なるほど。精神を掌握する前に一度、他人の魔力で満たして麻痺させるんだね。ミナト大丈夫? ……って返事出来るわけないか)


「よし、掌握完了だ。……ええ、それじゃあ時間も無いし手っ取り早く済まそう。ヴィアーリア、命令だ。これからいくつか質問をするから、本当の事以外は話すなよ?」

「わかった」

「まずひとつ目、さっきアンタが語った経緯は本当か?」

「ああ本当だ。多少は心証良く思われるように盛ったけどな」


(ああ……そんな事まで言わなくてもいいのに。本当に隠し事が出来ないんだ)


「はん、これが本来の話し方かい。ずいぶん粗暴なもんだね。まあいい、次の質問だ。アンタは外の純人どもに飼われてるか?」

「飼われていない。さっきも言った通り、逃げ出した身分だ」

「ウチの者と戦闘があったようだが、そいつらに対する恨みはあるか?」

「ない。結界を壊したこっちが悪いと思ってる」

「では、アンタは今後この里で暮らしていきたいと思うか?」

「思う。聞けばこの世界はどこもエルフに対して厳しいらしい。だからここ以上にリアにとって生きやすい場所はそうないと思う」

「なんか変な言い方だが……そろそろ魔力が限界か。この辺にしておこう」


(──はっ!)

(おかえり、ミナト)


 急に頭がすっきりしたと言うか、我に返ったと言うか。


(俺変な事言ってなかったよな? 大丈夫だよな?)

(うん、まあ怪しいところはあったけど、大丈夫じゃない? それよりもあの魔法凄いね! 私が何度呼びかけてもミナトに完全に無視されてたし)

(なんだか婆さん以外と話す気になれなかったというか、話したらいけない感じがしてな。う~ん、確かに精神支配されてたわ)


 身をもって恐ろしい魔法だと思った。魔力を馬鹿食いするというデメリットに安堵を覚えずにはいられない。よくある操られて云々という展開はこの世界では難しそうだ。


「さて、ヴィアーリアよ。これでアンタにかかっていたスパイ疑惑が晴れたわけだ。どれ、それを外してやろう」


 そう言ってリットは手枷に触れる。何やら外から魔力的な操作をすること数秒で、手枷は外れた。


(よーしっ! 魔力復活!)


 魔法に対する欲が相当溜まっていたのだろう。霧散しない魔力の感覚にリアは嬉しそうだ。


 まあ、俺も寒いからはやく暖房を使いたい。そう思って魔法スキルを使用しようと魔力を高めた。


「ちょっと待ちな。申し訳ないが、魔力を使うのはもう少し待ってくれ」


 だが、使用する直前で待ったがかかる。


「≪黄昏≫のアンタに手伝って貰いたいことがあるんだよ」

「はぁ……」


 早く暖まりたいんだけどな……。


 と言っても、この婆さんに逆らえるはずもなく。


「とりあえず付いてきな」


 有無を言わせずといった雰囲気の婆さんの後について行くしかなかった。


 まあ、寒いけれど俺としては死の危険が無くなって一安心と言いたいところ。


 俺たちは今まで閉じ込められていた茅葺屋根の小屋を脱出した。


(これが『花束*ヴァイオレットマジック』の世界初めての文明か。……なんか思っていたのと違うな)


 立ち絵などを見る限り、あのゲームは近代ヨーロッパの世界観に都合のいい現代要素をプラスしたような綺麗な街が舞台だった。


 だが今、目の前に広がる光景はどうだろう。外は戦国時代くらいの日本を彷彿とさせる田舎風景が広がっていた。


 いやまあ、山奥に隠れた集落だからこんなもんだとわかってはいたけどね。それに、リアの故郷だって田舎もいいとこだった。


 一応、土の中で眠るセミの幼虫のような日々よりは何倍も魅力的だ。


「何をしている。さっさとこんか」


 おっと、怒られてしまった。今は疑いが晴れたばかりだ。無駄に己の評価を下げるのは避けよう。






 今まで過ごしていた茅葺小屋は集落の外れの方に位置していたらしく、しばらくの間閑散とした凸凹道を歩かされた。まあ、それも毎日進んでいた獣道と比べたらもはや平面に思えるほどだ。


 しばらく歩いていると、人の姿を見かける数も増えてきた。


「おや里長じゃないか」

「ああハスノゥか。すまんな、急ぎなんさ」

「おおそうかい」


 里長である婆さんはすれ違う人から声を掛けられていた。そして、その後必ずと言っていいほど後ろを歩くリアには珍しいものを見るような瞳を向けてくる。


 見かけるのは殆どが獣人だが、ごくたまに蜥蜴みたいな人や、やたら背が小さいのもいる。そして、なんとエナルプもいるのだ。てっきり獣人しかいない里だと思っていたから、少し驚いてしまう。


「あの、この里にはエナルプがいるんですか?」


 エナルプを見かける度に、裏にいるリアから恐怖に似た感情が伝わってくる。なので、俺は我慢できなくて聞いてしまった。


「え、ああ、ほとんどは元々獣人たちと同じく奴隷だった者かその子供だな」

「奴隷? エナルプが?」

「そうさ。アーガストをはじめこの山脈より南にある国では基本的に奴隷制は廃止されているのだが、北のガイリンでは未だに奴隷制が根強く残っているんだ。そういう奴らも稀にこの里で保護することがある。まあ、獣人のついでだから数自体は少ないけどな」

「なるほど」

「あと南では奴隷制が廃止されているといっても、頭に『純人種の』が付く。アーガストでも他の国でも、エルフがのこのこ国内を歩いていたらあっという間に捕まっちまうぞ」


 まあそれもそうか。エルフを含む奴隷制が廃止されているなら、リアが山を越えて買われる事はなかったわけで。結局のところ、この世界では基本的に人間イコールエナルプであり、エルフや獣人は家畜と同様の扱いなのだ。


 そしてこの里にいるエナルプは獣人と同じく奴隷にされていた人たち。だからかどうかはわからないが、見た感じ特に対立は起きてはいないように見える。


「ヴィアーリア、今更だが『エナルプ』という言葉は使わない方がいい」

「えっ」

「『エナルプ』というのはアイツらの間では差別表現なんさ。これからは『純人』という言葉を使うように」

「は、はい……」


 注意されてしまった。俺は順応できるけれど、リアにそれができるだろうか。人一倍その純人という種に対して憎悪を抱いていたから。


「この里の理想は『皆が平等に、平和に暮らせる場所』だ。それには獣人も、純人も勿論エルフだって含まれる。アンタの境遇を考えれば、純人を蛇蝎の如く嫌うのもわからなくないが、ここのヤツらに向けちゃいけない」

「はい」


 流石里長といった貫録で優しく説き伏せられた俺であったが、リアはどうだろう。


(とりあえず、エナルプって言葉は封印しようか)

(仕方ない。それくらいなら……)


 いきなり純人と仲良くなれ、というのは無理だろう。せめて視界に入れただけで気が立ってしまうことの無いように、彼らに慣れなければ。


 今の会話の流れで、他にも口にしてはいけない言葉を学んだ。例えば『亜人』というのは一般的に純人以外の人種を表す言葉だが、それもここでは使ってはいけないらしい。そして、それに対応する他の言葉はない。つまり、純人とそれ以外を分けてはいけないということだ。


 元の世界ならば人種なんてものは結局のところ凄く小さい範囲での身体的特徴の差であり、本質的な種の違いを表す言葉ではなかった。それでも差別はあったのだから、この世界になるとそれは推して知るべし。


 だからこそ、それをなんとかしようというこの里の理念には敬服するべきものがある。リアもきっとその内わかるだろう。今はまだ固まってしまった心が溶け切っていないだけなのだ。これから沢山の人間との出会いを経て好転するはず……と信じたい。


「ヴィアーリア、もうそろそろだ」


 と、いつの間にか立ち並んでいた家は見えなくなり、この集落の入り口まで来ていた。

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