第12話 強敵と不思議な山
目的としていた山の麓までは実際半日もかからなかった。今回はリアが身体を動かしていることが理由だろうか。やはり今までの人生平坦な場所ばかり歩いてきた俺よりも、リアの方がその辺は上手い。木の根に足を取られることも、落ち葉に足を滑らせることもない。流石はエルフというべきか、どこに足を出せば楽に移動できるかが自然とわかるようだった。
目の前には岩肌が聳え立っている。ここからは急激に標高が高くなっているようだ。
木々の隙間から空を見ると、もう陽が落ちようとしていた。今日はこの辺にねぐらを作って休もう、そうリアに伝えようとすると──
(むっ、なんかいる!)
落ち着く暇もなく敵襲。
リアが目を向けた先には、一頭のイノシシ……が二本脚で立ったような生物で、イノシシとゴリラを足して2で割ったような筋骨隆々の巨体。
(なんだコイツ!? リアのデータにないぞ!?)
(わかんない!)
残念ながらリアも知らない生物だった。だが、こちらに向けて一目散に走ってくる様子を見ると、これが魔物か魔獣であることは間違いない。
とにかく対処しなくては!
バァン!!
とりあえず、お通しのバースト魔法を打っておく。……が、音だけが空しく響くだけだった。
(ありゃ、弾かれたね)
(え、弾くって何!? あれ効かないのヤバくね?)
そんな事を考えている内にも、どんどん魔物はこっちに迫ってきている。
(うーん、魔力勿体ないけど……これでどうだっ!)
魔力が抜けていく感覚と共に、甲高い音が鳴る。
リアがウォーターカッターの魔法を放つ。これならっ!
突如現れた水の針は魔物の上半身を横薙ぎに──出来ない!
(え、やば)
ぶぉぉん、と世界がスローモーションになって、丸太みたいな腕がこっちに迫って来ているのがわかった。
あ、マジで死ぬやつ──と思った刹那。
パン!
最大威力のバーストの魔法が炸裂する。魔物ではなく、リアの目下の地面に向けて。
「がはっ……」
魔法の勢いで、吹っ飛んでいったリアは近くにあった木の幹に叩きつけられた。
自爆を覚悟した緊急回避。出来るならあまり使って欲しくないが、今回ばかりは九死に一生を得た。
前にもこんなことあったな……。前よりは威力も抑えめだから、マシだが。
「くぅぅ……」
痛む身体に鞭打って立ち上がる。魔物は突然飛んで行ったリアを一瞬見失ったようで、まだこちらを向いていない。
(今のうちに! 新しく作った魔法をぶっ放す!!)
(ちょまっ! アレはまだ調整が──)
説明もなく、魔力がゴソっと減る。そして、次の瞬間だった。
ズガアアアアアアア!!!!
轟音と共に、紫色の閃光が目の前を走る。
いや、目がっ! あと鼓膜も!
10秒ほど後にようやく輪郭がはっきりしてくる。耳はキンキンしたままだけど、ようやく目の前の状況が分かった。
(ごめん、出力強すぎた)
(あれ下手したらこっちも死んでるからな!?)
そこに横たわっていたのは、黒焦げになった魔物だった。
リアが使った魔法は『雷』、そうあの雷。勿論自然現象のソレと比べたらエネルギー自体はかなり抑えめだが、殺傷能力の方向にアレンジを効かせているので、巻き込まれたらこっちも確実に死ぬ。
これはまだ安全に使える丁度いい出力がわかっていない魔法。まあ、それを使わざるをえない状況だったというわけだ。
(にしてもコイツ、ウォーターカッター効かなかったな)
黒焦げになった魔物の死体を検分する。水の糸が通ったと思われる胸辺りを見てみると、線状に深い傷跡はあるものの胸骨には達していない。バースト一発で死んでいく子鬼とは違い、とんでもない防御力があった。
(きっと魔石の位が高いんでしょ。この魔物がみんなこんな耐久力だったら泣くよ)
魔物も魔獣同様に体のどこかに魔石を作り、そこに魔力を溜めている。その魔石のランクによって力や防御力が変わってくるので、リアの言う通り、今回のコイツの強さはただ魔石が凄かっただけという事実を祈るばかりだ。
「ぶへぇっ!!」
それはイノシシゴリラの解体中にウォーターカッターのスキルを使用した時だった。誤って破いてしまった内臓から血飛沫が噴き出してしまった。
咄嗟の事で操作を失ったウォーターカッターは空を切り、すぐ側の岩肌を削った。
(……あれ?)
(どうした?)
(いや、なんか……)
俺からすれば、間違えて岩に魔法打っちゃった、で済む話。だが、リアには引っ掛かるところがあったらしい。彼女は魔法が当たった壁に近寄る。
(これなんか気持ち悪いなあ)
(すまん、まったくわからない)
俺が見てもなんの変哲もない岩壁だ。いや、岩壁をじっくり見る機会なんてあんまりなかったけど。
リアがその岩肌に指先を触れさせる。予想通りザラザラした触感で、何ら違和感を覚えることはない。
(ミナト、自分の魔力に集中してみて)
そう言われて、初めて身体をめぐる魔力の動きに意識を向けた。すると──ああ、なるほど。
リアと俺は身体を共有してはいるが、思考はそれぞれ独立したものを持っている。故に、外から受け取る情報が同じでも、それをどう分析するかがまるで違う。つまり今までの人生で魔力だの魔法だのと一切関わってこなかった俺は、その辺の情報を無意識的に軽視してしまう傾向にあった。
(言われてみれば、少し壁に吸われてる感じがするな)
(そうそう。さっきも魔法当てたでしょ? でもほら)
リアの視線が壁を万遍なく舐めていく。先ほど誤ってぶつけた魔法はウォーターカッター、つまり水魔法だったわけだが……壁が濡れていない? 蒸発した……は早すぎるか。
試しにシャワー程度の水流をぶつけてみる。すると、
(おお……)
岩がスポンジのように水を吸い込んでいく……というよりは壁に触れた途端、水が消滅しているような感じがする。
先ほど直接壁に触れた時、魔力を吸われた感覚があった。そうか。つまり水魔法が魔力としてこの壁に取り込まれてしまったんだ。
……で、それで?
(そう、つまり、こんな感じで魔法に反応するってことは、この壁が魔法的な細工の入った人造物である可能性があるってこと)
(は? この岩壁が?)
石柱とか石碑ならわかるんだが、この所々緑化の入った岩壁に人造要素は一切感じられない。
(魔力を吸うって言ったって、それが一体なんの役に立つんだ?)
(それを今から調べるんじゃん)
(いや、それは明日にしないか? 日没も近いし、正直もうクタクタだよ)
(ばかばか! このままじゃ気になって眠れないでしょ!?)
俺の提案を軽く跳ねのけ、リアは再び岩肌に手を触れた。
また魔力が壁に流れていく感覚を覚える。その流れに乗せるように、リアは自分から魔力を壁に流し込んだ。
自分の魔力を媒介にして魔法に対してハッキングを行っているのだ。これが魔法的なものを調べるということ。そこからは俺には全く分からない世界だ。記憶を共有しているというのに、この辺の経験値が俺の方には全く反映されていないのが不思議なものだ。
しばらくの間、リアは壁に手を当てたまま考え込んでいた。空は夜に染まりつつある。そろそろ飯食って寝ないといけない時間なんだが、この異様な集中力を発揮しているリアにちょっかいを出す勇気が出ない。ここはせめて俺が周囲の警戒に努めよう。
そんなコンビプレー始めてから更に時間が経った。
いい加減退屈だなーと、そんなのんきなことを考えていた俺の油断を狙うかのように。
「あ」
間抜けな声が自分の口から発せられた次の瞬間、鏡が割れるように
(ヤバっ! やっちゃった!?)
そんなリアの不吉な思念が聞こえてくる。
(は……?)
俺は今目の前で起こっている超常現象に頭が上手く働かない。仕方ないだろう、目の前にそびえていた山が丸々ひとつ無くなったんだから。
夢でも見ているのだろうか。いや、その疑問は少女の中に入っている時点で今更だけど、正直今回のは今までの中でもトップクラスにパンチのある出来事だった。
(は? え、いや! 山は? えっ、どういうことだよ!? 説明してくれ!)
(えっと……)
リアは申し訳なさそうに、消えてしまった山や壁、そして自分の過失について説明しだした。
どうやら魔法的な処理が施されていたのは岩壁……でなく、『山』全体だったらしい。
(ん……??)
この魔法についてリアが理解できたのは、先ほどまであった「山自体」が魔法で作り出された存在であったということ。魔力が吸われていたのはそういう設計をしていたからだ。周囲の魔力を吸うことで、偽物の『山』を作るという荒業を成し遂げていたという。
……説明されたはいいものの、魔法の概要事態は大雑把にしか理解できない。しかし、重要なのは盆地が丸々山に偽装されていたという事実だ。一体誰が何のために?
(で、なんでそれが急に無くなったんだよ)
(それが……魔法のコアな部分を調べようとしてて、繊細な部分だから、その……流し込む魔力の加減間違っちゃって魔法、ぶっ壊しちゃった。てへ)
(てへ、じゃないが)
(だって疲れてたんだもん! あんなヤバい魔物と戦った後なんだよ!?)
(だから明日にしよ、って言ったんじゃん! どーすんだよ!? 山ひとつ無くなってんだよ!?)
そびえ立っていた存在が一瞬の内に掻き消え、代わりに目の前には樹海が広がっている。その海を真っぷたつに割るように舗装された道が出来ていた。
(この先に何があるんだろう?)
(さあ? 人が住んでいるのか、魔法で隠してたくらいだから宝でも眠ってんのか)
どちらにせよ、このまま先へ進むのは危険すぎる。何せ、隠蔽工作を正面から破壊したわけだからな。先方からすればこっちはただの侵入者だ。ここまでしておいて穏便に済むはずもない。ならここで取る選択は決まり切っている。
(リア、逃げ──)
思念は途中で打ち切られた。高性能エルフ地獄耳がかすかに衣擦れ音を捉えたのだ。
反射的に横跳びで緊急回避。すると、今までリアがいた空間は一閃される。
体勢を立て直して確かめると、黒装束を身に纏った男が小太刀を手にこちらを睨んでいた。
「まさか避けられるとはな」
ソイツは忌々し気に言った。恐らく、あの魔法を仕掛けた勢力の刺客だろう。もう来てしまったのか。
回避はタカで鍛えた感覚が生きた……がしかし、その後の攻撃に移れない。
リアにまともな対人経験なんてないが、今自分がどんな魔法を打とうと相手には当たらない事が分かってしまう。それほどに目の前の相手には隙が無かった。
(リア、落ち着けよ。相手の動きを観察するんだ)
(了解……)
身を隠すような男の黒装束はどこか忍者を彷彿させた。
きっと相手は戦闘のプロだ。そんなのは先ほどこちらを襲った一連の動きを見ただけでもわかってしまう。だから相手の土俵に乗せられてはダメだ。リア得意の魔法を打ち込むチャンスを見つけなければ。
よく見れば、頭巾を被った男の頭頂部からはふたつの大きな耳がはみ出ていた。それは毛に覆われていて、そう、言うなれば獣のそれだ。
もしかして『獣人』的なヤツか?
『獣人』はその名の通り、獣の特徴をもった人間種のことで、高い身体能力を持つという。エロゲ本編にもセリアンスロープのヒロインがいた。だからまあいつかは見るだろうと思ってはいたが、まさか敵として登場するとは。
しばらく男とにらみ合いが続く。
俺も、リアも先に動いた方が負けると思った。だから、男が迂闊にも小太刀を大きく振り上げた動作を隙と見て、バーストの魔法を打った。それが間違いだった。
「なっ!?」
背後から近づいてくる音がして、振り返る。それが二人目の刺客だと理解すると共に、鳩尾に強烈な一撃を食らう。
「ごひゅ……」
耐えることなんて出来ない。バタリとその場に倒れ込んで、意識が希薄になっていく。
「よし落ちたな」
「なぜ、殺さない?」
「子供を殺したくない。それによく見ろ、こいつエルフだ。どこの勢力に飼われてるのか、調べなきゃならん」
そんな会話を聞いたのを最後に、俺もリアも完全に意識を失ったのであった。
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