第11話 魔物あるところに人の影あり

(もう持っていくものはないよな?)

(うん、出来るだけ袋にしまったよ)


 分別も面倒なので、あらかたの物品を魔法の袋にぶち込んだ。勿論あのカッコいい剣も持っていく。


 さて、最後の仕上げにこの小屋の後始末だ。


 一度外へ出てから、小屋に魔法で火をつける。小屋の中は男の肉片が飛び散った結果、かなり凄惨な事件現場と化していた……まあ、証拠隠滅というやつだ。


 空気は乾燥しており、瞬く間に小屋へ放った火は広がっていった。一応、小屋の周りにあった燃え移りそうな物は全て片したが、もし山火事になったら……。誰に謝ったらいいのかわからないな、これ。


 俺が裏でそんな事を考えている間、リアは小屋に向かってそっと手を合わせていた。


(いただきます……)


 どうやら、俺が鹿にやっていた事を真似ているらしい。


 命をいただく。ここで使う言葉ではないが、まあ意味はそう変わらないか。人間も動物も魔物も、糧としたという事実は同じだ。


 しばらく燃え盛る炎を見ていた。


 バコッ! と音を立てて、屋根が崩れた。黒い煙が天に昇っていく。……って、そんな場合ではない。


(リア、早いことずらかろうぜ。この煙は目立つ)

(わかった)


 俺たちは急いで現場を離れた。といっても、この辺りに集落があるかどうかの調査をする必要があるので、歩いて30分ほどの場所にねぐらを作ることにした。


 何時もより大きな穴を作る。今夜はあの家から持ってきた布団がある。久しぶりによく眠れそうだ。


 その他にも、肉に塩を振ることが可能になったし、サイズが合わないが服も持ってきたので、一張羅だったボロ服を洗っている間裸でいる必要もない。肉だって、捨てることなく魔法の鞄に保存が出来る。QOLが爆上がりである。


(うまぁ~~!! 味が濃いっていいなぁ!)


 寝床の準備が済んだら、早速食事の時間だ。何時も食べている淡泊な鹿肉に塩と胡椒っぽい香辛料を振って食す。


(ミナト、こんなに塩使っちゃ身体悪くするよ)

(今日だけ、今日だけだから)


 日本人の感覚だと、これでも控えた方なんだがな。まあ、持ってきた塩にも限りはあるので、大事に使おう。


 その後は何時もの通り、身体を洗って眠った。


 そして翌朝。まだ穴の外から光の差し込まないような浅い時間、俺は身体の違和感によって起こされた。


「んあ……」


 なんだろう。妙にスース―する感じがする。しかも全身満遍なく。


 暗くて何も見えないので、俺は暗視の魔法を使った。その結果──


「おわっ!?」


 あまりに底気味悪いの光景に俺は思わず叫び声をあげる。


 ナメクジのような生物が数匹噛みつくようにリアの身体に張り付いていた。


(もぅ……なにぃ……みなと……って、わあっ!?)


 同時に起き出したリアもこの状況には驚きを隠せなかったようだ。


(こ、これは……『吸魔』!)

(吸魔?)


 まだリアの記憶を見た範囲には登場していない、初めて聞いた単語だった。とにかく、それがこのナメクジの名前なのか。


(これ、エルフの里にはあんまり出てこなかったんだよね。あ、今記憶流すから)

(ほう……)


 リアから流れてきた記憶によると、吸魔は所謂ヒルのような『魔物』で、血吸うヒルとは違いコイツは魔力を吸い取るらしい。血を吸われるのは気持ちが悪いが、魔力を吸われるというのも力の抜かれる感覚があって気色悪い。


(まあ、この数なら一晩で吸いつくされることはないけどね)


 そう言って、リアは身体に引っ付いた吸魔を一匹一匹剥がしていく。そして魔石を回収し、遺骸を穴の外へ放り投げる。


 コイツら、特に高い魔法位の人間には優先的に吸いつくようで、リアの記憶では姉のユノが魔力を吸われていた。


(うわぁ、おっぱいすご……)

(いや、そこ?)

(ああいや、すまん)


 谷間のあたりに吸われた痕があって、つい何度も見返してしまった。


 しかし、『魔物』か……。リアの記憶ではいろいろ魔物の種類を見てきたが、実際に出会ったのは初めてだ。


(やっぱり、近くに人の集落があるのは間違いなさそうだよね)


 こんな魔力第一の生き物が出てきたからにはそう考えるのが自然だろう。俺たちは朝から湖を中心に四方八方の捜索を始めた。


 だが、結果夜半ちかくまで粘ったが、なんの成果も得られず……。


(おかしい……水辺をこれだけ探しても、人っ子一人見つけられないなんて)


 集落どころか山道すら見つけられなかったわけだが。つまり、この辺りには人が住んでいる気配がない。あの小屋を除いては。


 そもそも、この近辺には俺たちが殺したあの男しかいなかったのかもしれない。


(あのオッサン、魔法位が≪金≫だったよな? 魔法位でいうと結構上の方だが)

(うん、そうだけど。でも人一人の魔力程度であれだけの魔獣は発生しないよ)

(だよなぁ……)


 最高位である≪黄昏≫であっても、一人だけで山中を魔獣だらけにすることはないという。しかし、ならばあの魔獣たちはどのようにして魔力を溜め込んだというのか。


(……リア、もう先に進もうか。これ以上は時間の無駄な気がしてきた)

(うん、それでいいと思うよ)


 謎は残るが、このままずっと足踏みしている余裕もない。


 俺たちは、モヤモヤした気持ちを抱えながら西へ向かうという本来の目的に戻るのであった。






 山の中を進むこと、2日が過ぎた。


 あれから変わったことと言えば──


 パン! パン!


 乾いた発砲音が山の中を木霊する。


 目の前で色の死体がズルりと斜面を滑った。


 そう、遂にアイツが現れたのだ。


 小鬼。ファンタジー作品によくいる、緑色をした般若顔の小人。そうゴブリン的な魔物だ。


 西へ向かうにつれて小鬼が頻繁に現れるようになった。幸いただの雑魚なので、見つけ次第バーストの魔法で駆除をしている。だが、今日はこれで何度目だ?


(ううむ、これは……)


 コイツが『魔獣』ではなく、『魔物』であるということには大きな意味がある。


 リアの記憶によると、『魔物』とは魔力から生まれた存在、またはその子孫である。そこに住んでいた『獣』が『魔獣』に変化した流れとは違い、コイツらは自然発生したものが繁殖したのだ。


 吸魔に噛まれた事といい、やはりこの辺にデカい人間の集落があるのは確実なのであった。


(んー見えないなぁ)


 辺りで一番高い木に登って周りを見渡してみる。


 やはり集落らしいものは見つからない。エルフの優れた聴覚で探そうとしても無理だった。というか冷静になって考えてみると、こんな険しい山の中に集落なんてあるはずがないよな。


 「いや、もう無視して進めばいいじゃん」って思うんだけど、湖あたりからずっとこのモヤモヤを引きずり続けて、限界に近いヤツがいる。


(どこじゃあぁぁ! 絶っ対見つけてやる!)


 いくらイライラするからって、5階建てマンションほどの高さで首をぶんぶん振り回すのは怖いのでやめて欲しい。


 リアは「解らない」事に対して、相当ストレスを溜める性格のようだ。魔法の袋にもムキになってたしなぁ。


(落ち着けって。ほら、あそこの山の裏とか探してみようぜ)


 俺が意識を向けたのは、今登った木から北西方向。ひと際高い山がある方角だ。


(わかった、行くよ!)


 まあ、なんでもいいから前進したかった、というのが正直なところだ。


 あの辺りまで丸一日はかかるだろう。……今更ながら、子供の身体でよくこんな事してるな。


 俺はクタクタになった脚が器用に木の幹を締め付ける感覚を、思い切り他人事のように味わうのであった。

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