第8話 魔物的なやつ

 初狩猟の経験を皮切りに、俺たちは頻繁に野生生物と戦うことになった。


 例えば、初めて倒した鹿。他にもイノシシ、山兎に熊。3日に一度ペースで大型の生物を狩っている。


 イノシシや熊に遭遇した時はかなりテンパったものだが、実際は魔法を使えば一瞬で肉の塊となる。いや、ほんと魔法って凄い。何でもできちゃう気がしてくる。


 とまあ、若干調子に乗りつつある今日この頃。それは突然来た。


 ピィィ!


 「どわっ!」


 笛ラムネのような甲高い音をこの感度のいいエルフ耳が僅かに捉え、気が付けば俺は身体を右に投げ出していた。


 その次の瞬間、スパアァァン! とけたたましい音。それは俺が元いた場所から発せられていた。


(なんだ!?)


 土埃が舞い上がる。その中心に薄っすらとソイツの姿が見えた。


(なんだ……? 鳥か?)


 二対の大きな翼を持った生き物が地面に突き刺さっていた。土色の羽に鋭い嘴、更には鳥類とは思えない程にガッチリとした脚を持つその鳥は俺の記憶では『猛禽類』と呼ばれたいた生き物だ。ただ大きさがレべチでデカい。


(でたな!)


 状況の確認に精いっぱいな俺とは対照的に、リアはコイツの襲来を予期していたかのように落ち着いていた。


 そういえば、身体の操縦権もリアに移っている。初撃を躱したのは彼女だった。


(なんだコイツ!?)

(タカだよ。ミナトの世界にもいたでしょ)

(いや、いたけど、こんなデカくないし、それに人間を襲うなんて滅多に──)


 百聞は一見に如かず。会話の途中でリアから記憶が流れてくる。ああそうか、なるほど。


 このタカについて、リアたちエルフはこの鳥を『人攫い』と呼んでいたようだ。その呼び名の通り、コイツらはこの強靭な脚で獲物を捕らえてどこかへ連れ去り食料とする。


 リアの住んでいたエルフの里でもその脅威は知れ渡り、数百年に一度は子供が連れていかれるという話を聞かされていた。だからこそエルフはその耳の良さを生かし、タカの鳴き声を捉えた瞬間に警戒態勢を取ることが出来るように訓練していたのだ。


 俺が元居た世界ではタカが子供を連れ去る事例というのは、滅多に起こる事ではなかったと思う。少なくとも俺は聞いたことが無い。そもそも物理的に可能かすら分からない。だが目の前にいるタカはどう見ても記憶にあるタカよりも遥かに大きい。


 どうしてこの世界のタカが人を襲うほど強い存在になってしまったのかというと、それはコイツが『魔獣』であるからだ。


(とりあえず、今のうちに仕留めるっ!)


「ピィ!?」


 リアは最早必殺技と化したウォーターカッターでタカの首を両断した。


(やったか!?)

(ちょ、フラグ建てようとしないで! どう見ても死んでるでしょ)


 首を境に真っ二つになったタカを見てみる。大きさ以外は、俺が知るタカの姿によく似ていた。……いや、一か所だけ明らかに違う所があった。そしてそれが、つまるところ、この生物がただのタカではなく、『魔獣』としてのタカであることを証明する要素だ。


(嘴の色は……≪翠≫か。まあまあ強いのに狙われたみたいだね。着地狩り出来なかったら、凄くめんどくさい事になってたかも)


 リアがタカの嘴をもぎ取る。質感は完全に石だ。これが『魔石』である。この石には魔力が保管されており、その魔力を使ってこのタカは尋常でないスピードを出し、人間ひとりを持ち上げられる力を発揮出来るのだ。


 この世界では、このタカのように魔石を持つ生き物が稀に出現する。それは魔力によって生まれた全くの新種であったり、既存の動植物が魔力に晒されて変化したものであったりする。今回のタカの場合は後者だ。


 そして、ゲーム本編やエルフの村では便宜上の呼び名として前者を『魔物』、後者を『魔獣』と呼んでいた。共通するのは、体内もしくは体の一部に魔力を取り込むための『魔石』を持つことだ。


(魔力は人間の中から生まれるもの。だからコイツみたいな魔獣は人間ばっかり狙っているの)


 魔物や魔獣が厄介な部分はそこに集約されている。


 肉食動物は普通、積極的に人を襲おうとしない。なぜならば人間という未知の生き物を襲うリスクよりも食い慣れた小動物を探して襲う確実性を取るからだ。


 しかしながら、魔物や魔獣は違う。彼らは人間を襲うことでしか魔力という欲求を満たせないのだ。だから、人間を襲うことになんの遠慮も無い。


(リア、もっと早く教えておいてくれよ。マジでビビったんだが)

(ごめんごめん。魔獣が出るとは思わなくて)


 そんなリアの油断も魔物や魔獣の特性を考えれば仕方がないのかもしれない。何故なら、ヤツらは大きな魔力の流れに引き寄せられながら生きている。人一人から漏れ出す微量な魔力ではなく、それこそ集落と言っていい規模の魔力だ。だからリアは深い山の中を一人進む自分たちが襲われることを考慮していなかったのだ。


 ……とそこまで考えると、ひとつの可能性に行き当たる。


(もしかして、この辺に村でもあったりするのか?)

(その可能性はあるね)


 人がいるならば、迂闊にその辺を散策するわけにはいかない。まずはリアに対して友好的な者たちなのかどうかを確かめる必要がある。そして、もし叶うならば何か外の情報が欲しい。


(ミナト、とりあえずこのタカ捌いて)

(はぁ……肉食獣って不味いんだよなぁ。しかもまだ鹿とか猪の肉余りまくってるし……うーん、でも捨てるのは流石に罰当たりか)


 誰か人に会えたなら、ついでに今まで仕留めてきた動物の肉と何か物資を交換出来たらいいのになぁ。

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