第7話 命をいただく
晴れて自由の身となり、こうしてどこかも分からない山の中でサバイバルを続けて早3日が経過した。安全な寝床に飢えない程度の食事、そして暖かい風呂に衣類の洗濯など、魔法によって何とか生活が出来ているが、ずっとこんなワイルドな生活を続けられるとは思っていない。
今着てる一張羅はボロボロだし、食事だって少ないうえに偏りがち。
そう、いつかは人里へ降りなくてはいけない。……いや、ゴチャゴチャ理由を付け加えたが、結局のところ俺が人恋しさに耐えきれなくなっているというのもあるし、リアもそのはずだと思う。
何にしても、何処か行き先を決める必要がある。俺はリアに今後の相談を持ち掛けた。
(人里に降りるって行っても、どこに行けばいいのかわかんないよ)
(まず情報を整理してみよう。まずリアが売られる予定だった国、当たり前だがここには行けない)
(当然だね。エナルプの街なんて絶対嫌)
まず地理関係を整理する。
リアが元々住んでいたエルフの里はこの山からずっと北にある場所だ。そして、そこから南下した場所にある人間の国、その奴隷市場でリアはあのヒキガエルみたいなおじさんに買われた。ちなみにこれらの情報はリアの移送に関して、あの男たちと業者が話し合っていた内容を盗み聞きして得たもの。エルフの耳は優秀なのだ。
(確か南の国へ移動する予定だったんだよな)
この山が属する連邦、その南側にあるのがアーガストと呼ばれる国。そして、北側のリアが売られていた奴隷市場のある国がガイリンだ。リアを乗せた馬車はガイリンからアーガストへ続く山道を走っていた。勿論正確な方角としては多少のズレがあるだろうが、基本的には南北の移動と考えていい。
とりあえず、奴隷の供給国と受給国であるこの両国はNGとする。すると自動的に同じ方向にあるエルフの里へ帰る選択肢は無くなる。まあ、そもそも今帰っても、もうそこには誰もいないのだが……。
(となれば東か西か……といっても、東西にどっち行っても安全かなんてわからないんだよなぁ……)
盗み聞きした以上の情報が無いので、先行きは不安しかない。
ゲーム本編には、アーガストやガイリン、そしてこの超デカい山脈すら出てこなかったので、余計に混乱している。
(うーん、もうとりあえず西へ行ってみようよ)
(……その心は?)
(方角がわかりやすいから。朝、木に登って眩しくない方に進めばいいんでしょ?)
(ちょーシンプルだな)
シンプルだけどなんの手掛かりも無い今では、そうするしかないか。
もしかしたら、西にエルフの住める国があるかもしれないという希望もある。
(途中エナルプの村があったら潰せばいいし)
(いや、こえーよ)
人間に対するリアの思考は相変わらず過激だ。しかし、今の暗中模索が続く状況では逆にそれが安心感を与えてくれる。
というわけで、俺たちは西へと進んでいくことにした。
木の上に登って西側を見る限り、この山脈は相当深いようだ。正確な地理はやはり分からないし、方角もリアの野生児感覚が無ければすぐに分からなくなってしまう。
食料や寝床を探したりしなければならない今、西端につくのはきっと月単位では済まないだろう。それでも、とりあえずだとしても、目的地があるというのは、精神的に助けられるものがあった。
しばらくの間、食料を探しながらひたすら西へと移動する日々が続いていた。
移動の間、基本的に身体の操縦は主に俺に任され……というよりも押し付けられていた。
(リアさんそろそろ身体代わってくれませんかね)
(あー、ごめん。今『モモイロの詩』の記憶見てるから)
(……そっすか)
リアはというと、ひたすら内側に引きこもって俺の記憶を漁るか魔法の開発をしている。
(エロゲとかラノベの記憶って情報量が多いから追想に時間がかかるんだよなぁ……)
意外にもリアは俺の世界の二次元コンテンツに大きな関心を示した。その中でもエロゲーは記憶視聴率が50パーを優に越えてくる。攻略したヒロインはもう100人以上。自分の姉がその枠にいることが、やはりこの異常な関心の源流なのだろう。
(『モモイロの詩』グランドエンディング見終わった。名作だった……)
(おっ、やっぱりそう思うか?)
(なんというかシナリオにガツンとくるメッセージ性があって――)
細かいことはわからないけれど、こんな感じで記憶を見終わった後に感想を言ってくれるのが地味に可愛かったりする。
(ちなみに続編の『モモイロの刻』が──)
(え! あんの!? 見たい! 見たい!)
(俺が死んだ2か月後に出る予定だったんだ……)
(そ、そんなぁ……)
こういう事故もありつつ、今日も俺たちは一人だけどワイワイやりながら深い山の中を進んでいく。
(お、鹿発見)
木々の間を縫うように、一筋の細流が流れている。一頭の鹿が美味しそうに水に口をつけていた。基本的に静かな山だけど、水辺があると稀に動物を見かけることもある。
(っしゃ、今度こそ仕留めるっ!)
(ミナト、爆破魔法は使っちゃだめだからね!)
(わかってる。あれは遠くからだと範囲指定が難しいし、当たったとしてもグチャグチャになるからな)
鹿とのエンカウントは初めてでない。一度目は近づきすぎて逃げられ、二度目は爆破魔法で木っ端微塵にしてしまった。そして、これが三度目の正直だ。
(早速だがアレを使うぜ)
こんな時の為にと、つい先ほどリアにスキル化してもらっていた魔法があった。
(よーし、気づいてないな……いくぞっ!)
タイミングを計って、鹿に向かってスキルを発動。
ビィィィン!!
鹿の首を横切るように水の線が走る。そして次の瞬間には鹿の頭がゴロッと転がり落ちていた。
鹿の赤い血が細流を染め上げる光景を見届けて、俺は仕留めた獲物に近づいた。
(ひぇっ、成功したのはいいが……中々えげつないな、これは)
使用したのは、ウォーターカッターのスキル。名前の通り、水圧を利用したカッターだ。工業用で水を利用して物を切断する機械があることを知ったリアが、俺の記憶を元に開発した魔法である。
このように大変殺傷力の高い魔法であるが、一方で狙いは難しく魔力消費が大きいという欠点がある。そりゃあ本来数センチの距離間で使うようなものを魔法でごり押してビームみたいな使い方しているんだから仕方がない。まあ、今の俺たちの魔力量であれば致命的な魔力食いというほどではないが、貧乏性のリア的にはあまり納得の出来ではないらしい。
(とりあえず死体を処理するか……あれ? 何をどうすれば?)
獲物を確実に仕留めたはいいものの、その後の事はあまり考えていなかった。
確か、血抜きが必要なんだっけ。で、どうやって抜くの?
(リア、助けて)
(……ウキウキで狩るもんだから知ってるものかと)
(そんな頼りがいのある人間じゃないって記憶見てれば分かるだろ?)
(偉そうに言わないで……まあいいや。断面を下にしてどこかに吊り下げればいいんじゃない?)
そんなアドバイスと共に、リアのパパが嬉しそうに自慢しながら獲物を木に括り付けている映像が浮かぶ。……が、興味が無かったのか、リアの視線はすぐに他所の方向へ移る。お前も大して知らないんじゃん。
その後、リアの記憶を漁るも肉の処理に関する知識は得られず。もうこうなったら、とにかくなんでもやってみようの精神で獲物と向き合う。
リアパパの如く、とりあえず適当にその辺の木に死骸を吊り下げ、流水を浴びせたりして血が落ちきるのを待つ。うわぁ、辺りが真っ赤だ……。
んで、使えるのは肉と皮? あれ? でも皮って鞣しが必要だって聞いてことがある。俺そんなのできないし、じゃあ皮は捨てるか。
血が落ちなくなった鹿を地に下ろし、用意していた石ナイフで腹に切り込みを入れ……られない。
(リア、お前の身体貧弱すぎるだろ。全くナイフ入らんぞ)
(いやそれナイフが悪いんでしょ)
(そんなこといって……うぎぎぎぎぎぎぎぎ)
めちゃくちゃ力を籠めてようやくプスリとナイフが入った。しかしそれからスルスル切れるわけでもなく、何度もガスガス石を動かしていたら手が痛くなってきた。
(やってられっか!)
もう面倒なので、結局ウォーターカッターを使って肉を切ることにした。その結果、肉も自分の体もビシャビシャの血まみれ。何でも豆腐みたいに切れて楽だけど肉の解体には向かないようだ。
それでも頑張った結果、今俺の目の前には努力の結晶がある。解体する前と比べてかなり体積が減ってしまっていたけれど、リア一人なら一週間食い続けても余るほど量はあった。
(あれ、今回はミナトが食べるの?)
(たりめぇよ。ずっと虫ドングリ野草河海老ばっかり食わされてたんだ。こんな美味そうな肉見せられて辛抱できるか!)
(うわテンションたか)
いつもはリアが虫やドングリを作業のように食べて、中で俺が嫌がっている図であったが、今日は違う。折角の肉は自ら味わって食いたい。
その辺にあった手頃な大きさの石をウォーターカッターで平面に加工し、火魔法で石焼を作る。その上にカットしたバラ肉をじゅー。火力は申し分ない。木の枝を加工して作った箸で肉をひっくり返すと、綺麗に焼き目が付いていた。こんなん絶対美味いですやん。
「よし、それじゃあ、『いただきます』」
アツアツ石の上で踊る肉を前に両手を合わせる。
(さっき、食べる前に言ってた『いただきます』ってなんなの? エロゲの中でも言ってたけど)
(リア、これは重要な儀式だ。『あなたの命を使わせていただきます』って、この肉となった鹿くんに対する感謝、自己満足だけどな)
(ふーん)
わかったような、そうでないような曖昧な感じ。
ウチは母親が礼儀作法なんかにうるさくて、食事の前に手を合わせるのを忘れると本気で頭をシバいてくるような家だった。多分リアもその記憶を見ればわかるんだろうけど、今はそっとしておく。母親と離れ離れになった彼女に対して、そのお節介はちょっと酷だろうから。
で、肉はというと。
「美味! い?」
美味い……のだが、獣臭さがなんとも。なんというか、反応に困る味だった。あんなに頑張ったのに……!
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