第6話 魔法があってよかった
空腹がある程度収まった後は身体を綺麗にしよう、ということでリアに魔法でお湯の玉を目の前に浮かべてもらった。
今のこの身体はもう土埃や汗でぐっちゃぐっちゃ。臭いも自分で眉を顰めるレベルだ。現代日本人として、この状況は耐え難い。
麻の布を縫い合わせて適当に穴開けましたと言わんばかりの、いかにも粗末な服を脱ぐ。その下にはあまりにも平坦な胴体があった。正直、14年生きた身体ではないなー、という感想だ。
リアの記憶によると、一般的な人間よりも長い寿命を誇るエルフという種族は、大体二十歳でその成長を止め、その後長い間の停滞期に入る。つまり、成長の速度自体は一応普通の人間のそれとは変わらない。
(リア、これからは飯いっぱい食おうな)
(いやタンパク質いっぱい食べてたでしょ?)
(ほとんど虫じゃん! もっと肉をだな)
リアの記憶を見てみると、ほとんど狩猟民族であったエルフは主に木の実や獣を狩って食っていた。だからリアの食卓にも肉はよく出ていたはずなのに、あんまり食べていた記憶が無い。
まあ昆虫の栄養を無視することは出来ないが、もうちょっと色んなものを食べてもいいんじゃないかな。……俺が虫を食べたくないのもあるが。
まあ、それは今さておき。
(いいから風呂だ風呂)
(面倒くさいなあ)
リアは女の子の癖に、身綺麗にすることを面倒がる。軽くエルフの村での記憶を遡ってみると、水浴びすることすら稀でよく姉や母から怒られていた。
そんなやる気のないリアの代わりに、俺が操縦権を得る。
(頭から洗うぞ)
肩まで伸びた髪の毛先をお湯の玉に入れてみると……。
「うおっ」
ドロリ、一気にお湯に汚れが溶けていく。これは相当汚れが溜まっているな。
頭から湯玉に突っ込み、息が続く限り水中で頭をクシクシと洗う。
息が辛くなって、一度頭を引っこ抜いてみると。
「うわっ、きったねぇ!」
思わず声に出してしまった。まあそれも仕方ないだろう。なにせ、お湯玉が泥玉になっていたんだから。
(ずっと水浴びしてなかったからねぇ)
(いやそれでもこんなになるか? 普通)
(わたしにかかればこんなもんかな。昔、川の水めちゃくちゃ汚して怒られたことあるし)
(なぜ得意げなのか)
昔の記憶を見ていてわかった。コイツは汚れ好きというよりは、ずっと身綺麗にすることに対して割り当てられる関心が極端に少なかったのだ。水浴びも母か姉に言われるまでしない。半月顔を洗わないこともあったようだ。その理由は、今も昔もリアの関心の殆どが魔法にあるからだ。
だがしかし、俺がこの身体を共有している以上、これからはあんな引きニートかもしくは仙人みたいなライフスタイルは許さない。
泥水になった湯玉は速攻で捨てさせて、新たに湯玉を作り変える。そして、もう一度頭を洗うのだが、またすぐに泥水になってしまった。
これはシャンプーが欲しい。だが、そんな便利なものがあるはずもなく、もうこうなれば湯シャンを極めるしかない。とことんやってやる。
ということで、何度もお湯を作り変えては髪を洗うことを繰り返す。そしてお湯が汚れなくなった頃、リアはようやくスーッと手櫛が通るまでの髪質を取り戻したのであった。
(うわぁ、久々に元の髪色見たよ)
(だからなんでそんな興味薄いんだよ。こんな綺麗な色なのに勿体ない)
洗う前は土埃や皮脂汚れなどでセメントみたいな色をしていたリアの髪は、今や紫がかったプラチナブロンドに輝いている。
ウィッグでは見られない生きた髪の艶が綺麗だ。そして、心なしか頭も軽く感じた。
この勢いで身体も洗ってしまおう。
お湯の玉に身体ごと突っ込み、頭だけ出した状態になって手で全身を擦る。それからはもう頭と同じ流れだ。汚れが出るわ出るわ。何か月分かも分からないほど、泥や垢などの老廃物が剥がれていく。
(リア、背中に水流を当てられないか? こんな感じで)
背中に手が届かなかったので、ちょうどいい魔法がないか聞いてみる。とりあえず思いついた、銭湯でジェットバスに入った時の記憶を見せた。
(ほうほう。なるほど、水を一定の方向に噴出させる……か)
なにやら考え込んだ後、リアは操縦権を取り戻し魔法を使った。これは……ああ、なんか凄い背中に当たってる。
(どう? 念動力で水流を作ったんだけど)
(うーん、気持ちいいんだけど、もうちょい流れを細くできないか? 勢いは落とさずに)
(もっと細くね)
背中のスポットにかかる圧力が増していく。
「ひゃはっ! 凄いよこれ!」
突くような感覚にリアは思わず声をあげた。ジェットバスのような水の動きは自然界ではまず見ないものだ。それ故にリアとしてはそれが新鮮だったようだ。
洗車機みたいに強い水圧で身体が洗われる。これだよこれ。少しこそばゆいが、自動で身体が綺麗になっていくのがわかる。これが人間洗濯機か。もう現代日本越えだよ。
(なるほど、面積が変わると圧力も変わるんだ。これは色んな魔法に使えるね)
最初はあまり積極的でなかったリアも、いつの間にか風呂を楽しんでいた。いや、風呂というか、魔法の方か。なんにせよ、これからは毎日入ってもらわなければ俺が困る。
(よしよし、じゃあ次はこの服を洗濯しよう。俺が住んでた世界には洗濯機という便利な道具があってだな──)
そして、どんどん俺の記憶を吸収して、このサバイバル生活のクオリティを上げていってもらいたいものだ。
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