第5話 これから

 暗闇の山道を歩き続けて、数時間が経った。もうとっくに投光器の光は見えないし、人の声も聞こえてこない。


 もうそろそろ大丈夫だろうと、俺たちはここで一休みすることにした。


(うう、寒いな)


 肌を撫でる風が冷たい。季節はもう冬を迎えようとしていた。


(これからもっと寒くなるってのに、こんな山の中で生きていけるのかよ……)

(そこで魔法ですよミナトくん)

(リアお前、魔法が自由に使えるのが本当嬉しいんだなあ)

(うん。実は今人生で一番ワクワクしてる)


 元気な事だ。アドレナリンの切れた俺は今、とてつもない不安に押しつぶされそうだというのに。


(ミナトは元気ないね。折角自由になれたのに)

(先行きが不安でなぁ。それとまあ、アレの事が頭から離れなくて)


 俺が思い浮かべるのは、あのゴンゾとかいう爆死した男の事だ。ヤツが死んだ光景はすっかり脳裏にこべりつき、しばらく離れることはないだろう。


 別にあの男に特別情があったわけではない。単に、俺は人を殺めた経験がなかったのだ。いや、あった方が怖いが。


(悪人だったら、もうちょい気持ちの整理がつくんだろうけど。あの人けっこういい人っぽかったからな。リアに暴力振るわなかったし、飯食わせてくれようとしてたし)

(でもエナルプじゃん! 間違いなく敵!)


 リアは結構過激な思考の持ち主だった。いや、まあ仕方ないか。記憶を共有しているから、その恨みや辛みは痛い程わかる。


 ちなみに『エナルプ』とは、リアたちが使う言語における一般的な人間種を指す言葉だ。特徴のない者という意味がこめられている。リアにとってそれは憎むべき相手の蔑称となっていた。


(でも俺だってそのエナルプだったんだが)

(ミナトはエナルプじゃないよ。だって異世界の人間なんだから)

(そんな認識でいいのか)

(まあそれはともかく、今度エナルプを殺す機会があっても、ミナトは手を汚さなくてもいいよ。私がやるから)

(いや、お前が汚したら自動的に俺の手も汚れるんだが)


 そんな殺伐としたやりとりをして、話題は本題に移る。


(しかし、そろそろ本気で身体がキツい。どこかねぐらを探さないと)

(よし来た任せろ!)


 得意げにリアが操縦権を取り戻すと、何かを探すように辺りを見回した。


(あ、いいのあった)


 ててて、と駆け寄ったのは、見るからに樹齢の長そうな巨木だった。


(木の上か? 流石エルフって感じだな)

(いや、違うけど)


 言いながら魔法を発動。地表に露出していた巨木の根元辺りがボコボコと隆起し始めた。するとその下の土がかき出されるように溢れてくる。そして、ものの数分で大きな穴が出来上がった。


(よーし完成!)

(え、なにこれは?)

(なにって、ねぐらだけど?)

(熊の巣穴かよ!)

(なによー。即席なんだから雨風しのげればそれでいいでしょ?)

(いや、文句は無いんだが……こうなんといったらいいのか……)

 

 まあこの大きさの穴をあっという間に作ってしまうのは流石としか言いようがない。しかも、ご丁寧に穴は木の根っこによっていい感じに隠されていた。


 穴に入ってみると中は意外に暖かい。しかし、土の臭いは何ともしがたい。こんな所で寝ようとしているんだから、俺たちはもう紛うことなき野生動物だ。


 とまあ、文句を言いいつつも、サバイバル方面で俺は全く役にたたないのでその辺はリアに任せるしかない。


 少なくとも安全性は高そうだもんな、この穴熊囲い。


 と、今はそれよりも眠りたい。今日あった戦いだけではなく、抑圧されていた日々の疲労が一気に押し寄せてくる。勿論、リアも同じ感覚だった。崩れ落ちるように穴の中で横になった。


 そして、速攻で眠りに落ちる間際。


(ミナト、私の所に来てくれてありがとう)

(こっちはまだ何が何だかわからんけどな)


 あー、このまま寝て起きたら自宅の布団の中にいたりしないかな。






 目を覚ますと、真っ暗な空間にいた。


「あれ、ここどこだ……?」


 寝ぼけた頭でいると、天井からパラパラと何かが降ってくる。


「うえっ!? なんだこれ!? ぺっ! ぺっ!」


 口の中まで入ってきた。吐き出してみると、それは土。ということは……。


「夢じゃなかったんかい」


 自分の口から少女の声が出ている。うーん。


 耳をもみもみしてみる。耳の軟骨がいつもより上方向に大きくて違和感がある。さらに身体はやせっぽちのお子様仕様。


 眠っていた穴から外に這いずり出る。外は明るくなっていた。というか、お日様は完全に登り切っていた。


「もう昼じゃ──」


 そう呟こうとして、途中で言葉が途切れた。


「あれ、外?」


 操縦権が切り替わったようだ。


(おはようリア。ごめん先に身体使ってた)

(ああ、そういうことね。私は別に気にしないよ。というか、目覚めるのは別々なんだ)

(よくわからんな)


 その辺は要研究ということで。


(うぅ……お腹へったぁ)


 眠気と疲労がある程度とれて誤魔化しが効かなくなったせいか、ぎゅるぎゅるお腹が鳴き始めた。


 ということで飯にしよう、と言いたいところだけが。


(飯イズどこ)


 見渡す限り土や植物だらけ。どこかにコンビニかファミレスはないのかな? ……現実逃避はやめよう。この危機的状況を受け止めるんだ。


 水は魔法でいくらでも出せるが、食べ物を作る魔法なんてない。


(ごはんならそこら中にあるよ)


 そんな中、リアは地面を漁り出した。


(え、お前そんなん食うの?)


 リアの手は一粒のドングリを摘んでいた。


(逆にミナトは食べないの?)

(食わねぇよ!)

(ゲームしながらアーモンドとか食べてたじゃない)

(木の実ってカテゴライズしか合ってないぞ)

(でも、故郷ではよく食べてたよ)

(本当か?)


 縄文時代じゃねーんだぞ、と言おうとして、ふと脳裏に情景が蘇る。


『お姉ちゃん、これ美味しいね』

『ああ、リア。焼いてそのまま食べてもいいが、製粉してパンに混ぜても美味しいぞ』


 姉妹で美味しそうに煎ったどんぐりを摘まむ記憶が確かにあった。


(リア、あそこにも落ちてるぞ)


 ここは飽食が日常と化した日本ではない。そりゃあ食文化だって違う。一々文句言っていたら、ここでは生きていけない。


 俺自身の不平不満は出来るだけ抑え込むようにしよう。それが身体を間借りしているだけの者として、当然のことだと思った……のだが。


(いやいやいや無理だって! こんなもん食えるか!)

(ミナトさぁ……好き嫌い多くない?)


 目の前には白い体にこんがりと小麦色の焼き跡をつけた――。なんのかは知らない。火魔法で焼きいれる前は元気にうねうね動いていた。


 流石にこれは無理だ。最早好き嫌いとかいう問題じゃない。食ってるってバレたら友達無くすレベル。


(ちなみにこれもエルフの村で食べてたよ。記憶を見てみて)

(いやです。死んでも見ない)

(頑なだなぁ。美味しいのに)


 リアは遠慮なく木の枝にぶっ刺した虫を口に運んでいく。勿論、身体の操縦権を持たない俺にはそれを止められるわけもなく。


(うわぁ……なにこれ、ぶにゅぶにゅしてる……ヴォエ!! 何かシャリシャリしてるんだがぁぁぁ)

(うん、クリーミーで美味しい。土っぽさがいいアクセントに)

(お願いします、リアさん。鼻摘まんで食べてください。キツすぎる)

(いやです。たんと味わいなさい。って、あれ? なんか吐き気が……)


「うえっ」


 俺の精神がリアの身体に影響を与えたのか、リアまでえづき始めた。


(なんで私まで吐きそうになってるの……?)

(身心相関ってやつか。同居してる俺がそうだから)

(ハァ? じゃあミナトの嫌悪感がなくなるまでずっとこのままってこと?)

(そうなるな)


 残念そうにリアの眉が下がった。どんだけ好きなんだ。


(なら慣れるまで食べまくろう)

(マジで!?)


 だからこそ、引き下がらないリアだった。


「乱獲だぁ!」


 魔法であちこちの土を堀りおこし幼虫を獲りまくる。そして、何度も吐きそうになりながら虫を食べまくった。


 結果、頑なに吐き気が収まることはなかった。

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