第4話 闇への逃亡
それからまた時間が経って荷馬車が動きを止めた。ここ最近のリアの記憶からして、今日はもうこの辺りで野営にするのだろう。火を起こして、簡単に夕飯を食って寝る。それが、ここ数日の男たちの夜のルーティンと化していた。
夕食の間、リアは不用心にも木箱の中に放置状態となる。本日もそのようになるはずだった……が。
「おいこらガキ。今晩はお前も飯食うか~」
突然、木箱の蓋が開け放たれた。それと同時に仄かにアルコールのにおいが鼻をつく。
(え、なんで……?)
(酔ってんのか? 予想外の行動すんなよなぁ)
心の中で毒づきながらも、今は不審だと思われないように大人しくするしかない。今のリアのようなガリガリにやせ細った子供が食事を拒否するのは変なので、俺は首を縦に振った。ちなみに今身体を動かしているのは俺だ。リアが魔法開発に集中する為だった。
「おし、じゃあ食わせてやるよ……っと、お前軽いなぁ」
男の一人がリアの身体を抱き上げ、馬車から下ろした。
手枷の魔封じがダメになっているのがバレないか、気が気でなかった。手枷には見かけ上の変化は無いが、見る人が見れば違いがわかるかもしれないから。
だが、俺は予想外の指摘を受けるのであった。
「ん? あれ? 確か、ソイツって≪黒≫だったよな?」
焚火の番をしていた男がこちらを見て言葉を漏らす。
その瞬間にして、俺は自分の失敗を悟った。
(しまったぁ〜! 完全に忘れてた! 魔力が増えてんだからそりゃあそうだよなぁ!)
「おーん? そりゃそうだろ、だから俺らみたいな低級が護衛してんだろ」
魔法位という魔力的格付けは見た目に変化が現れるのだ。≪黒≫なら黒目、≪紅≫なら赤目、そして≪黄昏≫なら橙色という風に、この世界では人間の瞳の色がその魔法位と明確に関わってくる。
≪黒≫のリアの魔力が増えてもっと上の魔法位に変わっていたなら、瞳の色も変わるのは当然の流れだ。なぜその事に気がつかなかった!?
(どうする!? どうやって誤魔化す!?)
完全にパニックになってしまい、立ち尽くしてしまう。
「ちょい見してみ?」
男の手がリアに伸びてくる、その瞬間だった。
身体の操縦権が強制的に切り替わる。それと同時に目の前の男が──爆ぜた。
「かはっ……!」
近くにいたリアも当然無事であるはずがない。爆風によって思い切り吹き飛ばされ、大木に身体を打ち付ける。だが、リア自身が爆発に巻き込まれたわけでないので致命傷はない。ヨロヨロだがなんとか立ち上がる。
腕の拘束具はいつの間にか無くなっていた。リアが魔法で外したのだろうか。
(リア! 一体なんなんだ!)
(ミナト! 身体代わって! とにかく逃げて! わたしは魔法作る!)
(はぁっ!? 今から魔法を作るって!?)
(いいから!)
今はそうするしかない、と身体の操縦権を預かり歩き出す。しかしこの身体はボロボロで、更にずっと木箱に詰められていたこともあって思うように歩けないでいた。
それに。
(前、なんも見えねぇぇぇぇぇ! 怖ぁぁぁぁぁ!)
俺は完全に陽の落ちきった山中という真の闇に立ち入る恐怖と対面していた。
「ゴンゾォォォォ!!! 大丈夫か!?」
「ダメだ! 爆発でグチャグチャになってる!」
「クソっ! おい、あのエルフはどこ行きやがった!?」
男たちの叫ぶ声がこっちまで聞こえてきた。そうか、あの人死んだか。だが、今はこれ以上気にしている余裕はない。
「おい、あそこから音がするぞ! クソ、見えねぇ」
「絶対逃がすな! 投光器を出せ!」
ゲエッ! そんなもんがあるのかよ! こっちはゾンビみたいにヨロヨロ逃げてんだから、大人が本気で追いかけてきたら、ものの数分で捕まってしまう。クソっ、どうすれば。
(ミナト! さっきの爆破の魔法、『スキル』になってるから使って!)
(はぁっ!? あれをまた打つのか!? 要領がわからんぞ!)
(当てなくてもいいから! 行き先だけ誤魔化せればいいの!)
(音姫かよ! でも、なるほど賢いな!)
どっかーん。感心しながら、爆破魔法を打つ。使い方はさっき身体で覚えた。
何度も何度も魔法を打ち続ける。投光器の光と自分の対角線上ではなく、敢えて外した頓珍漢な方向に。草木をかきわける音と、こちらの進行方向を誤魔化すためだ。
それが功を奏したのか、男たちの声は歩みを進める度に小さくなっていく。
あと問題なのは、この闇だけだ。本気で前が見えないので、先ほどから手探りで前を進んでいる。
(ミナトお待たせ! 暗視の魔法できた!)
(なにぃ!?)
あの短時間で魔法を作ったのか。またまた感心しながら魔法を使う。すると、今まで真っ暗で何もわからなかった視界の輪郭が突然はっきりした。
(鮮やかではないけど、しっかりと見える。これはすごいな)
(捉えた僅かな光を何倍にも増幅して見えるようにしてるの! 自分でもこの短時間で出来ると思わなかった)
(お疲れさん……って、うおっ! こっち川じゃん! もうちょっと魔法出来るのが遅かったら、落ちてたぞ!)
奇跡が起きたことに気分を高揚させながら、俺は獣道を進んでいく。とりあえず、行き先は小さく見える光とは反対方向。油断は全くできないけれど、逃げ切れるかもしれないという希望はこの暗闇の中で俺とリアを支えるのだった。
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