第3話 魔法

(どうだ?)

(うん、いける。いけるよ!)


 今、木箱の中ではくるくると下から上へ向かう空気が流れている。一応、木箱には酸欠防止の為か、こぶし分程の穴が空いていた。しかし、このつむじ風を起こすほどの要因にはならないだろう。


 これは魔法によって引き起こされた風だ。勿論行使したのはリアである。


(凄い! ミナトがわたしの中に入ってから、魔力量がめちゃくちゃ増えてる!)


 風魔法を行使しながらリアは凄く嬉しそうにしていた。


 リアの魔法位はほぼ最低の≪黒≫。記憶を遡って見てみると、彼女はこの低い魔法位のせいで一族が使用する色々な魔法を諦めなければならなかった。それが大変悔しかったらしい。そして、どうにかして魔法を使いたいと、リアは魔力効率のいい魔法を自ら開発していた。


 そんな魔法に対する向上心の枷となっていたリアの低魔法位であるが、今は俺がリアの中にいるせいで状況は丸っきり変わった。


(お母さんが言ってたんだけど、魔力は人の魂から生まれるものらしい)

(ああそれ、ゲーム本編でも言ってたな)

(つまり、今のわたしはわたしとミナトの二人分の魔力が使えるってこと)

(なるほどな。だから、俺が入ったあとに手錠が外れたんだ)


 地べたに転がる枷を見る。記憶によるとこれには装着された者の魔法を封じる能力があるらしい。


 装着時に外部から魔力を与え、枷は拘束された人間の魔力を掌握する。そして、その魔力を無理やり外部に発散させることで魔法の行使を防ぐことができるらしい。


 仕組みを聞くと凄く効率的な道具に思えるが、問題は外部から加える魔力量にあった。というのも、外部から込める魔力は、掌握できる魔力よりも多くなくてはならない。もし装着時に魔力総量が増え、送り込まれた魔力をオーバーしてしまったその時は……。


(機能停止してる。これはもう使い物にならないね)

(じゃあつけておいても安全だな)


 ぶっ壊れてしまえば、ただの枷にしかならない。今のリアならば魔法で無理やり外せるらしいので、また嵌めておく。外の男に魔法を使えることがバレたら困るからな。


 さて魔法の練習もいいが、今一番先に決めなければいけないことは「いつ」仕掛けるかだ。


 俺たちは、早い段階で逃げることを決めた。今、荷馬車は山の中を走っているようだが、もしこのまま街などに着いてしまうと逃亡の難易度は格段に跳ね上がる。基本的に人がおらず、子供が一人紛れても見つかりづらい山の中にまず逃げるべきだ、と俺は判断した。


(逃げるならやっぱり周りが油断しがちな野営中か……)

(それって夜? 夜はまずいよ。何も見えないし。山の中でそれは危険すぎる)

(なら光魔法で……って、そっか、暗い中でそんなの見つけてくださいって言っているようなもんだな)

(うん、だから早朝がベストかも)


 リアの意見はもっともだ。


 というわけで俺たちは朝に仕掛ける算段となった。現在の時刻はだいたい昼過ぎ。朝を迎えるまでは、新しい魔法の開発など、出来る事を増やすという作業に入るのだった。






 俺がリアの身体に入ってから数時間、色々な事を試した。


 その結果、俺がリアの身体を動かすことが出来るとわかった。


 そうするには2つの条件が重なり合う必要がある。リアが身体を明け渡そうとする意志と俺が身体を動かそうとする意志。その双方のタイミングが重なり合った時、俺がリアの身体の操縦権を得る。


 逆に操縦権を返すにはリアが身体を動かしたいと思うだけでいい。そこはリアの身体だからリア優先という理屈だろう。


 また魔法に関しての準備も進んでいる。


 リアは魔法位が低いなりにどうにか魔法を使いたいと、もっと幼い頃から試行錯誤を続けた結果、魔法を自作するのが得意だった。


 俺も魔法を作る工程を感覚として味わっているが、リアの記憶を以てしてもそれは難しいものであった。


 魔法を一から作るという行為は、言うなれば、言語化出来ない意志を第六感を用いて規則的に組み上げるという、おおよそ凡人が理解できないシロモノであった。


 じゃあこの世界の魔法使いは皆そんな人間離れしたこと一々しているのかと言えば、決してそうではない。


 一度作り上げた魔法は何度も行使している内に身体へ定着し、『スキル』となる。『スキル』となってしまえば、以降はパラメーターを与えるだけで簡単に魔法を使用することが出来るのだ。そして、不思議なことにこの『スキル』というものは、他人に伝えることができる。


 魔法使いは著名な魔法使いに弟子入りして、何とかそのスキルを得る場合が殆ど。だから実際の所、世の中の殆どが「魔法使い」というよりも「魔法スキル使い」と言った感じであった。ちなみにこれはエロゲ本編の情報。


(この風魔法はわたしが家族から伝えられた唯一の『スキル』なんだ。まあ出力不足でそよ風が限界だったけどね)


 木箱内に爽やかな風が吹いた。


 リアはこの『スキル』をリバースエンジニアリング的な要領で解析し、得た知見を元に小さな魔法をいくつも開発した。まあ彼女が言うように、出力が小さいので使い物になるものは少なかったが。


(ふふふ……まずはここをこうして)


 そんな暗澹たる過去を晴らすように、リアは新しい魔法を開発している。何でも燃費よりも効果を優先したものを作りたいらしい。話を聞いても何も理解できなかったので、俺は周囲の観察をすることにした。


 木箱に空いた穴からは赤らんだ空が見えた。もうすぐ日が暮れる。そろそろ朝の決行に向けて身体を休めないとな。


 しかし、魔法作成に夢中となったこのリアをどうやって休ませるかそれが問題だ。そんな事を考えている俺はまだまだ楽観的だった、とこの後思い知らされることになるのであった。

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