私だけの美しい獣に愛される話

川木

美しい獣

 私がこの世界に来たのは、私がまだ平凡な中学生だった時だ。家に帰る途中、ふいに足元が揺れた。驚きながらしゃがみこんだ次の瞬間、知らない場所にいたのだ。

 森の中をさまよい歩き、なんとか見つけた洞窟の入り口で夜をこそうとした。その洞窟は苔だらけで、その苔がかすかに光っていて足跡もなかったので、獣が来なさそうな気がして少し心強かったからだ。心細さを紛らわすように冗談交じりに火よつけー(つかない)なんてしてると頭の中に響くような声がして私を呼んだ。

 逃げ出そうとしたけど、その声が何だか妙に寂しそうで悲しそうで、自分を重ねた私は洞窟の奥へと足をすすめた。

 そこで声に導かれるまま大きな何かに触れた私は、その声の、昔悪さをして封印されてしまったと言う大きくて真っ黒の獣の封印をといてしまった。だけどその獣は本当に反省していたようで、お礼に私を助けてくれることになった。


 洞窟の出口まで歩きながら考えて、その獣に私はルナと名付けた。洞窟の暗闇よりなお黒いその体に反して輝くその瞳はお月さまの様だったから。


「ルナ、か。うむ。よかろう。これからはシノが死ぬまで、私が助けてやろう。感謝しろ。この私が寵愛をそそぐ相手は、そうおらんからの」


 洞窟から出て月光に照らされたルナは、大きな四足の狼で、きっと洞窟の中じゃなくてその姿がはっきり見えていたら怖くてとても会話できなかっただろう。でも言葉を交わした後となってはルナの姿はただ心強く感じられた。


 そうして私たちは出会った。ルナは何年も封印されていて地理も分からないと言うことだったけど、匂いで人里を探してくれて、車のように大きなルナの背にのせてくれて翌日には街にたどりつくことができた。

 言葉が通じないのはびっくりしたけどそれもルナがなんとかしてくれたし、騒ぎになるからと少し手前の時点で私の陰にはいっていたので普通に街にはいることができた。

 中学からの帰り道だったので大したものは何も持ってなかったけど、ルナが少なくとも昔はこれを人間がありがたがっていたと教えてくれた洞窟にあった苔を採取していたのでお金になり、食事にもありつけて私のサバイバル生活は一日で終わった。


 それからルナの通訳を通してだけど現地について情報収集をして、何の身分証もない怪しい旅人の私でもお金儲けをできる方法と言うことで、森とかに出てそこの魔物を狩ったり、珍しい植物や鉱物などをとって売ることで生計をたてることになった。

 帰るのは諦めるしかなかった。ルナに質問したところ、数百年に一度の頻度で世界同士がぶつかって一瞬ひびわれのような微かな隙間がつながってしまい、世界を行き来してしまうことがあるらしいとのことで、意図的に世界を選んで帰るなんて不可能だった。


 それに最初についた街でブラッシング用のブラシを買って、宿屋の中で陰から出てきてもらったルナを綺麗に洗ってブラシをかけて、甘えた声を出してくれる可愛いルナの鼻先を撫でると私の居場所はここなんだなって素直に思えた。

 ルナがいてくれたから異世界で生きることができたのは間違いない。ルナが恐い魔物を倒してくれたし、ルナの魔法でたくさんのことを助けてくれた。ルナが毎晩一緒に寝てくれるから、悲しみにとらわれずに前向きに生きることができた。


「なにをそんなに不安そうにしておる。そんなに嫌なら逃げればよかろう? 私の足なら簡単なことだ」

「そう言う訳にはいかないって。嫌だけど、嫌じゃないって言うか……褒められにいくわけだし」

「ならば堂々としておれ。どうせ会話は私がするのだから」

「そうだけどさぁ」


 そんなこんなで私とルナの日々はもう二年になる。私たちは大変なこともあったけどそれなりに平凡に、ほどほどに活躍したりしてその街になじんでいった。やっぱり通訳だからか会話が変な感じになることもあるし、あんまり仲良しな人はできなかったけど、馴染んだ宿の人もいい人だし、なによりルナと一緒なら楽しかった。

 だけど先日、この街に迫る大きな恐竜のような魔物をルナが倒してくれたことで、なんと王様にあって直々にお礼をもらうことになってしまった。


 不安すぎる。ルナに色々聞いてもらったけど礼儀作法はよくわからないままだし、そもそも言葉がわからないからこそ余計に不安だ。

 一応、粗暴な冒険者と言うことで作法は気にしないと言う言質はもらっているし、すでに宿に迎えにきてくれた馬車に乗って向かっているわけだけど、あー、もう。小さくなってくれているルナを抱きしめてなかったら馬車の中をうろうろしてただろうくらい不安で仕方ない。


「安心せよ。私がいるのだから、シノに危険はない。嫌なことを言われたら、私が皆殺しにしてやろう」

「そう言う過激なこと言うから余計不安なんだけど」


 ルナは絡んできた人も追い払うだけだし、少なくとも私と出会ってから人を殺したことはないから、私を元気づける軽口なのはわかってる。だけど実際手は早いんだよね。それにちょくちょく顔をだして歯を見せて脅して遊んだりもするし。見慣れるとそう言うとこも可愛いんだけどさぁ。はー。無事に終わりますように!


『ではこちらへ』

『うむ。よかろう』「シノ、中にすすんでよいぞ」

「う、うん」


 お城の前の大きな門の前で馬車がとまり、ドアが開いてずらっと人が並んでいる。びびる私に、何か声をかけられたのにルナが通訳して促してくれる。まあ今のはさすがにそうかなとは思ったけど。

 門をくぐり、案内されるままお城の中をすすむ。どこを見ても、ザ城。と言う感じだ。魔法がある世界なので文明の発展が私の居た世界とは違うけど、似ているところもあって、お城の中は普通に豪華なお城って感じだ。

 そしてそのまま真っすぐ案内され、お城の中でも大きなドアの前で案内した人が横にどいてしまう。この中に王様がいるので、扉が開いたら入るようにとのことだ。

 き、緊張する。いつ開くんだろう? と思っているとすぐに開いた。両開きの扉が同時にごごごっと開いて、赤い絨毯がのびて先の方に段差があってその上に王様らしき人が椅子に座っている。


「失礼すまーわっ!?」

『何事だ!?』


 緊張しながらもなんとか足を動かし部屋に入ろうとした、その瞬間、ばちっと強い静電気のようなものを感じて私は後ずさった。陰から飛び出したルナがぐるるるとうなりながら現地の言葉で何かを言っている。

 他の人への会話は脳に直接、じゃなく普通に発声しているらしく、私がわからない言葉なんだよね。ルナの言葉だけでもわかればいいんだけど、分からないから不安でついルナに抱き着いてしまう。


『失礼しました。事前に確認すべきでした。影の中に契約獣をいれられているのでしたね。申し訳ございませんが、謁見の間への武器の持ち込みはご法度。この場に出してお一人ですすんでください』

『なに? 契約獣は物ではなく生物だぞ』

『人以外の四足の獣が王へ近づくなどあり得ません。恐れ入りますがご理解ください』

『ちっ。面倒だな。これでいいだろう』

「え? る、ルナ?」


 何か会話をしてから、ルナはふんっと鼻をならして、それからみるみる大きさを変えだした。小さな子犬になったり大きな家のようになったりとサイズが自由自在なルナだけど、その変化した姿には驚かずにいられなかった。


「シノ、この中に四足ははいれないらしい。だがもちろん、お前を一人にすることなどありえん。この姿でともに行くぞ」

「る、ルナ、そんな変身もできたの?」


 ルナと同じ声を私の中に響かせながら、真っ黒な長い髪と褐色の肌、そして煌めくお月さまの目をもつ美しい女性が私の手を握った。

 二年だ。二年一緒にいて、犬形態以外一切見なかったし変身できると言うのも聞いたことがない。なのになに、この姿。初耳なんですけど? え? この緊張してすでに一世一代の大事な場面でさらにそんな新情報だしてくる?


「ああ、これも私の姿の一つだ。さ、さっさと行って、さっさと帰るぞ」

「あっ」


 そう言って不敵に笑ったルナに連れられて私は王と謁見した。


 でも正直に言って、謁見のことは覚えていない。だって、ルナが人間になれるんだよ? しかもこんな、めちゃくちゃな美人に。一時的に魔法で誤魔化してるとかじゃなくて、これも本当のルナの姿の一つって。え?

 じゃあ私が今まで一緒にお風呂にはいったり一緒に寝たり顔中舐められたりしてたのも、全部この美女としてたのも同然ってことでしょ? え?


「シノ? まだぼーっとしているが、そんなに疲れたのか?」

「ひゃっ」


 時間にすればほんの一時間くらいだろう。帰りも馬車で宿に送ってもらい、流れでずっとルナは影にはいらず人型で私の手をひいていた。

 その顔にずっと見とれてしまっていたことに、長期滞在してすっかり自室のようになれた部屋にもどって声をかけられてからようやく気づいた。


「そ、そ、そうじゃないけど。と言うか、そろそろ手を離そうか」

「ん? 何故だ? 部屋ではいつもくっついていただろう。ほら、気疲れしたのだろう? 早く部屋着になれ。疲れているなら手伝ってやろう」

「あわわわ」


 ルナがそう言うなり私の衣類は勝手に脱がされていく。確かにいつも部屋では部屋着と称して下着にシャツだけの格好だし、仕事で疲れた時はルナに甘えて脱がしてもらうことも多かったけども! でもこんな美人の前で脱ぐなんて恥ずかしすぎる!

 と慌てる私の手を服がすり抜けて部屋のすみのタンスの上に畳んでおかれる。いつもながら丁寧な仕事だ。ルナの魔法が便利すぎる。


「何をかたくなっておる。そんなに疲れたのか? ほれ、今日は折角人型になったのだし私がマッサージしてやろう」

「ちょちょちょちょ!」


 そう言うといつの間にか全裸になってたルナが私を抱っこしてベッドに運んで座った。いやさっきまで私とお揃いみたいな服着てたよね!? いや! 胸が当たってるんですけど!? 大きすぎるでしょ! 

 一瞬しか裸なのは見えなかったとは言え、その姿は瞼に焼き付いてしまっている。私は猫の子のように軽く横向きに抱っこされていて腕がルナの胸にあたっている状態なので現状大事なところは見えないとは言え、意識しないわけがない。私は必死に顔をそらせた。


「んん? なんだ、どうしたんだ? いやに心臓がはやいようだが。……ははーん? なんだ、さてはシノ、照れておるな?」


 不思議そうに私の顔をのぞき込んでいたルナだけど、完全に人間と同じ姿になっても耳がいいのは相変わらずのようで不思議そうな顔は一瞬で、すぐににやーっと私をからかう顔になった。


「てっ! 照れないわけないでしょ!? なんで裸!?」

「いつも裸だが? さっきはさすがに人型で外で裸は問題だから着ているように見せていただけだ」

「さっきも裸だったの!?」


 それはそれで大問題すぎる! そう見えなかっただけで裸で王様に謁見してたの!? ていうか裸で闊歩してたの!?

 お、落ち着け私。ルナは普段の格好では毛並みがあるとはいえいつも裸だったし、ルナ用の服も買ってないんだから仕方ない。非常事態だったんだから、終わったことは忘れよう。問題は今、人の格好で裸だってことだ。


「あの、ルナ、そろそろいつもの形態になってよ。その格好だと落ち着かないと言うか……」

「どんな姿でも私は私、と言うてくれたのは嘘だったのか?」

「嘘じゃないけど。と言うか面白がってるでしょ! 私は人間はなんだから、同じ人間の形されたら同じ態度でいろって言われても無理だって!」


 セリフだけ見たらまるで私がひどいことを言ったみたいになってるけど、それはルナの姿を見て恐がる人が多いから私からしたら可愛いし、見た目なんて関係なく大好きだよってことであって、落ち着く落ち着かないは別でしょ! むしろ好きだから落ち着かないんだよ! にやにやしてるから全部わかってて言ってるって私だってわかってるんだからね!

 私の主張にルナは笑いながら私を抱きあげるのをやめて自分の膝に下した。あわわ。横抱きなのでおろされると普通にすぐ目の前に胸が。視覚で見てもほんとにおっきいな……。


「ふはは、なるほどな。人型になった私に発情してると言うことか。人間は見た目にとらわれる愚かな生き物だからな」

「うっ。も、もう愚かでいいから、早く犬に戻ってよぉ」


 発情とか言われたけど目の前に出されると普通に見てしまったので否定できなくて、顔を両手で隠してなんとか見ないようにしてお願いする。そんな私の頭の上にルナはポンと手を置いた。


「ふむ。私は別にいいぞ?」

「はい?」


 そして撫でながら言われた意味の分からない肯定に、私は顔をあげてルナを見る。ルナは悪戯っぽい表情のまま、だけど優しさを感じる笑みを浮かべた。


 うっ、美しい! いやほんとに、美人過ぎる。って、私ちょろすぎる。なんでこんな動揺してるんだ。相手はルナだって言うのに! ……いや、わかってる。ルナだから余計に動揺してるんだ。

 ただぐいぐいくる知らない美人が現れたって本気でやめてってなる。でもルナだ。大好きでいつも傍にいたしこれからもいてほしくて、ぎゅっとするとどんな不安もなくなるから部屋ではほとんどいつもくっついてたし、事あるごとにちゅーしたりべろべろ舐めてもらうスキンシップをとってたしそれが幸せだった。

 その相手がこの美人になったのだ。いつも通り大好きな声の優しい瞳で見つめられて、嫌なわけない。いやほんとルナのこと大好きな気持ちに何一つ変化はないはずなのに、見た目が変わったことで印象が違いすぎる。


 そんないつもと同じで、だけど決定的にいつもと違うルナは私をじっと見ながら動揺して頭馬鹿になってる私にもわかるように解説しようと口をひらいた。


「シノ、お前は私の可愛い御主人様だ。お前の一生は私のものだ。私の愛しい主殿が望むなら、お前と恋仲になってやってもいいぞ?」

「……は?」


 いつも以上に情熱的な声音で、可愛い、愛しい、と言われて何だか気持ちがふわふわしちゃって一瞬中に入ってこなかったけど、え? 今恋仲って言ったよね? 恋人になってやってもいいって言ったよね? え?


「元よりお前には寵愛を与えておったつもりだ。人の形であれば情愛もほしいと言うならやぶさかではないぞ。愛いやつめ、可愛がってやろう」

「え?」


 いや、ほしいとか言ってないですけど? と言おうとした私の口はルナの唇でふさがれ、そのまま私はルナに食べられた。


「ふふ。シノは可愛いのぉ。こんなに可愛いなら、もっと早くにこうしておればよかったの?」

「あの……これって、これからずっと恋人って感じだよね?」

「なにを今更。嫌なのか?」


 あの、いや、確かに抵抗は別にしてないっちゃないけど、そんな姿が変わったからって急に恋人ってどうなのっていうか。そんでその割にルナの態度変わってないって言うか、元々恋人仕様くらい甘々だったことに今更気付いてめっちゃ恥ずかしくなると言うか。


「……嫌じゃないです」


 でも今更戻れないと言うか、その、もうそう言う意味で好きとしか思えないので私は自分が真っ赤になっているのを自覚しながらも頷くしかできなかった。そもそも今聞いたのも、気まぐれで今夜だけの恋人ごっこじゃないって確認したかったからだし。


「うむ。愛いやつめ」


 そういつも通りルナは言ってから、私の口元をいつも通り舐めて、もう一回いつも通りじゃない可愛がりをしてきた。


 こうして恋人になったルナはその翌日から、部屋を一歩出るとルナは今まで通り犬として私の癒し兼頼りになる相棒になってくれるのだけど、部屋に戻るとすぐ人型になって今まで以上にべったりした日々を送るのだった。


『あ、シノさん。久しぶり。王様に会ったんだって? すごいですよね。どうでした?』

「シノ、こいつが王様がどうだったか聞いてるぞ」

「え? あー……覚えてないや。適当にごまかしておいて」

『王など眼中にない。それより注文だ』


 後日、久しぶりに行った雑貨屋の店主さんに質問されて、ルナの印象が強すぎて王様と会ったことをすっかり忘れていたけど、そう言えば王様に会ったことを思い出した。そして謁見中もルナの事しか考えてないし事前に教えてもらった最低限の礼儀も何もしていなかったことも今更思い出した。めちゃくちゃ失礼だったのでは? と気付いたけど、もはや後の祭りだし怒られてはいなかったのでよかったことにした。


 なお、ルナの通訳がめちゃくちゃ偉そうな上から目線のもので、私は契約魔獣が強くて強者感だしてイきりまくってるやばめの人と思われいて王様の件も強いし見た目も子供だからギリ許されてたことを知るのはもっと先の話だ。


「ルナー、好き」

「うむ。私もシノが好きだぞ」


 よしよし、と頭を撫でられる幸せ。すっかり可愛がる立場が逆転してしまったけど、まあ、結果的にはルナと恋人になれてハッピーだし、結果良ければ全てよし、ということで。

 そんな感じで、私は異世界で幸せに生きていくのだった。





 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私だけの美しい獣に愛される話 川木 @kspan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ