喉を貫き倒れる日比谷の体。

「いやあああああっ」

 三森が泣きじゃくる。仕方ないだろう。これだけ一気にクラスメイトが死んだのだ。

 そんな三森の肩を誰かがとんとんと叩いた。三森がびくりと肩を跳ね上げ、振り返ると──

 むにっ

「わぁい、引っ掛かったー」

 かなり呑気に、かなり古典的な「振り向くと頬に人差し指がささる」という悪戯を仕掛けた四十四人目がいた。ニコニコと笑っている。その片手には、何故かトランペットが。

「ねぇ、ねぇ、三森さん、トランペット、吹けるんでしょ? ちょっと吹いてみせてよ。僕じゃ音が出せなくて」

 無邪気にそんなことを頼むが、さすがにこれ以上いないであろうどじっ子の三森でも、トランペットに罠があることを警戒して首を横に振った。何せ三森が話したのは「音楽室のトランペッター」という怪談なのだ。これまでの流れから、トランペットがどんな変貌を見せてもおかしくはない。

 そんな三森の警戒に四十四人目は苦笑する。

「トランペットは人を食べやしないよ。カンペンの付喪神じゃあるまいし」

「で、でも……」

 案外と強めな三森の警戒心を解くために、四十四人目は、トランペットを構えた。すると、ふうっと息を吹き込む音が聞こえる。が、聞こえたのは息を吹き込む音だけで、トランペットの音はしない。

 何回か繰り返すが、四十四人目の顔を真っ赤にするほどの努力も虚しく、ふう、ふうと息の抜ける音がするだけで、だんだん笑えてくるレベルになってきたところで、三森は笑った。

「ただ息を吹き込んだって音は出ないよ。音っていうのは振動でできてるの。だから、振動を与えながら、息を吹き込む。それをしなきゃ駄目なんだよ」

 三森は唇を引き締め、ぶー、と息を吐きながら唇を震わせた。試しに他の一同もやってみるが、これが意外と難しく、みんな長続きしなかったり、ぷすぅ、と気の抜ける音が出たりと様々だった。

 三森は得意になって、トランペットを構える。

「これをマウスピースに口を当てた状態でやると……」

 三森が息を吸い、トランペットに吹き込む。

 と。

 しゅるっすぽん

 信じられない光景が繰り広げられた。息を吹き込んだその瞬間、三森はトランペットの中に吸い込まれて消えたのだ。

 あまりの超常現象に、全員が沈黙する。持ち主を失ったトランペットが一寸遅れてかたりと床に落ちた。

「ありゃりゃ。これは大変」

 かなり白々しく、彼は言った。四十四人目は。

 彼が拾うと、トランペットはこれまでの怪異同様、砂のように消えた。

「さぁてと」

 四十四人目はにんまり笑う。その笑顔は、葉松に向けられていた。──つまり。

「感慨深いなぁ。とうとう最後だよ、葉松くん」

「なっ……」

 葉松は恐れの色を一瞬宿してから、塞たちを示す。

「俺は最後って言ってただろう!? まだ塞たち十六人も残ってるじゃねぇか!」

 葉松の主張に四十四人目は一瞬きょとんとしてから、けらけら笑った。

「あはは、馬鹿なの? ははっ、馬鹿だったね!」

「んだと!?」

 懲りずにずかずかと四十四人目に詰め寄り、襟首を掴む。大きく拳を振るって殴り飛ばす──が、またしてもその拳は空を切った。

「はあーあ。葉松くん、こういうの、『馬鹿の一つ覚え』っていうんだよ?」

 嘲り言葉は葉松の真後ろからだった。葉松がばっと振り向くと、そこには最初のようにぼうっと懐中電灯で顔を照らす四十四人目。

「なんなんだよくそったれ!」

「そりゃこっちの台詞だよ、葉松くん」

 怒りの滲む上目で、葉松を見上げ、彼は言う。

「君はまだわからないの? 君が復讐される理由、最後にされた理由、──僕の名前」

 声色も確かに怒っていた。

 当然だろう、と塞は四十四人目のことを思い、唇を噛む。

 四十四人目はいじめを受けていた。佐伯からの嫌がらせと、何よりも葉松からの理不尽な暴力。

 彼は去年の七月三十一日に死んだ。原因は自殺──ではない。

「僕がこうなった理由は色々あるよ。あれは事故として処理されたわけだしね。佐伯さんたちからの嫌がらせによる精神的苦痛もあったし、見て見ぬふりをするみんなのことも信じられなくて辛かった。でも何よりもあの事故の原因というのに相応しいのは──」

 四十四人目は、宣告した。葉松に、威風堂々と。

「葉松くん、君たちによる暴力で体がぼろぼろになっていたことだ」

 死んだのは葉松のせいだと宣告した。

「なっ……んなのこじつけだろ」

「そんなこと言えるのは当人じゃないからだよ! 君からの暴力がどれだけ痛かったか知ってるかい? 疑うなら塞くんや星川くんに聞いてみなよ。ついでに古宮さんや美濃さんに、佐伯さんがどれだけ怖いか聞いてみな。それに、妹尾さんだっけ? あの二人が受けてきたいじめがどれだけのものだったか聞いてみたら? ねぇ君は、振るう拳の意味を考えた? 死ぬってことの意味を考えた? そこにいる、香久山くんや球磨川くんのように、死に触れることが多い寺に住んでいる八坂くんのように、霊感があって死者の苦しみや嘆きを知る五月七日さんのように、それを表に出さないでいる日隈さんのようにっ!!」

 責め立てるように一息で告げられた言葉に、葉松は上手く返せないまま、呆然と四十四人目を見つめていた。

「これでもまだ思い出さない? 君だけは絶対に思い出さないと許してあげない。思い出しても許してなんてあげないけど……いいでしょう、ここまで馬鹿なら僕は、僕の全てを話す。僕の、死に際を、全部」

 その発言に、葉松のみならず、全員が息を飲んだ。葉松以外の残された全員は皆、彼のことを覚えている。ちょうど一年前に、亡き人となった四十四人目のクラスメイトを。

 彼は語った。

「僕は去年の四月、つまり君たちが四年生になった春に編入してきた転校生。香久山くんや球磨川くんと息が合うほどのオカルト好きで、本好き。夜遅くまでオカルト本を読み耽り、色濃い隈をこさえてた。不気味な容姿の転校生」

 じろりとその黒瞳が葉松を睨み据える。

「いじめっ子からすれば、これ以上とないいじめる対象にはいい餌食だった。僕は香久山くんたちのように口は上手くなかったし、霜城さんみたいなおおらかさと立ち向かう勇気を兼ね備えてなんていなかった。故に、特に葉松くんからは、体のいいサンドバッグにされた。葉松くん以外のここに残るみんなは、僕を助けようとしてくれた、だから僕の復讐には必要ない」

 七月三十一日、と彼は運命的な日付を口にする。

「あの日も僕は葉松くんに呼び出され、散々殴られ蹴られた挙げ句、ふらふらで町外の家に帰ろうと電車を待っていた。風鳴駅でね」

 全員の顔色が悪くなっていく。葉松も次第に思い出してきたようで、顔を蒼白にし、口をはくはくとさせる。だが、反論の言葉は生まれなかった。

「ここは田舎。駅があることさえ奇跡な町。電車には快速電車と言い、田舎駅では止まらないコースがある。当然風鳴駅では止まらない。

 そんな駅で僕の体力は底を尽き──快速電車に轢きずられた」

 去年の八月一日の地方新聞の一面を飾ったその事故。快速電車であるために、スピードは車の比ではなく、遺体は見る影もなく引きちぎれ、持ち物と目撃情報からかろうじて彼とわかった、悲惨な事故。

 その被害者の名を、ようやく、葉松は口にした。


度会わたらい夏彦なつひこ……」


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