だいぶ、クラスお馴染みの顔触れが欠けたように思う。

 そんな中、飛び抜けて呆然としていた人物がいた。窪である。

 幼なじみの七篠を、目の前で凄惨に殺されたのだ。放心するのも無理はない。だが、そんな窪を慰める余裕を持った人物は、近くにはいなかった。

 この殺戮地獄はクラスの全員に降りかかることなのだ。その意識が、皆を動けなくしていた。──次は、誰が殺られるだろうか、と。

「ああそうだ」

 突如四十四人目が口を開き、誰もがびくりと肩を跳ねさせる。殺戮が惨殺が、また始まるのだ──誰が指名されるのか、と全員が固唾を飲む。

「羽虫と言えば、佐々木くんだったねぇ」

「……っ」

 佐々木が咄嗟に後ろに退く。例によって、襖にぶつかるのだが、襖が開くことはない。

 佐々木は確かに羽虫──ウスバカゲロウの話をした。ウスバカゲロウが子どもの死体らしきものに群がる話を。その話を模倣するとなると、容易に想像がつく。

 だんっ

 すると、もはや聞き慣れてしまった音が響く。見ればあらゆるところを串刺しになった沼田と同じように磔でぐったり血反吐を吐いている七篠。表皮が剥がれ、顔自体からもぼたぼたと血を垂らしていた。

 血塗れになった金槌と手を休めて、ふぅ、とメリーさんが息を吐く。返り血が差し色のようになり、メリーさんの端正な面差しを際立たせていた。

「んー、そろそろ私のお役目も終わりかぁ」

 楽しかった、と、金槌を投げ出すメリーさん。にっこりと笑っているのが却って不気味だ。

 投げられた金槌はごとりと床に落ちることなく、さぁっと細かく散らばる。

「じゃあみんな、バイバイ」

 フレンドリーに手を振って、血塗れのメリーさんも鎌を携えてさぁっと消えていく。消えた端から羽虫になりぶわりと飛び交う。白い塊がぶぅんと部屋を巡り女子が悲鳴を上げる。さわりと羽虫が駆け抜けていく感覚はぞわりと鳥肌を立てるには充分だった。

 そんな羽虫の塊が、佐々木へとまっしぐらに向かう。

「うわぁぁあっ?」

 あっち行け、しっしっと佐々木は必死に手で払いのけるが、羽虫は群がる。やがて羽虫に埋め尽くされ、佐々木は白い塊となる。

 ぶぶぶぶぶぶぶぶ。

 羽音が佐々木を覆い尽くす。佐々木の悲鳴は、聞こえない。微かに見えた佐々木は何か叫ぼうとして、口の中にすかさず羽虫の大群が入り込み、げほっげほっ、と咳き込む音がした。だが、それすらもやがて羽音に飲み込まれる。

 佐々木は倒れた。いや、倒されたのかもしれない。これほどの羽虫にたかられて、口にも入られていた。

 それでも自分の取り巻きだからか、葉松が動く。八坂に詰め寄った。

「お前! チャッカマン持ってたよな? 寄越せ!!」

「え、わっ」

 八坂からチャッカマンをぶんどり、火が点くことを確認すると、葉松はそれを羽虫たちに向けた。

「やめろっ、熱いっ」

 そんな声を上げたのは、ここまで落ち着いて静観していた設楽だった。何故か妙に汗だくで、息が荒い。焦げていく羽虫と感覚共有でもしていくかのようにもがき苦しみ、呻いて叫んで、やがて声も汗も枯れて肌が潤いを失い木の幹のようにがさがさになる。

「う゛あああああっ」

 そんな設楽の変貌に、葉松はチャッカマンを切り、後退る。

「み゛ず……かれ゛るぅ゛、ぐるじ……」

 皮と骨ばかりの乞食のような姿になった設楽は、がさっがさっと地を這い、自らを潤すものを求める。その姿は到底人には見えないが、

 葉松に手を伸ばした瞬間だった。

 ブシャアアアアッ

 設楽の体が弾け、辺りを血染めにする。あれだけ水を欲していたとは思えないほど、大量の血液が撒き散らされた。

「うわああああああっ」

 目の前で人が弾けるのを見、葉松は後ろにずてっと転ぶ。

 その向こう側では、更に新たな怪奇現象が起こり始めていた。捨て置かれた佐伯の髪が、ふわり、一人手に浮き上がったのである。

 ばさりと落ちていた前髪がずずず、と床から『ナニカ』と共に浮き上がり、髪を振り乱す。『ナニカ』は女の形をしていた。やがて全身が現れ、四つん這いで動き出す。その姿はさながら、有名な井戸の怖い話に出てくる女の人のようだった。

 ずたずたずたっ、と派手な音を立てて女が駆け回り、何人かが悲鳴を上げる。

 顔は髪で見えないが、目は爛々と輝いているように見えた。獲物を求める餓狼のように。

「よしあし、も、わからない、やつ……」

 嗄れた唸るような声が言う。這いずり回る女性の声だろうか。ひっと誰もが息を飲んだ。

 がむしゃらに回っていた女性はある人物の前で立ち止まる。

「……えっ?」

 すっとんきょうな声を上げたのは、新島だ。

 女は今一度言う。

「よしあしもわからない、やつめ」

「はっ?」

 じゅるり、と舌なめずりの音がぞくりと背筋を撫でるように響いた。

 先刻、女性を「餓狼のよう」と表現したが、これは比喩でもなんでもない。女性は

「ぐっでやる゛」

 そう宣告するなり、新島の喉笛に噛みついた。新島が「あがぁっ」と苦鳴を上げるのにも構わず、女性は新島を貪る。むしゃむしゃくちゃくちゃ。咀嚼音がやたら場を支配する。噛み千切る音もした。ぶちん、と音がして、血が跳ねる。新島は既にもの言わぬヒトカタと化していた。

「う、うわあっ」

 真川が、襖と対面の障子を開けに向かう。襖が駄目なら、直通で外に出られるはずの障子戸を、と閃いたのだろう。

「明日夢くん、だめだっ」

 けれど嫌な予感がした塞が制止するが、時遅く、真川は障子戸を開いていた。

 障子戸が開いた、という事実に真川は安堵の笑みを浮かべるが、

「僕はだぁれだ?」

 その先に懐中電灯で自らを照らす、四十四人目がいた。

「あ、ぁあ……?」

 おかしい。この中からは誰も出ていっていないはずだ。もちろん、四十四人目も。

 ならば何故外に四十四人目がいる?

「僕はだぁれだ? わかりもしないのに外に出ようだなんて、

 四十四人目がわざとらしく放った言葉。それに過敏に反応したのは──新島を喰らう、女性。

「よしあしもわからないやつ……くってやる……」

「ひっ、ちがっ」

 真川が否定の言葉を紡ごうとするも遅く、女性は瞬く間に真川に標的を変え、取りつく。

「あぐ」

 首筋から肩にかけての肉に歯を立てるのが見えた。ずぷりと歯が沈んだところから、赤黒いものが流れ出す。それが何なのかは、もはや見慣れすぎて考えるまでもなかった。

「ぎぃぃやあぁぁぁあああああっ」

 真川の絶叫が谺した。


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