お
ずぷり。
四十四人目の人差し指が付け根まで宇津美の胸に刺さっていた。
指さし鬼──宇津美が語った怪談だ。指を刺されると、死ぬ。それが脳裏をよぎる。
先程から見ていてわかった。これは推理小説なんかで出てくる「見立て殺人」のようなもの。
カマキリの幼虫に食べられて死ぬという怪談を語った佐伯、カマキリに首を切られると話した摂津。沼田はメリーさんの電話、知花は市松人形、小鳥遊がてるてる坊主、七篠は藁人形、嗣浩のカツラ、譲二のトイレの手……それぞれが話した怪談に準えて、襲われている。
稲生はおそらく、帰れないカラオケボックスに入れられた……思えば、先程開いた襖の合間からは、寺には似合わないカラフルな光が溢れていたように思う。
そして今の宇津美の指さし鬼。
四十四人目が宇津美の胸に指を刺し、ぐちゅぐちゅと蠢かしている。宇津美は動かされるたびにげぽ、げぽ、と血を吐き出した。
悲鳴を上げようとすれば溢れるのは血ばかり。宇津美にできるのは涙を流すことばかりだった。
一方手に追われていた譲二は手に捕まり、ずぶずぶと畳の中に沈んでいく。常軌を逸した現象に譲二が助けて、と叫ぶが、そこで畳の下から声がした。
『友達になろうよ』
無邪気な女の子の声。おそらく、トイレの手の怪異の声なのだろう。
ずぶずぶと、譲二の体が沈んでいく。最後、顔が見えなくなって、手だけが助けを求めるように伸ばされていた。
「譲二っ」
葉松がそちらに手を伸ばすが、既に遅し。指先すら掠めず、畳に呑み込まれた。
「くそったれがっ……」
穢い言葉だが、この状況下で葉松の立場だったなら、誰もが思っていただろう。
それをいつの間にか葉松の真後ろに移動した四十四人目が嘲笑う。
「そう、その顔。わかるかい? 絶望って言葉の意味が、抵抗できないって無力がさぁ!?」
葉松は振り向き、ぎりっと歯を噛みしめた。さすがに三度目、何故か知らないが当たる見込みのない攻撃をする気は起きなかったのだろう。それでも純然たる殺意は葉松の瞳にしっかり宿っている。少し距離はあるものの、塞は本能的に怯えていた。もっと葉松に近い星川などはもうがちがちと噛み合わない歯を合わせている。
「頭の悪いガキ大将には恐怖をしっかり刻みつけて、ずる賢いお嬢様には生きながらの苦しみを。それが僕の復讐さ」
「お前が、この事態を起こしたのか!?」
何も言えない葉松の代わりか吉祥寺が威嚇するように四十四人目と相対する。
「そうだよ」
四十四人目は悪びれることなく、笑って答えた。
「よくも瑠璃花さまを……!」
「へぇ、相変わらず、お嬢様の金魚のふんなんだ」
ぐ、と吉祥寺は四十四人目を睨む。
「瑠璃花さまっていうけどさ、ただの社長令嬢でしょう? ほら、香久山くんが言ってたじゃん。
『みんな同じただの小学五年生だ』って」
「違うわっ」
「何が違うの?」
四十四人目は光の灯らない、がらんどうのような目で疑問をもたげる。
「何が違うの? 自分より世界のみんなが格下だと決めつけて、偉ぶってるだけでしょう? 彼女のいじめは暴力じゃなかった。でもさ、そこの葉松くんと何が違うの?」
世の中には『言葉の暴力』という概念が存在する。それは、体に直接傷をつける暴力じゃない。「死ねばいいのに」「ウザい」「たかが羽虫が」……そんな陰口を叩かれたり、ノートに落書きをされたり。机に花を生けてあったり、も精神的に多大なダメージを与える。そんな陰湿なことをやるのが、佐伯のやり方だった。
身体的な傷を作らなければ、それは『暴力』ではないのか? ──そんな疑念から生まれた言葉が『言葉の暴力』である。
実際、佐伯瑠璃花はいじめっ子かそうでないか、とクラスメイトに聞いたら、十中八九の人物が、「いじめっ子」と答えるだろう。そう、「いじめっ子」という枠組みだけで考えれば、佐伯と葉松は同じとさえ言えるのだ。
「みんなそうやって瑠璃花さまを貶めるからいけないのよ……!」
しかし吉祥寺は認めない。彼女は崇拝者と言っていいほど、佐伯に心酔している。何故そうなったかはわからない。ただ、いつの間にかそうなっていた。
「誰も悪くないですっ」
そこで言い返したのは、霜城だった。
「誰も悪くないのです。ただ、あなたは怖かっただけ。瑠璃ちゃんの権力が、頭の良さが、報復が。いつもいつも、媚びへつらって、あなたはただの弱虫ですっ」
普段優しい霜城にしては、辛辣な言葉を飛ばす。吉祥寺がぎりっと歯噛みしている辺り、図星なのだろう。
更に霜城は次ぐ。
「でも、そんなことしたって、あなたは結局瑠璃ちゃんにとってはその他大勢と変わらなかった。瑠璃ちゃんがあなたを『羽虫』と呼んでしまうほどに」
「五月蝿いっ」
吉祥寺がずかずかと霜城に寄り、手を上げる。霜城はきっと睨んだまま、振り上げられた手が来るのを待った。
ぴしゃり
けれど、その衝撃を受けたのは霜城ではなかった。当の霜城は目を見開き、目の前に立つ人物の名を呼ぶ。
「このは、くん……?」
そう、吉祥寺と霜城の間に立ち塞がったのは、臆病で怖がりなはずの星川だった。霜城に振り向き、もみじをこさえた顔でにこりと微笑みかける。
「このはくん……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
「だ、大丈夫、だよ、霜城さん……ぼ、ぼくはこういうの、な、慣れてるから……」
そういう問題ではない、と霜城は声にならない声で言い、泣く。星川の腫れ始めた頬を優しく撫でながら。
星川はにこりと「ありがとう」と言うと、吉祥寺を心持ちいつもより険しい目で見る。
「きみは、稲生くんと、変わらない。怖くて、媚を売るなんて……最低だ」
珍しく星川が吃りなく言うと、横合いからぱちぱちと拍手が聞こえた。四十四人目だ。
「星川くん、よく言った。後世に残る名言だね。
というわけで吉祥寺さん。あなたには稲生くんと同じところに行ってもらうよ」
その言葉を合図にしたようにばっと襖が開く。すると背の高い木に腰掛ける一人の男の子がその先にいた。吉祥寺の怪談で聞いたような情景だ。
『タスケテ』
声が聞こえる。嗄れているが聞き覚えがある。稲生の声だ。嗄れているのは恐怖からか、カラオケで歌わされたからか。どちらにせよ、あの向こうに見える男の子の姿形は稲生にそっくりであることに違いはなかった。
四十四人目が言う。
「ほら、吉祥寺さん。『タスケテ』って言ってるよ? 助けてあげないの?」
「わっ、わかったわよ、行けばいいんでしょ、行けば!」
吉祥寺は促されるままに襖に向かう。そこから踏み出そうとして、ぎょっと目を見開いた。
「何これっ!? なんで四階くらいの高さなのよ? 飛び降りろっていうの、冗談じゃないわっ」
『タスケテ』
襖から遠退こうとする吉祥寺、すがるように叫ぶ稲生。
「はあ、もどかしいなぁ」
そんなことを言って、四十四人目は。
「ほら、助けに行ってあげなよ」
「っきゃ」
文字通り、吉祥寺の背中を押した。
悲鳴が、下へと消えて行く。
『ア、アァァアアアアァァァッ』
同時に、稲生らしき人物も木から落ち、消えて行く。
ぐちゃり、と何かが地面に落ちたような音がすると、ぴしゃりと襖が閉まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます