の
手、手、手、手。
譲二を取り囲む手は、譲二を捕らえようと一人手に蠢く。
「あっち行けよっ、なんで手が勝手に動くんだよ」
まだ生々しく血の滴る摂津と小鳥遊の腕。忙しなく譲二を追いかけ回した末、一つの腕が力を失ったように転げた。
「うえっ」
それは嗣浩の目の前だ。どちらの腕かは知らないが、血で黒々と斑に模様がついた腕は、薄暗がりで、相当不気味に映った。
十秒、二十秒……待ってはみたが、その腕が起き上がる様子はなく、なんだ、と嗣浩は安心して、その腕を拾い、八坂の方へ向かう。
「裕、これにお祓いかなんかしてもらえないか?」
順当な選択だろう。祓いの技術を持つのはこの場で八坂のみ。寺ではよく供養をしたりする。もはや遺体と化した摂津か小鳥遊のものだ。供養するのは、順当だろう。
しかし、八坂の言葉を待たずして、
「いでっ」
腕は勢いよく嗣浩の腕から飛び出し、額に手を突き、髪を、わしゃっと掴んだ。
それだけではない。髪をぐいぐいと頭皮から引き剥がさんと引っ張っていく。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
嗣浩が痛さに叫ぶ。慌てて手を引き剥がそうとするが、逆効果。更に嗣浩の髪が引っ張られる。
「やめろっ、やめろっ、やめろぉぉぉぉぉっ!!」
「やめるわけないでしょ」
痛みに叫ぶ嗣浩に無情な声をかけたのは、四十四人目。ぼうっと照らされた隈の深い目で、鋭く嗣浩を睨む。責め立てるように続けた。
「ねぇ、君たちはやめろって言ってやめてくれた? むしろもっとひどいことをしたよね? 少なくとも、頷いたって、やめる気はなかったよね?」
「ぞ、ぞんなごど」
「君はそういうのを囃すのを楽しんでいた。君がどんなつもりでいようと、周りから見たらそうなんだよ」
嗣浩は返す言葉もなく、手を引き剥がし始める。すると意外なことに手は抵抗なくついてきた。
べりべりべりっ
──嗣浩の頭皮ごと、髪を剥がして。
「ぐ、ぅ、うわぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」
痛みに耐え兼ねて転がり、じたばたする嗣浩。その手はこれ以上剥がされたくないからか、手からは離れていた。しかし、手は遠慮も躊躇いもなく、まだべりべりと嗣浩の頭皮を剥がしていく。髪を抜かれたのではなく、頭皮ごと剥がされた嗣浩の頭は「禿げた」とは形容できない。真っ赤な肉が剥き出しになり、時折血管が脈動しているのがありありと見える。
真ん中の頭皮を手が剥がす間に他の手が、横の髪やこめかみの辺りなどを徹底的に剥がして回る。あまりの激痛の連続に、嗣浩の悲鳴は掠れていた。顔は血塗れで、表情など窺えない。
嗣浩に手が取りついている間に逃げようとしたのだろう。背中を向けた譲二。だが手は容赦ない。何せ四本あるのだ。うち一本が譲二の足首を捕まえる。譲二が進もうとして強かに全身を畳に打ち付ける。その隙を見逃さず手は足に指を這わせ、譲二を上っていく。
どこか艶かしい手つきにうっと呻くが、手は安息を許さない。背中を伝い、腕に上り詰めると、今度は譲二の腕をあらぬ方向へと曲げ始めた。
「うぎっ!?」
みしみしと骨の軋む音がする。振り払おうともがくが、嗣浩の「処断」を終えた腕たちが取り押さえる。譲二は思いの外力あるそれらに抗うことができず、引っ張られた腕はまずこきんと関節が外れた。次いで、ぼきっという音が腕からする。
「な、ぁ……骨を折ったっていうの……?」
東海林が唖然として譲二を見る。その傍らには髪の代わりに血を垂らして倒れる嗣浩。
摂津や小鳥遊のこともあり、既に噎せるような血の臭いが漂う室内で、ふと、市松人形と『遊ぶ』ことになった知花に目をやれば、
ずしゃっ
知花の体は鉈で袈裟懸けに斬られていた。その傍らで市松人形が満足そうに笑い、『いっしょにあそぼうね。おねえちゃん』と言った。
『ああ、その前に』
市松人形はまだ何かやる気なのか、と皆が警戒する中、市松人形が一人の目を射抜く。
七篠だった。
七篠は悲鳴を上げることもできず、ごくりと固唾を飲むばかり。そんな彼女に、市松人形は言う。
『おねえちゃんはわらにんぎょうだから、おみみとおかおはいらないかな。おててにまかせよう』
そんな市松人形の声に従い、一つの手が七篠へ向かう。七篠は下がるが、襖にすぐ当たる。慌てて襖を開けようとするが、襖はやはり、びくともしない。
「いやっ、いやぁっ!?」
泣き叫ぶが、途端に体が襖に磔にされたように動かなくなる。そこへ、手が上ってきて、七篠の右耳に手をかけ……
べりばりっ
また、ものすごい音を立てて、右耳から顔の表面全体を剥がされる。ちょっと残った部分は、ちまちま、と千切り取っていく。
『わぁい、おにんぎょうさんだぁ』
市松人形はそれを見ると、切り裂かれた知花の膝に乗り、消えた。知花共々先程のカマキリのように砂となって。
ただ、そこに、代わりのように金槌と五寸釘が置かれた。
「あ、いいこと思いついた」
そこで沼田を死なない程度に刺し続けていたメリーさんが振り向く。
「君も磔になっちゃえばいいよ」
そう言って、首刈り鎌から五寸釘と金槌に装備を変えたメリーさんは、沼田に向かう。フランス人形のような容姿と、純日本な五寸釘と金槌の取り合わせはなんとも奇妙だった。
そんなメリーさんは「ここかなぁ?」と呑気な声で五寸釘を沼田の胸元にあてがう。
「決めた」
言うなり、金槌を釘に向けてだんっと打つ。見事に沼田を刺し貫き、ぐぼっと沼田は血の塊を吐き出した。
それにシンクロするかのように、襖に磔にされた七篠もがはっと吐き出す。たらりと唇の端から止めどなく血が垂れて、辺りの血を濡らす。
「まだまだ行くよぉ」
メリーさんはもう一本五寸釘を出して、今度は沼田の手首に当てる。
だんっ
勢いのいい音がして、沼田と七篠が声のない苦鳴を上げる。
手首から二人共だらだらと血を流す。もうショック死していてもおかしくないのに、二人はまだ息をしていた。声もなく泣く。それでも尚、メリーさんは五寸釘を、楽しそうに打つ。
二人の間にいた稲生は恐れをなして、必死に襖を開けようとする。
「頼む、頼む、出して、ここから出してぇぇぇぇっ」
無駄だと思われたその抵抗。しかし、次の瞬間、
『おいで〜』
緊張感に欠ける声が、襖の向こうから聞こえ、不意にがらりと稲生の目の前の襖が開いた。
「やった!」
稲生は後ろを振り返ることなく飛び込んでいく。待てよ、と葉松が怒鳴ってついて行こうとするが、その前に扉はぴしゃりと閉まった。
ガンガン、と襖を叩く葉松。ばっと八坂を向き、話が違うじゃねぇか、と八つ当たる。
「まあまあ落ち着きなよ葉松くん」
そこへ四十四人目が、楽しそうな笑顔で声をかける。口元は笑みを描いているが、目は笑っていない。
「僕がいじめっ子一味を見逃してあげると思う?」
その問いかけに葉松が息を飲み、顔色を悪くする。自覚はあるのだ。自分の傍若無人が「いじめ」に当たると。
あからさまに変わった葉松の表情に、四十四人目は満足そうにけらけら笑う。
「安心しなよ、葉松くん。
「っ……!」
ふるりと葉松の拳が震える。それを煽るように四十四人目が「あ、びびってるびびってる」と満足そうに指をさす。
葉松は今度は怒りに身を震わせる。葉松の暴力を受けていた塞と星川は敏感にその感情の昂りを感じ、思わず身を縮めた。
葉松が大きく腕を振りかぶる。
「やめるですぅっ!」
霜城が叫びながらも目を塞ぐ。
が。
ひゅん。
またしても葉松の拳が空振る。代わりに、
「くはっ……?」
宇津美が乾いた息を吐き出し、四十四人目に指で胸を文字通り刺された。
「つっかまーえた」
愉快そうに、四十四人目が、笑った。
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