む
「はい、委員長」
相楽から塞に懐中電灯が手渡される。自然と周囲の目が塞に集まる。トリなのだ。仕方あるまい。
想像以上のハードルを感じた。集まってきた目に宿るのはどれも期待、期待、期待。熱気に満ちたその目に晒されるのは、どこか気持ち悪かった。
いつもなら、「面倒事を進んでやる、便利屋」程度にしか思っていないであろう佐伯や、葉松までもが、
勝手なものだ。どれだけ重荷かも知らないで。塞は溜め息を吐きたい気分だった。純粋に楽しみにしている人たちがいるのもわかっている手前、吐けなかったが。
本当にこれで終わりだと思っているのか、まだ気づかないのか……塞はちょうど
気づけよ、誰か。僕は終わりじゃない。
けれど、愚か者たちは気づかない。そして気づいているはずのものは気づかないふりをしている。
そんな様子にとても居心地の悪さを覚えた。嫌な予感もする。
……けれど、それを表立って指摘できないのは、自分の弱さで。
やはり、やるせない。
ひとまず、懐中電灯で自らの顔を下から照らし、一同を見回す。上手く笑えているだろうか。
「みなさん、長いようにも感じた百物語も終わりが近いですね。話被りもなかったようですし、僕がこの順番というのも、何かの巡り合わせのような気がしてなりません」
「学級委員なんだから、当たり前だろ」
そんな野次が飛んでくる。葉松からだ。「いよっ、学級委員」などと嗣浩が囃し立てる。ますます、塞は居心地を悪くした。
やはり、自分はクラスにおいて、「学級委員」でしかないのだ。
「そうですね、僕にこの役回りは僕が『学級委員』だったからかもしれません。それなら、光栄です」
やるせない思いを抱えたまま、言葉を次いでいく。
最終勧告をできるのは、自分だけ。
──できることをしよう。そう、塞は肚を据えた。
「みなさんは、七月三十一日が一体何の日か、覚えていますか? 実は僕が、今日この日を選んだのには理由があります。みなさん、わかりますか……?」
見渡すが、誰からも返事はない。暗がりで、誰がどんな表情をしているのかわからなかった。
「知るかよ」
葉松が言った。佐藤コンビや佐々木、稲生などがそれに続く。
「存じ上げませんわね。それが何か?」
佐伯も高圧的に知らないことを肯定する。
傍観者勢は誰一人として声を上げなかった。傍観者でもいじめっ子でもない中立派も、口を閉ざしている。唯一、古宮がか細い声で「ひどい……」とだけこぼした。それを聞き咎めた吉祥寺と茂木が「文句があるのか」といったような言葉で古宮を責め立てる。
古宮が責められる謂れはない。彼女はちゃんと覚えている。そのことに意味がある。
本当に忘れてしまったのか、忘れたふりをしているだけなのか、判別はつかなかったが、ほとんどの者が七月三十一日という日付に覚えがないことを肯定しているような空気だった。
もしかしたら「何故今更」という思いも、あったのかもしれない。
──今更でもなんでも、覚えていてほしかった。忘れないでほしかった。それだけで浮かばれるというのに。
「……わかりました。
前座が長かったですね、始めましょう」
塞はそこで諦めた。もう、進むしかないだろう。塞が話を始めないことに多くが苛立っているのがわかった。早く帰りたいと思っているのだろう。塞が話せば、それで終わる、と。
結局、この百物語の開催に、大した意味はなかったのだ。気紛れと偶然で始まっただけのお遊びに過ぎない。その程度なのだ。
少し悲しいし、虚しい。けれど塞は語り始めた。
物語は、
「近くの神社で、一ヶ所大きく階段が欠けてるとこあるでしょう? あそこは通らない方がいいみたいですよ。
あそこを通ろうとした人はみんな、転落事故起こしてるみたいですから」
「ああ、確かによく聞くねぇ」
合いの手を入れたのは香久山。さすが、知っていたらしい。
「おじいさんおばあさんが〜っていうだけならまだただの事故かもしれないけど、あそこは結構若い人もこけるらしいね」
「そうなんです。幅広い年齢層の方々があそこで転んで怪我を負って……という話をよく耳にします」
これは親がいつぞやぼやいていたことからなんとなく頭に引っ掛かっていた話だ。
「事故に遭った人からの証言によれば、『階段から手が掴んできた』って……」
「うわぁ……」
誰とも知れぬ声が呻き、また一段と部屋の温度が下がった気がした。
「……僕の話は、以上です。
手の正体は、わかっていません」
そう告げると、塞は思い切りふうっと蝋燭を消した。
真っ暗闇。
──に、なるはずだった。
「……れ?」
そこでようやくクラスメイトたちが気づく。
「なんだよ、蝋燭一本多いじゃねぇか」
声からして、譲二だろうか。不満そうだ。帰れると思っていたのだから仕方ない。
「誰か一人適当に話して消せばいいんじゃないの?」
冷静に言ったのは、日比谷だった。
「沼田、お前近いんだからやれば?」
「えっ」
葉松に声をかけられ、沼田があからさまに動揺する。内心無理と思っているのだろうが、葉松に目をつけられないようにするために、と考えて、断りづらいのだろう。
そこに、
「みんなひどいなぁ。僕はまだ話していないよ? 塞くんじゃなくて、僕がトリなんだって」
案の定、塞が思っていた通りの声が告げた。
「そしてこれは──
その声の主は懐中電灯だろうか、何やら手の中で弄びながら、顔を照らさずに語り始めた。
「さて、みんなここまで百物語のためにたくさん面白い怪談を集めてくれたみたいだから、トリということで僕は百物語の話をするよ」
かたり、かたり。
懐中電灯を弄ぶ音と、男の子の声だけが場に響く。
朗々と語った。
「お化け屋敷の件みたいに、そういうことをしていると、霊とか不吉なものが寄ってきやすいらしいねぇ。
百物語の蝋燭は、それらが入って来ないように防ぐための結界の役割を果たしているんだってさ。まあ、それは香久山くんたちが途中何度か言ってたけどね」
そこまで語ると愉しそうに笑う。
「じゃあ、この最後の一本消したらどうなっちゃうのかなぁ? ……うふふ」
蝋燭の傍に手が見える。溶けた蝋に触れようとして、その寸前で動きを止めた。
思いついたように言う。
「と、その前に、」
かちゃりと懐中電灯が点けられた。
「さて、僕は一体誰でしょう?」
照らし出されたのは、目の下に山川コンビに引けを取らぬ、色濃い隈をこさえた人物。丸顔で目が死んだように光を返さない。懐中電灯で照らされた、不気味な上目遣いの小柄な男の子。
ひっ、と誰かがひきつれた悲鳴を上げるが、もう遅い。
遅すぎるということを、彼は告げた。
「
その言葉が放たれると同時、蝋燭の炎が掻き消える。
あと、零。
そう、物語というのは、零から始まる。
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