蝋燭の灯りが残り少なく、まばらになってきてゆらゆら揺れる。

 その影響かはわからないが、来た当初よりも涼やかな空間になった気がする。

「涼しくなったわねー」

 塞と同じことを思ったらしい人物が声を上げる。見ると、懐中電灯を手にした小鳥遊だった。次は彼女の番らしい。

「納涼効果抜群って感じかしら」

「うんうん、みんないい話持ち寄ってくれたからね。企画主としても嬉しい限りだよ」

 小鳥遊の言葉を受け、言葉通り嬉しそうに香久山が言う。確かに、今日話されたほとんどの怪談が納涼という目的に沿った素晴らしいものだと塞も思う。

 やろうと思えば、みんなで一つの目標のためにやれるものなんだな、と塞はぼんやり思っていた。……途中、衝突があったりしたが。

「それじゃあ、私も始めるとしますか」

 顔を下からぬっと照らし、小鳥遊が話し始める。

「てるてる坊主の歌は知ってる?」

「ああ、天気にしないと首切るぞって物騒な歌詞のやつ?」

「そうそう、よく聞くとエグいあれね」

 童謡というのは結構こんな感じのものが多い。「さっちゃん」なんかは児童誘拐の話という説もあるくらいだ。

 小鳥遊は透き通る声でてるてる坊主の歌を歌う。綺麗な声をしているなぁ、と聞き入ると、歌はあっという間に終わり、小鳥遊は語りに戻る。

「実はあれには続きがあって、その内容が、

『てるてる坊主に祈った貴方の首も叶わなかったらちょん切りますよ』

 ってものなんだってさ」

 告げられた事実は「さっちゃん」よりよほど物騒なものだった。

「ええと、確かね……」

 と、再び小鳥遊はてるてる坊主を歌い始める。先程とは違う。件の二番の歌詞というやつなのだろう。歌声が綺麗ではきはきしているだけに、歌詞の残虐さが際立つ。

 小鳥遊が歌い終わる頃には、皆ガクガクと震えていた。

「私からは、以上」

 それだけ言うと、蝋燭をふっと消し、隣の知花に懐中電灯を手渡した。


 次は知花の番だが、小鳥遊の話がよほど怖かったのか、びくびく震えている。

「大丈夫? 知花?」

「う、うん……あの、その……みんなすごい話の後だから……き、緊張して」

 緊張ばかりではないだろうが、確かにこれまでの語りは数個の例外は除かれるが、怖い話としてのクオリティは小学生にしては高かったかもしれない。

 実際、トリを飾ることとなっている塞も、回を重ねるごとにプレッシャーを感じている。塞の場合は隣二人からの期待の眼差しを直に受けているからもあるだろう。

「大丈夫よ、知花はちゃんと調べて選んだ話があるんだから、もっと自信持って」

「う、うん……」

 これでいいのかな、という知花の呟きが聞こえた。確かに、話し終えるまでそこに自信を持つのは難しいだろう。やってしまえばこっちのもん、というのはわかるが、その始めるための勇気というのは思うよりたくさん必要だった。

 塞が、いじめから逃れるための方法を模索するのだって、かなり時間がかかったから。

「……頑張って話す」

 意を決したのか、知花が懐中電灯を構える。

「市松人形の話をするね」

「市松人形?」

 そう始まった知花の話に早くも疑問符を浮かべる者が出た。佐藤コンビだ。他にも男子が数人、首を捻っている。

 男子にはまず「人形」というものが縁遠いから、ぴんと来なかったのだろう。

「あれ? 市松人形がわからない? ほら、あれだよ。髪が伸びる系の怖い話で出てくるタイプのそう、日本の人形。

 あれね、ちゃんと怖がらずにお世話をしてあげると、とっても仲良くなれるんだって。一緒に遊んでくれたりもするんだよ?」

 楽しげに知花はにっこり笑う。愛らしい笑みだ。

 が。

「……あの世でね」

 その宣告は笑みに不釣り合いなほど、恐ろしいものだった。

「大切にしたのにあの世行きって、なんつー理不尽……」

 園田が呟くが、その言葉に塞の胸にはやるせない思いが去来した。

 理不尽……暴力や陰口に意味もなく苦しめられている子どもがいるこのクラスの存在の方がよほど理不尽じゃないか。

 気づいていても見て見ぬふり。怖いからっていじめる側に回ったり、傍観者のままでいたり、手を差し伸べる人の少ないこのクラスの方が、よほど。

 園田も理不尽を振り撒く側にいるというのに、よく言えたものだ。

 そんじょそこらの怖い話より、ほら、現実の方がよほど残酷だ。

 けれど、それを詰る資格は自分にはないと思っていたため、塞は何も言わなかった。自分だって、何もしなかった側の人間だ。去年の七月三十一日、何もできなかった人間だ。

 止められたはずなのに。

 久方ぶりに罪悪感に溺れて、塞は知花が火を消したのに気づかなかった。


 残る蝋燭も、片手で足りる数になった。

 次の語り手は四月一日。オカルト好きの一人だ。

「どうせなら四十一番とかになりたかったですねぇ。名前にちなんで」

「厳正なくじ引きで決まったんだ、そういうのは言いっこなしだよ」

 厳正なくじ引き、か。

 果たしてそうだったのだろうか、と塞は自分のくじを見直す。最初はそうでもなかったが、なんとなく、みんなが話す順番に作為があるような気がした。

 摂津と佐伯の話被りは偶然かもしれないが、自分のこれはどうなのだろう。「四十三」というトリの数字。本当は、最初から塞に四十三以外を引かせる気などなかったのではないか。

 マジシャンズセレクト。奇術師が使うトランプマジックのカードを特定のものを引かせる手法を言う。それにはめられたのではないか、と塞は疑っていた。

 疑ったところで、何が変わるわけでもない。結局塞はトリを飾ることになるだろうし、それまでの話の順番が変わることもない。

 ただ、企画主の香久山たちに何か作為があったとして……その正体がわからないのがどうにもむず痒かった。

 何かが起こってしまいそうな予感だけが、塞の頭でガンガンと警鐘を鳴らす。

 それでも構わず、話は進むのだが。

「それでは俺の名前、四月一日について」

 四月一日は自分の名前について調べたようだ。このクラスには五月七日つゆり八月一日ほづみのように日付が苗字になっている者が存在する。

 それぞれ季節に準えた由来があるそうだが、四月一日だけはどうもそうではないらしい。

「どうして四月一日と書いて『わたぬき』と呼ぶかというと、実は昔の風習で、子どもを厄から守るために人形を作って、身代わりとしてその人形の綿を抜くという『綿貫わたぬき』というのが四月一日に行われていたからだそうだ」

 こけしのような話だ。こけしの場合は神隠しが流行った頃に自分の子が消されないように身代わりとして作られたのが由来だったか。

 一部の地域限定であるこけしの全地域対応版が「綿貫」なのだろう。

「でも、こういう儀式がいつも成功するわけではなく……」

 例え話が始まる。

「ある人は子どもを守る一心で人形の腹を割り、全ての綿を抜いたそうな。

 しかし、と続いた。

「その翌日、子どもは腹を裂かれ、五臓六腑を撒き散らして、死んでしまった……とか、ね」

 なんと皮肉なことか。子どもを守るためにやったことが、子どもを殺してしまうとは。

 こくりと誰かが息を飲むのと同時に、灯りがまた一つ、掻き消えた。


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