葉松も終わりいよいよ百物語は終盤だ。

 次に懐中電灯を手にしたのは、

「とうとう俺か」

 場所提供から設営まで、企画をサポートしていた八坂だった。

「お寺ってなんか神社に比べると曰く付き多そうだよね」

 悪気はないのだろうが、美濃がそんなことを言う。八坂は気を悪くした様子もなく、告げた。

「悪いが、うちの寺は曰く付きじゃないんだ。期待には添えん」

「い、いやいや、大丈夫だからね!?」

 誰もが想像していたのとだいぶ違う八坂の返答に目を白黒させる。八坂ってノリがいいのだろうか。……それとも天然か。

「しかし、寺からすれば、神社は神社で胡散臭いけどな。寺は仏を祀るが、神社は文字通り神の社だ。神っていうのは人間が思うほど人間離れした存在じゃない。時に人間より人間臭いからな」

 八坂の言うことはもっともだ。日本の神ではないが、ギリシャ神話のゼウスの妻関連の話は、目も当てられないほどの生々しい話があるし、日本神話はそんなギリシャの話に準えてあるという説までもある。

 まあ寺に胡散臭さがないかと言われると、きっぱりノーとは答えられない。何せ、火葬した後の骨壺が納められるのが寺であり、墓なのだから。

「とりあえず、家族に聞いたけど、この寺にはみんなが期待するような曰く付きの話はなかった。それだけ平和ってことだろう」

「ふむ、じゃあ、八坂くんのはどんな話?」

 すると懐中電灯の灯りの中で、八坂は仄かに笑う。

「言っただろう。寺『には』曰く付きの話はない、と……」

 蝋燭がゆらりと揺れた気がする。八坂を照らす灯りが妖しく変化したように見えた。

「うちの姉貴の実体験だよ」

 うっすら笑みを浮かべたまま、八坂は語った。

「姉貴とおれは結構年が離れてて、姉貴大学生なんだ。でいつもバイトとかで夜遅くまで働いてる。

 そんなある日の帰り道、姉貴はただ歩いていたんだが、唐突に後ろからぽんぽんと肩を叩かれ、『ついてますよ』って言われたので、確認のために振り向いたんだが、誰もいなかったそうだ。服とか髪にも汚れとかはついていないし。そもそも言ったやつはどこへ行ったんだか」

「わ……」

 それだけでどこか不気味な幽霊話だ。しかし──

「額縁から読み取れる怖さ──それだけじゃないよね、八坂くん?」

 誰かがそう指摘すると、八坂は「ああ」と頷いた。

 ほとんどの人が頭に疑問符を浮かべる中、塞は気づいた。

 そっと呟く。

「本当は、『取り』……」

 塞の導き出した解答に会場がざわつく。

「だ、大丈夫なのかよ、その姉貴……」

 葉松が少し引き気味で訊くと八月一日が軽く笑った。

「ちょっと隆治くん、裕の家が何か忘れた?」

 みんながはっとする。八月一日はクスッと笑って告げた。

「裕のお父さんは法力の持ち主だからね。小さい霊くらいなら祓えるよ。こないだ僕、お姉さんに会ったけど、元気そうだったし」

「蓮、ばらしすぎ」

「ああ、ごめんよ」

 ネタバレをされて八坂は不服そうだったが、聞いていた一同はほっと胸を撫で下ろす。

「とりあえず、みんな、あんまり夜遅くに出歩くとこういうことも起こりうる。気をつけてな」

 淡々と警告し、ふっと蝋燭を消した。


 ぱ、と懐中電灯が点き、次いで照らし出したのは、

「あぁ……私の番か」

 東海林だった。あまり気が向いていないようである。無理もない。あそこまでオカルトに否定的だったのだ。

 それでも彼女がここにいるのは……惰性だろうか。

 つんけんして非現実を信じない、それが東海林だ。クラスのみんなに聞いたら、東海林は好きとも嫌いとも言われないだろう。おそらく答えはこうだ。『普通』。

 普通とは定義づけられるものではない。そんな最も曖昧な位置に東海林はいた。

 曖昧だけれど、それゆえに、クラスの権力ピラミッドの頂点たちから目をつけられることもない。つんけんして見えるが東海林以上につんけんしている日比谷や宵澤がクラスにいるため、それも際立たない。

 そんな個性があるようでない普通の生徒であるが故に、よくも悪くも東海林は「いじめ」に関与することはなかった。

 東海林は傍観者なのだ。

 東海林のような人間が、このクラスの傍観者の大半だ。沼田にしたって、名前という特徴があるものの、それを七篠のように全面に押し出しているわけでもない。ただの物静かな男子だ。

 物静かと言えば、八坂や設楽にも言えることだが、この二人のうち八坂が目立つから、他の『物静か』が押し殺される。

 結局、個性とはそういうものなのだ。

「はぁ……話さなくちゃだめなの?」

 至極面倒くさそうに東海林が口にすると、当たり前じゃない、という即答が香久山から返った。

「ここまで来たんだからさ、ちゃんと終わらせたいじゃない? みんなそう思ってるよ」

「まあ、確かにね」

 残りは十人を切っている。人というのは不思議なもので、桁が減ると一段と少なくなった気になるものだ。東海林もそうだったのだろう。懐中電灯を握り直して話し始めた。

「せっかく双子がいるんだから、やっぱりドッペルゲンガーの話は欠かせないよね」

 妹尾姉妹に目配せする。雫が若干殺気のこもった目を、悠が雫の様子に呆れた顔を向ける。

 双子とドッペルゲンガーは厳密には全く異なる代物だ。話のネタにされるのはたまったもんじゃないだろう。

 けれど話を切り出すきっかけというのが必要なのもまた確かだ。仕方ないと諦めるのが賢明だろう。

 東海林は妹尾姉妹から目線を外し、続けた。

「ドッペルゲンガーっていうのは同じ顔をしたもう一人の自分で、会ってしまうと死んでしまうという話もある。まあ、後半は『世界には自分と同じ顔が三人いる』って話だけどね。あれもドッペルゲンガー現象として伝えられているわね。

 でも私が推したいドッペルゲンガーの真実っていうのは鏡の方だわ。

 そもそも、同じ顔と出会ったら死ぬってことは双子は生まれた時点でアウトじゃない。そんなの現実的じゃないわ」

 全くその通りであるが、怪談に現実的な突っ込みを入れるのは野暮ったくないだろうか。

「まあ、鏡説を推したい理由は他にもあるわ。ドッペルゲンガーって、日本語では『鏡像体』って書き表されることもあるみたいだし、鏡の中の自分と入れ替わっちゃう、なんて話は結構メジャーでしょう?

 鏡を見るときは気をつけないとね」

「うわー」

 鏡系の話をした園田なんかは真っ青だ。

「あれ、ドッペルゲンガーとか言うやつだったのかなぁ」

「かもしれないわねぇ」

「ひぃぃ」

 園田のびびり声を聞くと、満足そうに東海林は蝋燭を消した。


「情けないわね」

 東海林の話にびびりまくりの園田にそんな容赦ない一言を叩きつけたのは、宵澤である。次は彼女が話すらしい。

「鏡に何か映るなんてよくあることでしょうに」

「ちょっと待って、それ茶飯事ってまずくないですか!?」

 思わず塞が突っ込むが、当の本人が小首を傾げて疑問符を浮かべる。面白がった香久山が「その話、後で詳しく」などと興奮気味に言うと、「お断りします」と即、ばっさりと斬られた。

「私もさくさく終わらせてしまいましょうか。

 洗濯ばさみの話でもしましょうか。

 昔の洗濯ばさみって大きいとかなんとか。で、洗濯ばさみって指とか挟むと痛いじゃないですか。そのことからある村では処刑方法として洗濯ばさみを使っていたんだそうで」

「せ、洗濯ばさみで処刑……?」

 日常的な単語と穏やかではない単語が並び、かなりの違和感が生じる。首を傾げた三森に宵澤はにこりと告げる。

「どうやるかと言いますと、まず、吊るす用に長い麻紐を用意致しまして、適当な部分に洗濯ばさみを二つつけます。

 その洗濯ばさみで罪人の耳をそれぞれ挟めばはい出来上がり」

「え、耳痛そう……」

 それもそうだが。

「そ、その後はどうなるんだよ……? まだ何かあんだろ?」

 これまでの話の傾向から考えたらしい葉松の一言。宵澤はふふ、と小さく笑って応じる。

「その後どうなるかって? ご想像にお任せしますよ」

 ふっ、と勢いよく火が消される。


 あと、七。


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