つ
「みんな本格的だなぁ」
そう笑って懐中電灯を取ったのは、嗣浩だった。
「本気度すげぇ」
「それな」
佐藤コンビで盛り上がり始める。「ったりめーだろ」と葉松がそこに入り、馬鹿騒ぎのようになる。
葉松も、佐藤コンビと喋っている分には普通の小学生……と言いたかったが、佐藤コンビのノリが「ガキ大将の取り巻き」なので五十歩百歩だ。
「みんななかなか本格的な話ばっかだから、俺からは抜け感のあるコミカルな怖い話を」
そんな出だしで始まった嗣浩の番。内容はこうだ。
「有名メーカーが作った帽子があるんだが、困ったことにそのメーカーの帽子、できはいいんだが、外すと髪が抜けているという」
あまりに短く、わかりやすいボケ。すかさず葉松が突っ込む。
「それただのヅラじゃねぇか!」
「あ、バレた?」
バレたじゃねぇよあーほ、などと軽口を叩く葉松は、すっきり突っ込めたからか上機嫌だ。そこも狙っての話だったのだろうか。だとしたら、抜け目ない。
「あれぇ、じゃあ全然怖くなかったかな?」
「ある意味怖ぇよ! 別種だけどな!」
「たはは」
続けざまのボケに譲二も突っ込み、場の雰囲気が和やかになる。少しひんやりとしすぎていた場が温かくなった気がした。
「つうわけで俺の話終わりっ!」
「まじかよ短っ!?」
クラスメイトの多くからの突っ込みを締めに、嗣浩は勢いよく蝋燭に息を吹きかけた。
次は新島だ。懐中電灯が掲げられると、「真面目に話さねぇとしばくぞ」とガキ大将からのお達し。新島は乾いた笑みを浮かべた。
「ハードル高いなぁ」
言いつつも、雰囲気は自信に満ち溢れていた。
「じゃあ、怖い話メジャー選手をそろそろ出そうか。井戸の話だよ」
井戸というと、かなりメジャーな呪いのビデオの話を思い浮かべる。確かにそれくらいにはメジャー選手だ。
「井戸っていうのは最近少なくなってきているけど、ちゃんと埋めるための儀式があるんだって」
「儀式っ」
呪術や儀式好きの四月一日が案の定食いついた。球磨川がどうどう、と押さえる。
ご期待に添えるかわからないけどね、と新島は苦笑して続けた。
「確か……祈祷して、梅の枝とヨシっていう植物を一緒に奉納するんだっけ。それで『うめてよし』ってね」
「よくあるげんかつぎの話だねぇ」
球磨川が感心したように合いの手を入れると、水を射すように刺々しい声がした。
「下らない。ただの駄洒落ではありませんか」
刺々しい声の主は、佐伯だった。けれど、井戸の話を擁護するように、美濃が口を開く。
「わかりやすいからいいんですよ。下らなくなんかありません」
「羽虫め、貴女の番ではないでしょう? 黙っていなさい」
「げんかつぎの良さも知らないお嬢様に教鞭を、と思ったのですが」
「げんかつぎくらい知っていますわっ」
美濃の強気な発言に鬱陶しそうに喚く佐伯。脇から吉祥寺が「また瑠璃花さまを愚弄する気か!」としゃしゃり出てくる。
「げんかつぎくらい一般常識ですもの、それをお嬢様が知らないなんてことくらい、あり得ないのは存じておりますよ。ただ……下らないという言葉は、聞き捨てなりませんね」
美濃がそのまま喋り始める。
「例えば家を建てるときにやる餅まき。あれは『家が長くもちますように』とかけてあるんです。そういう風習を大事にするのは古きよき文化。だからこそ家には神仏が宿り、災難を無難に取り持ってくれているとも言われます」
「羽虫の喚きはよく聞こえないわね」
「あら、お嬢様、お耳が遠くなられたので?」
売り言葉に買い言葉。佐伯と美濃の間にばちばちと火花が散る。
「はいはいストップストップ」
そんな二人の間に和やかに入ってきたのは、塞の隣にいたはずの相楽だった。今は塞の前に立ち美濃に懐中電灯を手渡している。「はい、山茶花ちゃん」とナチュラルに言われ、美濃は毒気を抜かれたような顔で受け取った。
「ほらほら、建くんが続きに困ってるし、細かい話は後から」
ナイスフォローである。新島も突然のことで緊張していたのか、ほう、と僅かに息を吐いた。
佐伯も渋々黙る。そこで安心したように新島が口を開いた。
「でも、呪いの井戸っていうのの中にはこんな話があるんだ。
奉納するはずのヨシをアシと間違えていたため祟りが起きたって」
「ヨシとアシ……?」
植物にあまり広くない日隈が疑問符を浮かべる。
「ヨシとアシって、生えてる場所が違うだけで、そっくりなんだ。漢字も同じでくさかんむりに『違う』のしんにょう取ったやつなの」
「ふえー」
これは一つ勉強になった。さすがはがり勉の異名を持つ新島である。
「けど『うめてあし』じゃあ、そりゃね。げんかつぎ的にはだめでしょ。
気をつけないとねぇ」
つまり、『呪いの井戸』の称号にはそんな裏話があるかもしれない、ということだった。
「佐伯嬢にもいくらかげんかつぎの大切さがわかったかな? 僕の話はおしまい」
佐伯がむ、と顔をしかめたが、新島はそれを見ることなく、ふう、と灯りを消した。
次は美濃だ。
「ふふ、やっと回ってきた」
楽しそうに美濃が笑うと佐伯がつんとして言う。
「あら、また羽虫が喋るんですの? 鬱陶しい」
「そうですわ。羽虫の話なんて聞きたくありません」
「保健室登校のクズだしね」
佐伯に賛同するように、吉祥寺、茂木が続く。けれど、今日の美濃はいつもと違い、強気だ。
「そんな羽虫のお話ですが、まあ最後までお聞きくださいませ」
おどけて笑い、そんなことを言う。佐伯たちは不機嫌になるが、美濃はそんなこと知ったことではないとばかりに話し始める。
「保健室の話をするね……」
私はいつも保健室にいるから、と苦笑を浮かべつつ、続ける。
「保健室のあるベッドは絶対にカーテンを閉めちゃいけないの。
カーテンとか閉めきっちゃうと、そのベッドの空間だけ切り取られて、どこにも繋がらない虚空に飛ばされちゃうんだって」
そしてついさっきまでそんな素振りなどなかったのに、怯えたように震えた声で告げる。
「わ、私ね、そのベッドで休むとき、やっぱり隙間とかあると気になっちゃうからしっかり閉めたら、目眩がして、そしたら保健室の先生が慌てて開けてくれた。で、その話を聞いたの」
……学校の七不思議だ。
保健室の話は結構メジャーなのだが、美濃の演技も相まってか、いつもより怖く聞こえる。
しかも何気に実体験らしい。
「……っは、羽虫の戯れ言なんて信じられるものですか」
佐伯はそういうが、声が震えて強がりなのがバレバレである。美濃はクスクスと笑うだけで特に返しもせず言葉を連ねた。
「みんな、気をつけてね」
そんな忠告を残し、炎が掻き消える。
さてお次はと目をやると、ガキ大将が興奮気味に懐中電灯を手にしていた。
「うおおおっ、やっと俺の番が来たぜっ」
楽しそうで何よりである。
塞はどこか冷めた気持ちで葉松を見た。幸いこちらは見ていない。とりあえず回ってきた自分の番に盛り上がっているようである。
「おっ、まだ出てないから最後の七不思議いただきぃっ」
自分の用意したネタが誰とも被らなかったのが嬉しかったらしく、意気揚々と語る。
「四階廊下のずるずるさんって知ってるか? 夕方にな、四階廊下をずるっ……ずるっ……って何かを引きずる音がするんだって。滅多なことじゃ四階には放課後行く人いないのにさ。
でも、ずるずるさんが引きずっているものの正体を確かめに、四階行っちゃだめだって。
噂によれば、『引きずられるから』だそうだ」
なかなかパンチの利いたのを用意していたなぁ、と思う。
塞たちの学校の七不思議は「カンペンの付喪神」「音楽室のトランペッター」「トイレの手」「踊り場のダンサー」「隔離保健室」「四階のずるずるさん」とお決まりの七つ目は知ってはいけない、である。
その中でも四階のずるずるさんは正体不明なこともあり、児童たちの間では結構恐れられている。
故に放課後の四階には誰も行かない……はずなのだが。
葉松の隣で星川が耳を塞いで踞っていた。尋常じゃない怯え方だ。いつものことと言えば、それまでだが。
「カンペンの付喪神」と言い、「踊り場のダンサー」と言い……これもまた、試しに行かされたか。
「このはくん、大丈夫ですか?」
異変に気づいた霜城が、星川の背中をさすってやる。星川は「大丈夫、ありがとう」と全然大丈夫ではなさそうな声で答えていた。
葉松はそれを一笑に伏す。
「こいつが何に怯えてんのか知らねぇけど、ずるずるさんって一体何を引きずってるんだろうなぁ?」
灯りがまた消えた。
あと、十。
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