そ
「今日は実体験系が多いねぇ」
ぽつりと球磨川が呟く。その脇で四月一日が頷きながらメモを執っていた。
「維くん、それはなんのメモ?」
塞が少し気になって訊くと、四月一日は眼鏡をくいっと上げて答えた。
「先程の泥田坊の話、興味深かったので後で調べようかと思って」
「……このクラス、物好き多いわね」
雫が目を細める。多いと言われるが、オカルト好きは香久山、球磨川、四月一日、美濃の四人だ。四十人以上いるクラスだから、さして多くもない気がするが……その辺りは本人のさじ加減だろう。
「知的好奇心を満たすのは楽しいですよ」
四月一日が朗らかに言う。確かにな、と新島が同意の声を上げた。
オカルト好きな四月一日と勉強熱心な新島とでは知的好奇心の意味が違うだろうが、まぁ、そこを指摘するのも野暮ったい。
塞も、好奇心が満たされるのは嫌いではない。この百物語も、楽しんでいる。
けれど、少し妙だ。何か、胸騒ぎのようなものがする。この百物語が始まってから、ずっと。
それの正体は何なのか、知りたいけれど、知りたくない。矛盾した感情が渦巻いている。
──この百物語を、止めた方がいいのではないか──
そんな思いがよぎるが、いやいや、と首を横に振る。
ここまで来たら、見届けないと。見届けるために今日の開催にしたんだろう?
『君だけだよ。これから何が起こるのか、ちゃんとわかっているのは』
過去の声が、塞に語りかけてくる。
塞は目を見開いた。それから、次の語り手……永井の方を見る。
永井はぽう、と自分の顔を懐中電灯で照らし、面白がっていた。隣の七篠に笑いながら得意げに問う。
「ね? 怖い? 怖い?」
「怖ないわあほんだら!」
色々と台無しな永井の発言に鋭くチョップで突っ込む七篠。さすがの切れ味だ。
「いて。あはは。まあ、じゃあ適当に話すわ」
「真面目に話せよ」
突っ込みという名の合いの手を入れられつつ、永井はへらへらと変わらずマイペースに話し始めた。
「ごみ捨ての日に、ごみ捨て場に段ボールがどんと一つ置いてあったんだって。
ごみ袋に入れないで置いてあったから、近所の世話好きの奥さんがぷんすかしながら、代わりにごみ袋に入れたんだって。やたら重いから苛立ったみたいで。ご近所中に愚痴って回ったとか」
俺もその愚痴に巻き込まれたんだよねぇ、いやはや大変だった。知ってる? ほら四丁目のガミガミおばさんだよぉ、と本当にマイペースに話を進める。マイペースすぎて話の筋が逸れてきた。
「嫌だよねぇ、ガミガミおばさん。まあ勤勉でいい人なんだろうけど、井戸端会議を小学生にしてやることはないと僕ぁ思うね」
「おい、怖い話はどこ行った」
「あてっ」
再び七篠のチョップを食らい、少し苦々しく笑いつつ、話を戻す。
「で、ええと……ごみ回収車が来るわけなんだけど、あれってどういう仕組みになってるか知ってる? ミキサーのお化けみたいなでっかい刃がついていて、ごみ袋のごみをぐしゃぐしゃって分解して、車の中に圧縮して溜めるんだって。
一回見せてもらったことあるんだけど何せごみには生ゴミも入ってるからさぁ、見られたもんじゃないよ。まあまず臭い臭い。思わず吐きそうになったね」
「また逸れた」
どうやら定期的に突っ込みが必要なようで、また七篠のチョップに「いてっ」と声を上げる。
「ええと……その日、たまたま見かけた回収車のシュレッダー……? の音、バキバキゴキィッてすごい音だったよ」
これでおしまい、と永井が締めくくるが、みんなわけがわからずぽかんとしている。仕方ないだろう。途中色々と余計な話が入っていたのだから。
「要約すると大きくて重い段ボールが置いてあって、ごみ回収車に回収されたときにものすごい音を立てて潰されたってことよね」
「そうそれ! さすがるなちゃん、話すの上手いね!」
「名前呼ぶな! あとお前が脇道に逸れるのが悪いっ」
またしても
だがそこに誰かが言う。
「わあ、怖い話だねぇ」
そこにはクスクスと押し殺すような含み笑いがあった。塞もその雰囲気を次ぐように相槌を打つ。
「うん。これも意味怖かな」
「あぁん?」
意味怖の意味を読み取るのが不得手らしい葉松が不機嫌そうな声を上げる。隣の星川に突っかかりそうな勢いなのをふせぐべく、塞はすぐに解説する。
「ガキボキバキィッてすごい物音がしたんでしょう? 一体何の音だったと思います?」
「知るか。ごみだろごみ」
考えようとしない葉松に呆れながら、塞は紡ぐ。
「……人の骨の折れる音だよ」
苦いものが口の中に充満する思いだった。人の骨の折れる音、それはつまり。
「ま、まさか、人間が詰め込まれてたって、ことかよ……?」
さしもの葉松も、悪寒が走ったのか、ふるりと震えた。
「んー、そうなのかなぁ?」
あははー、と呑気に笑って、永井は火を消す。
「おいおいおい、洒落にならねぇぞ、実話かよ……」
青ざめる葉松。この表情は貴重だ。が、それをからかえるほどの強者はここにはいなかった。
恐々と、隣の七篠が永井を見上げる。
するとへらへらと永井は笑った。
「さぁなぁ」
「ちょっと! 人命が関わってんのよ!?」
「関わってたって死んでんだろ」
「そういう問題じゃ」
「だったら、どうして」
永井と七篠の言い争いの中に誰かが入った。
「七月三十一日を、覚えていないんですか?」
……否、言ったのは、塞自身だった。
いつもの自分からすると信じられないくらいに苛立っていて、塞は、自分に驚いていた。
「……なんでもないです」
塞は黙り、次の方どうぞ、と告げた。クラスの大半は塞が何を言いたかったのかわからなかったらしく、きょとんとしていた。
わかっていたのは、香久山、球磨川、古宮、霜城、妹尾姉妹、五月七日、日隈、星川、八月一日、汀、美濃、八坂、宵澤、四月一日──クラスの半分にも満たない人数。それぞれ、悲しげに眉を潜めたり、俯いたりしていた。
こんなクラスではいけないのに。何よりあの子が報われないよ……
けれど、何もできていない自分がいて、情けなくて。ぎりりと拳を固めるしかなかった。
「……そろそろ始めるわね」
そう、懐中電灯を手にしたのは、日比谷だった。日比谷もやはり『七月三十一日』をわかっていないようだが、さばさばした性格の彼女はスルーすることにしたらしい。さくさくと自分の話を始める。
「ネットで検索した、最近の怖い話よ」
そういえば日比谷もパソコン室を利用していたんだっけ、と思いながら耳を傾けた。
「流行りものをやりたくて、ボーカロイドソフトに手を出した人がいたんだけど」
ボーカロイド。今では一般的だが、出始めてから数年経っても熱が止まないどころか、日本の文化の一角を担うまでの存在となったものだ。
「その人女性でね、キャリアウーマンの傍ら、趣味で手軽にできないかなぁってずっとソフトを探していて、ようやく手に入れられたんだって。
中古とはいえ五百円という破格の値段で手に入れられたそのソフトは、なかなかよくできていて、『SAKUA』という無名のボーカロイドだった」
確かに、『SAKUYA』というボーカロイドは聞いたことがない。
「無名だから、上手くやれば大出世、だなんて、思って、心を込めて曲作りや操作なんかをして。
もう自分の分身みたいに入れ込んで、いよいよ一曲完成、というとき、」
そこで一旦間を置き、いい具合に緊張感が溜まってきたところで日比谷が無機質な声で喋る。
「『マスター、ありがとうございました』
って、突然ボーカロイドが勝手に喋りだして、その人が不審に思ったときには意識がブラックアウトして……
それからその人はしばらくして目を開けて、画面に向かって言ったんだって。
『今日からは私がマスターですね』
って」
つまりは、
「入れ替わり……」
「そうそう。鏡ではよくあるんだけど、こういうのなら、珍しいなって思ってね」
どうだったかしら? と日比谷が小首を傾げて問うが、場の全員がしんと静まり返っていた。
ひんやりとした空気の中で、ふう、と炎を消す息遣いが、やけに響いた。
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