れ
しーんとした中、淡々と懐中電灯が回されていく。
もはやこれは遊戯会ではなく、「作業」だった。ほとんどの面々からは「もう帰りたい」「面倒くさい」という感情が滲んでいた。もちろん、例外はいる。企画主の香久山たちはもちろん、八坂に至ってはここが家であるから、帰りたいも何もないのだろう。
ただ、このしみったれた空気の中で例外すぎるくらいに盛り上がっている人物もいた。主に、塞の隣にいる相楽や……
「やっと来ました、私の番!」
順番をウキウキと待っていた日隈などである。
他のまだ回っていない面々も、せっかく用意したのだから、話していきたいと思っているのか、心持ちそわそわしていた。
何よりその中に葉松が含まれるのが原因だろう。クラスの二大権力のうちの片方だ。しかもこちらは即物的な苦痛を与える存在。横暴なガキ大将である。男子の畏怖の対象であるのはもちろんのこと、腕力においては男子に劣ってしまう女子にとっても脅威である。迷惑な話だが。
葉松の意に沿わなければ、星川のように玩具にされる。それが、誰も口には出さないが、クラスの掟のようである。まあ、星川は勝手に選ばれた、所謂「いじめられっ子気質」の子どもである。かつての塞だって同じだ。黙っていても、火の粉が降りかからないわけではない。ただみんな、「より安全と思われる方」へ逃げているだけ。
大した結束のクラスである。
何か虚しいものを感じながら、日隈の話に耳を傾ける。
「怖いかどうかはわからないですけど、どこかの学校で悪魔を召喚することに成功した、なんてニュースがあったのを聞いたことがあります!」
張り切ってそう切り出した日隈はいじめっ子反目派だ。純粋にこの百物語を楽しみにやっているのだろう。鼻息ふんすという勢いが伝わってくる。
そういえば、高校生連続失踪事件、なんていうのが新聞記事の片隅に載っていたのを思い出す。
「そう、確かいつぞややってた、連続学生失踪事件のやつです!
最後にいなくなった人の遺書みたいなのに、『わたしは悪魔に連れ去られる』って書いてあったと、風の噂で、聞きました」
また東海林が眉唾物とでも言いたげに顔を歪める。いちいちそう反応して、挙げ句面倒くさい、と言える東海林の神経の方がよほど疑わしいが、沈黙は金だ。
要は怖い話であればいいのだから、いちいち嘘か本当かなんて気にする必要はないのだ。
時事ネタをセレクトする辺りなかなかやると思う。
日隈は最後に告げた。
「『悪魔を招いた代償だ』……って書いてあったそうです」
ふう、とまた蝋燭が消えた。
「悪魔かぁ。和風怪談も怖いけど、洋風怪談もいいねぇ。悪魔と契約して……その子はどうなったんだか」
香久山がそんなことを言う。ですよね! と四月一日が食いついた。
「日本の契約や呪法系統のものには髪やら体の一部というのが使われることが多々ありますが。和においても洋においても欠かせないのはやっぱり『血』ですね。やはり体内にあるものだから、繋がりとしては濃いものになるんですよね。もちろん不気味さという意味でも、トップクラスですし」
「いや、それ以外でも充分不気味よ」
そう四月一日に突っ込んだのは、懐中電灯を持った妹尾姉妹の姉、雫だった。
確かに、爪だの髪だのも聞いただけで怖いかもしれない。
「はぁ。それにしても霊感持ちが悠以外にもいるって言ってたけど、平気そうね。意外だわ」
「……あぁ」
ちらりと視線を向けられた五月七日が、小さく頷く。
「ここが寺だからでしょう。それに山川二人はこう見えて呪術の類はちゃんとした手順を踏んで準備してくれるから。身構える必要なんてないのよ」
「ふぅん」
それでも雫は悠が心配なようで、問いかけるように見上げるが、悠は無言で、じと目だ。
「……シスコン」
「なぁっ!?」
妹からの無情な一言に雫がわんわん喚く。
「私は、悠を心配してるだけなの! 当たり前でしょ!」
わぁわぁ言いながら言い返す。
「シスコン。過剰心配症」
「ううっ、はっ、悠ったらまさか反抗期!? お姉ちゃん悲しい」
「いや違うから」
暴走気味な雫のシスコンに悠が冷静に突っ込むが、雫は聞く様子はない。
ある意味微笑ましいが……いいのか悪いのか。
「そろそろ始めてよ、妹尾さん」
香久山が苦笑い気味に雫に促す。むぅ、と雫は唸ったが渋々といった体でマイク代わりのように懐中電灯を構えた。
「あんまりこういうのは悠が霊感あるらしいからしたくないんだけどさ」
「まだ言うか」
悠の突っ込みに、雫は再びむぅ、と唸るも、話を続ける。
「前いた学校で、お遊び時間にお化け屋敷をやったんだ。その時に、どうやら寄ってきてしまったらしくて……
気合いを入れたのが裏目に出たらしいな」
これで終わり! と悠を心配してよほど早く締めたかったのだろう、雫が早口言葉並の早さで言う。悠は呆れの混じったじと目を向けた。
「もうちょっと具体的に話したら?」
「そんなことしたら悠がどうなるかわからないでしょ!」
「……はぁ」
「その溜め息は何!?」
姉妹漫才を見ているようで、思わず笑ってしまう。仲良くて何よりだ。
悠が申し訳なさそうにぼそぼそと付け足す。
「お化け役の子が気合い入れて、小学生とは思えないレベルの仮装をしていたの。元々雰囲気のある子だったし、引き寄せられたんだろうね」
何が、とは言わなかったが、あとはお察しだ。
「ほら、雫、蝋燭」
「悠はせっかちさんね」
「待ってるのはみんな」
「悠、もしかしてツンデレ?」
「ツンデレの使い所間違ってる」
ぽすぽす、と悠が雫の頭にチョップを入れる。やめてやめて、と言いながらも、雫は蝋燭を消した。
まあ、次は悠の番なのだが。
「ちょっと、悠は今私の話の捕捉したんだから、もう消していいでしょ?」
「うーん」
香久山が難色を示すのに、雫がぷちりとキレる。球磨川がどうどう、というが、逆効果だったようで、「私は馬じゃないわよ!」と叫ばれた。
そこで悠がぽやんと呟く。
「……せっかく用意してきたのに……」
雫の隣で膝を抱えてのの字を書き始める。あ、可愛い、と雫は一瞬呆けたあと、はっとしてフォローに入る。
「あ、あ、あのね! そ、それじゃあ聞こう! 悠の話、お姉ちゃん楽しみにしてたのよ!」
「……嘘。雫は早く帰りたいって思ってる。私の話なんかどうでもいいんだ。ふん……」
いじける悠に、雫がおたおたとする。さすがに見かねたのか、球磨川が声を上げた。
「僕は聞いてみたいなぁ、その話」
すると、悠は顔を上げ、ん、と頷いた。
「じゃあ、話すよ」
静かなぼそぼそとした声がいくらか明瞭になり、語り始めた。
「私は泥田坊っていう妖怪の話をするよ」
妖怪系の話はここに来て初めてかもしれない。塞の隣に座す美濃の目の色が変わった気がした。
「その昔、田んぼを埋め立てられて、別荘が建てられたらしいんだが、夜な夜なその家に『返せ……返せ……』と声が聞こえるらしい」
淡々とした語り口が、いっそう怖さを醸し出していた。
「声の正体を知るべく、家主が夜、見張っていると、泥土の塊が、こちらに向かって叫んでくる」
すると声のトーンを一段と低くして、悠は叫んだ。
「『返せ、返せ……おらの田んぼを返せ……!』」
その叫びは抑揚に富み、微かに掠れていて、臨場感たっぷりだった。思わず鳥肌が立つ。
が、直後、淡々な口調に戻った。
「それが毎晩続き、半年が経った頃、遂に当主はその土地を手放し、祟りを恐れたそうな」
これでおしまい、と悠は首を傾げた。
「どうだったかな? 田んぼの妖怪の話なんだけど」
「悠さん話すの上手いね」
少し興奮気味に美濃が褒め称える。
そこへ横から雫が自慢げに胸を張って、「ふっふ、これが悠の特技よ」なんて言うと、雫がチョップを入れた。
「雫は適当なことばかり言う……まあ、みんなが楽しめたならそれでいいけど」
溜め息混じりに蝋燭が消された。
あと、十六。
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