「やぁ、意外とみんなオリジナリティ溢れる話で楽しいねぇ」

 香久山がけらけらと笑う。確かに、ここまで二十三人、一人も被りがなかった。奇跡的と言えよう。

「前半戦が終了してこんなに楽しいのだから、後半戦にも期待が湧くね」

「さらっとハードル上げんな香久山!」

 香久山に突っ込んだのは、次の番の真城一哉だった。

 真城ははぁ、と盛大に溜め息を吐くが、懐中電灯をかまえた途端、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

「じゃ、話すよ。

 みんな、ずいどうって知ってる? とっても怖い場所なんだよ。心霊スポットとしても有名で、よくよく肝試し客が来るんだって」

「……おや、聞いたことがない」

 球磨川がそう口にしたことに一同が驚く。香久山も「聞いたことないねぇ」と相槌を打った。

 このクラス二大巨頭が知らないとなるとよほどマイナーな話だ。よく仕入れたものだなぁ、と感心した目を真城に向けると、真城は肩をひょいと竦めて、続けた。

「何も起きないからガセっていう人が多いんだ」

 なるほど、それなら人気はあっても、ジャンル的には無名なのも頷ける。

「よく見つけたねぇ」

「まあ、人気スポットではあるらしいから。出ないらしいけど、それでも人気なのは、昔殺人事件が頻発したことからだろうね。曰く付きって魅力的なんだろうねぇ」

「なるほど、殺人事件とかからアクセスしたと」

 うんうん、と真城が頷く中、七篠が声を上げる。

「でも怖い話で隧道の話って結構あるわよね。なんでわざわざそんなマイナーなの引っ張ってきたの?」

 すると真城はんー? と首を傾げた。

「数多あるずいどうを差し置いて……って何言ってるの? ずいどうはたった一つしかないよ?

 骨髄道こつずいどう、だよ?」

「なっ……」

 骨髄、とは人体の体の一部だが。

「なーるほど。言葉遊びだったわけかぁ」

「ん、まあね。ちょっとは怖かっただろ?」

「うーん、他から比べるとクオリティが」

「お前らみたいなクオリティを凡人に求めるな!」

 へらっと返す香久山に少々真城がキレた。ごもっともだ。

 それを言ったら須川の陽炎の話なんてどうなるのだ。

「とにかく、俺の話は終わり」

 ふ、と揺らめいて炎が消えた。


「次って誰だったっけ」

 ふと誰かが声を上げる。すると、ひぅ、と妙な息の飲み方をする音が聞こえた。そちらを見ると、かたかたと震える手で懐中電灯を持ち上げた星川がいた。

「ぼ……ぼく、です……」

 大袈裟に見えるくらい怯えた表情の星川。かたかたと震えているため、手元の懐中電灯の光がゆらゆら揺れる。それはそれで光の角度の変化により、星川を一種の怖さをもたらす顔に照らしていた。

「さっさと話せよ、びびり」

 隣の葉松がばしばしと星川の背を叩く。叩かれるたびに星川はびくびくとし、「え、あの、えと、その」と吃る。何かと星川を気にかけている霜城がきっと葉松を睨むが、お構い無しだ。

 それどころか葉松以外の連中も「早く話せよ」「帰りたいんだから早くしてくんない?」と煽る始末。星川はますます怯えて、上手く言葉が出ないようだ。

「帰りたいなら、帰ればいい」

 そんな中、ざわついてきた周囲の声を引き裂くように一人が言った。それは今日部屋を貸し出し、企画主の一人を務める八坂だった。よく通るその声に、一瞬、全員が静まる。

 苛立ちは見られないが、何か決然としたものを漂わせて目を開く。

「帰ってもいいぞ。ただしさっき香久山が言った通り、この部屋を出るには結界を解かなきゃならない。誰か一人でも外に出たら、その瞬間から結界は壊れて、これまでの話の空気に引き寄せられた怪異やら幽霊やらが侵入してくるだろうな。霊には害のないやつもいるが、害のあるやつに当てられたら……どうなるだろうな?」

 淡々と、けれどしっかり雰囲気のこもった説明に、一同が固唾を飲む。

 いつもは攻撃的な反応を見せない八坂が言うからこそ、効果は絶大だった。

 だが、まだ反論する者もいる。

「結界だの霊だのなんのって言ってるけどねぇ、そんなのあるわけないでしょう? さも現実であるように非科学的なこと言わないでくれる?」

 それは東海林だった。東海林の言葉を受け、八坂は静かな眼差しのまま「ふぅん」と言った。

 正直、寺の息子の前でそれを言うのか、と塞は思った。実際、八坂の目には珍しく、穏やかならざる光が宿っていた。

「信じないなら帰ればいい。さっきからそう言ってる。ただ、それで、夏休み明け、

 八坂の言い種に、東海林がぐ、と息を飲み、苛立ったようにはぁ、と溜め息を吐いた。

「あんたら何、人を脅すような言い方して。クラスメイトを人質に取って何が楽しいわけ?」

「人質とは随分な言いがかりだな。そんな風に思ったなら、その時点で、お前は非科学的な話を信じたということになるが?」

 八坂の言い分にぐうの音も出ず、東海林は黙る。

「それとも瑞季、お前も何か、疚しいことでもあるのか?」

「あるわけないでしょ!」

 東海林が怒鳴る。茂木のときと似た状況になった。まさか、あの温厚な八坂がここまで攻撃的になるとは思わなかったが。

 八坂は尚も続ける。

「ないだろうな。疚しいわけない。覚えていもしないことを、疚しいなんて思うわけ」

「……何よ?」

 八坂のどこか引っ掛かる言い方に、東海林が不機嫌も露な声を出す。

「いや、いいよ。俺は怒りはしない。、な」

 八坂の言い方に釈然としない空気が漂う。何人かは思い当たったようで痛ましげな表情になるが、場の大多数はわけがわからないようだった。

 やはり、七月三十一日を覚えている者は、少ないのか……

 塞がやるせない思いを抱いていると、星川が意を決したように口を開いた。

「あっ、あの……そろそろ、は、はは、話して、いい、かな?」

 空気を読み、口を挟むタイミングを見計らっていたようなのだが、葉松に「さっさと話せよ、ややこしいことになったじゃねぇかばぁか」と罵倒されていた。

 いつものように「ひぃっごめんなさいごめんなさい」と星川が謝り倒すという光景が繰り広げられ、空気はなんだか弛緩した。いつもの、教室の雰囲気。

 これが「いつもの」というのも問題な気がするが。

 何はともあれ、星川は怯えながらも口を開いた。

「ぼ、ぼくも、七不思議、から……」

 か細い声で語られ始める。学校の七不思議、四つ目だ。

「え、えと、中央階段の踊り場に逢魔が刻に行くと謎の踊り子がいて、その人と踊ると、い、異次元で踊らされ続けるって……」

「逢魔が刻って?」

 誰かが星川が話を膨らませやすいようにか、質問を差し込む。星川は吃りながらも答えた。

「夕方と、夜の、境目……黄昏が近い、かな」

 自信なさげだが、だいぶわかりやすい説明だ。「ざっくり言えば夕方だろ?」と葉松が頭の悪いことを言っているが。

「は、話を戻す、ね。

 ぼく、怖くて、でも、行ったら、足音だけで、噂とは違うけど……こ、怖かった、よ?」

 星川は、言わずと知れたクラス一の気弱で怖がりだ。今までもそんなに怖くない話でオーバーリアクションを取っていたし、そこは否定のしようがない。

 そんな星川が自ら学校の七不思議なんて怪談の検証をするだろうか? ──答えは否だ。

 きっと、カンペンの話のときと同じ。

 塞はきゅ、と唇を引き結んだ。

 葉松に目をやるが、我関せずであるかのようにふんぞり返っている。星川の頭をぐいぐい押して、早く消せよ、と蝋燭の方に向ける。一歩間違えば火傷しかねないが、そんなのお構い無しだ。

 ちょっと過呼吸気味な息をどうにか整えた星川が火を消す。


 あと、十九。


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