「さて、次は林道さんだったね」

「は、はいっ」

 香久山に名前を呼ばれ、驚き交じりに返事をする林道。いずまいを正し、懐中電灯で顔を照らし、すぅ、と呼吸を一つ。話し始めた。

「友達から聞いたんだけど、チェーンメールって怖いよ」

 チェーンメール、なんとも久しぶりに聞く単語の気がする。これも怖い話の中ではポピュラーなジャンルだ

「ある友達のところに『このメールを二十九人に拡散してください。一週間後に死にます』ってメールが来たんだって」

「ふぅん」

 香久山がつまらなさそうな相槌を打つ。実際、つまらないのだろう。その文章はあまりにもありきたりでわかりやすいチェーンメールだったからだ。

 他のクラスメイトは香久山たちのようにみんながみんなホラージャンルに明るいわけではないのだからこういうありきたりなものが出てくるのは仕方ないと思うのだが……香久山も香久山で楽しみにしていたのだろう。百物語に集う物語たちを。

 さすがにそれだけで話が終わるわけではなく、林道は続けた。

「明らかなチェーンメールだからさ、怖いながらもその手には乗らないぞって思って、その子は自分のところで止めたんだって。

 すると一週間後、その子の周りの人たちが相次いで心不全で亡くなったって。親戚とか、友達とか。

 後でわかったことなんだけど、不思議なことに、その人たちのところにも同じメールが来ていたらしくて、みんなは怖かったんだろうね、転送しちゃってたみたい。

 死んだ人数が、なんという偶然か、二十九人だったらしいよ。災難だったねぇ」

 っていうお話、と林道は締めくくった。すると、香久山や、塞の隣にいる美濃の表情が明らかに変わった。クラスのほとんどの面々はきょとんとしている。

 次が順番なため、手元に懐中電灯を持っていた窪の顔がぽやんと浮き出る。

「ええと……チェーンメールって怖いんだね?」

 その表情に見合ったぽやんとした一言を窪が言い、この話の意味に気づいている勢の面々はがくっとずっこけた。

「ああとねぇ、確かに結論はそうなんだけど、ひさくん、どこが怖いかわかる?」

「全然。でも知り合いが死んじゃったっていうのは怖いね」

「ちょっとずれてるけどそれ!」

 誰かが突っ込み、解説を入れる。

「知り合いはなんで死んじゃったと思う?」

 わかっていない勢はうーん、と悩む。そこで何か思いついたのか、わかっていない勢の中で東海林が声を上げる。

「あっ、チェーンメール!」

「ご名答。チェーンメールの文面を思い出してみようか」

 そう、そこに引っかけがある。チェーンメールには『このメールを二十九人に拡散してください。一週間後に死にます』と書いてある。

 新島もぽんと手を突く。

「そういうことか! メールには『送らなきゃ』死ぬなんて書いてない!」

 その通りだ。

 チェーンメールは回さないと自分に厄が降りかかる。その概念が『回さないと自分が死ぬ』という勘違いに繋がった。

 けれどそのまま読むと、『回すと死ぬ』と読み取れるのだ。つまりは、そういうこと。

「エッグいチェーンメールがあったものね」

 涼しげな顔で日比谷が言う。林道は困ったように乾いた笑みを浮かべた。白いワンピースの膝元に添えられた手は遠くから見てもわかるほどに震えていた。

「楓ちゃん、大丈夫ですか?」

 近くにいた霜城が心配そうに見る。林道は大丈夫大丈夫、と返したが、声は震えていた。

「こういう、人が怖い系の話は苦手です……妖怪とかならいけますけど……」

 こらえきれなかったのか、そう白状する林道。

「ええっ? 私はむしろ妖怪系の方が怖いですよぉ」

 泣きそうに言い返したのは日隈だ。まあ、人それぞれだろう。

「とっ、とにかく私の話はこれでおしまい! 蝋燭消すよ!」

 慌てふためく林道の傍らの灯りがふうっと消された。


 次は窪だ。だるそうに懐中電灯を持ち上げる。

「ええと、俺の番ー……んと、なんだっけな」

「まだ八時なのに何寝ぼけたこと言ってんのよ!」

 隣の七篠に突っ込まれている。「えー、だって俺八時には寝てるよー」と惚け返す窪。七篠は呆れたような溜め息を吐いた。

「八時に寝て、朝いつも七時四十分に起きてないってどういうことよ……」

「だってるなちゃん起こしてくれるからいいかなっていたたたたっ」

「名前呼ぶなって何回言ったらわかるんじゃど阿呆」

 耳を引っ張られている。痛そうだ。

「わかっ、わかったから、話すの思い出したから放して」

「ふん」

 仲がいいのか悪いのかわからない幼なじみコンビである。

 窪は七篠から解放され、こほんと咳払いをしてから語り始めた。

「怖いかどうかわかんないんだけどよぉ」

 そんな前置きで始まる。

「黒猫の話って知ってるか? 一度通ると幸運が、二度通ると災難が、だっけか」

「うんうん、有名な話だね! なんでも猫はこの世とあの世を行き交う生き物として有名で」

「維くんストップ」

 そのままべらべらと喋り倒しそうな四月一日を球磨川が慌てて止める。四月一日がはっとしてごめんと謝り、窪に先を促した。

「それでさぁ、こないだ交差点で車四台を巻き込む大事故があったじゃねぇか。その中にさぁ、俺ん家に向かってた遠くの親戚がいたんだよ」

 そういえば、信号のない十字路で四台の自動車がぶつかるという大事故がこの間報道されていた。あの事件だろうか。

 誰かがそのことを訊くと、窪はうんうん頷いた。

「そうそう、死亡者全員って悲惨なやつな」

 親戚の方々が亡くなったというのは……お悔やみ申し上げます、と言いたいところだが、当の窪は全く気にしていないらしく、からからと話す。

「その中でな、死ななかったやつがいて、それが黒猫だったんだ。真ん中できょとんとしてて、警察とかはびっくりしたらしいぜ」

 それは誰もが知らない情報だったらしく、ざわっとなる。

 けれどやはり気にせず、窪はからからと続けた。

「しばらく会ってない人たちだったんだけど、どうやら黒猫に横切られるのは二度目だったって言ってたよ。

 残念だなぁ」

 あっさりというものである。無情なわけではないだろうが、窪にはこういうスルースキルに特化した部分がある。

 ……と、待てよ。

 またしても、塞はおかしなことに気づいた。

「黒猫に横切られるのが二度目って、誰に聞いたの?」

 またしても誰かが先んじて問いを放つ。窪がきょとんとして、「その親戚だよ」と答えるが、大体の者がそこで事態を察した。

「ちょっと永、あんた死んだ人間に聞いたっていうの!?」

「え? あ……そうなる、ね」

 七篠の焦った問いに答えたところで、窪も気づいたらしい。

 猫に横切られたのが何回目か、なんて、本人以外知りようがないのだ。

 だとしたら、窪は一体誰に聞いたのやら。

「うーん、なかなかいい話が集まるねぇ、今日は。さ、窪くん、蝋燭を」

「お、おう」

 球磨川に促され、狼狽えながらも、窪は蝋燭を消した。


「次は佐々木くんだよね」

「え、ああ、うん」

 香久山に話題を振られて、気のない返事を返す佐々木。

「じゃあ、話すよ」

 あまり気乗りしなさそうに語り始める。

「夏になると街灯に群がる虫が鬱陶しくなるじゃないか。あれってカゲロウって言って、幼虫のときは蟻食い地獄って呼ばれてるらしいな。

 成虫なっても蟻食うのかは知らんが、こないだ帰り道、夜暗いときにぶわぁって群がってるの目撃してさ。

 そりゃもう尋常じゃないくらいに。よく見ると蟻の列もそこかしこから伸びて……滅茶苦茶鳥肌立ったよ」

 女子たちからひいっと悲鳴が上がる。虫系統は大体の女子には恐怖だろう。しかもあの電球にたかる羽虫となれば、男子でさえメンタルが削られる。

「そりゃ確かに怖ぇわ」

 よく佐々木といる譲二が相槌を打つ。が、当の佐々木の反応はいまいちだ。

「うん、これだけでも怖いっちゃ怖いんだけど、」

 どうやらその話には続きがあるらしく、全員が固唾を飲んで待つ。

 充分な間を置いて、佐々木は告げた。

「その群れ、人間の子ども象るような形してた気がするんだよな。

 おお怖」

 うっ、と何人かが吐き気を催したように唸る。これはなかなか怖い。

 珍しく山川コンビが口をはさむこともなく、淡々と佐々木は蝋燭に息を吹きかけた。


 気づけば、相楽が懐中電灯を持っていた。

「はい、委員長。次、紗智ちゃんだから」

「あ、あぁ、そうだね」

 懐中電灯を受け取り、古宮の方へ回す。

 彼女は、こう言っては不謹慎だが、いい具合に青ざめていた。


 あと、三十七。


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