「あ、裕くん、蝋燭一本」

「ちょうど足りなかった。ありがと」

 塞が長テーブルに残っていた最後の蝋燭を八坂に渡すと、八坂は最後の燭台にすぽっと差した。

 四十数個の蝋燭で囲まれた部屋は四十数人が入れば手狭になるかと思っていたのだが、案外と広く、そして涼しかった。

「わぁ、教室より広いかも。ってか涼しいわぁ」

 マイペース人間で知れている永井ながい三吉さんきちがのんびりした口調でいい、寝転がる。

「こらこら、これから始まるんでしょうに何寝てんのよ」

 七篠が突っ込むも永井は気持ちよさそうに目を閉じる。この人物のマイペースというか、「暖簾に腕押し」な感じにはクラスの面々はなかなか太刀打ちできない。

 が、八坂が「どけ、火ぃ着けるぞ」と脅しにも聞こえる声をかけるとさすがの永井も驚いて飛び起きた。まあ、永井に火を着けるのではなく、蝋燭に火を着けるのに邪魔だったらしいが。

 八坂がチャッカマンで蝋燭に炎を灯して回っても、部屋の温度がそう上昇することもなく、ひんやりと心地よい涼やかさを保っていた。

 不思議に思った人物がやはりいたらしく、それを代表するように葉松が問いを口にする。

「それにしたって涼しいな」

「まあ、みんな来るまで風通してたからね」

 火着けに集中する八坂に代わり、球磨川がニコニコ答える。言われてみれば、来たとき障子は開け放たれていたように思う。

「それにここは普段法事とかで使う部屋だし」

 八坂がぼそっと付け足す。それ以上何も言わないのだが……おいおいどういう意味だよ、と何人かが青ざめた。

「雰囲気作りにまで八坂くんが協力的で嬉しい限りだよ」

 香久山がからからと笑いながらそんな一言をこぼす。香久山が言うからか、より一層場の雰囲気は出来上がりつつあった。

 八坂の火着けも手慣れたものですぐ終わり、リモコンで灯りを消すと、ぼんやりとした蝋燭の灯りだけになった。

 と、思いきや。

「うわぁっ!?」

「きゃあっ!?」

 葉松と佐伯から悲鳴が上がる。両者にそれぞれ、懐中電灯で顔を下から照らすというベタなネタで香久山と球磨川がどっきりがてら、傍にいた。動く気配もなかったのに、いつの間に、というのが、クラスの大多数の意見である。塞ですら時折、この二人、実は幽霊なんじゃないか、なんて考えるほどだ。

 葉松と佐伯のリアクションに満足したのか、香久山と球磨川はけたけた笑う。ただし懐中電灯のポージングはそのままだし、二人の笑い方が笑い方で、ますます不気味さを醸し出していた。

「さぁてと、じゃあ、とりあえず話の順番決めのくじ引きをしようか。僕と球磨川くんが割りばしくじをみんなに引いてもらいに回るから適当に引いてね。箸の先に書いてある番号が順番になるから、引いたら蝋燭の灯りで確認してね」

 なるほど。懐中電灯は香久山と球磨川しか持っていないから、ずるのしようがない。部屋は蝋燭の灯りがあるとはいえ暗いため、蝋燭の傍に行くしか番号を知る手立てはない。どうせ最終的には火を消しに蝋燭のもとへ向かうのだから、効率的な動きだろう。

 唯一、八坂はリモコンで灯りを点けられるが、八坂も企画主側なので、そんなことはしないだろう。

 周到だなぁ、と塞は感心した。香久山は塞の左隣にいた美濃からスタートし、時計回り、球磨川がその反対側の人物からスタートしているから、塞がくじを引くのは最後になりそうだ。

「わっ、やべ、俺一番! ラッキー」

 一番を引いたのは真川らしい。

「二番はあたしですわ……申し訳ございません、瑠璃花さまより先んじるなど……」

 二番手は吉祥寺のようだ。

 みんながそれぞれの順番を確認してわやわや言っているうちに、球磨川が塞に最後の一本を差し出した。

 くじ引きという形式に背いている気がしなくもないが、まあ異論はない。くじ引きとはこうなるものだ。異論を唱えないであろう学級委員の自分が最後に回されたのは、至極当然かもしれない。

 塞は余っていた隅の燭台に向かい、蝋燭に箸を翳す。するとそこにあったのは、「四十三」の文字。

「わっさすが委員長、トリ引くとは持ってるね」

 美濃の反対隣にいた相楽が楽しそうに言う。そんな相楽の数字を見ると「四十二」。ちょうど塞の前だ。

「ふふふ、塞くんの話楽しみ〜」

「ちょっと美濃さん、ハードル上げないでくださいよ!」

 美濃も既に楽しそうだ。さすがは香久山たちと話が合うほどのオカルト通だ。

 美濃の向こうでは、古宮がほうと息を吐いていた。

「よかったです……最初の方の番号で」

「え? 紗智ちゃん何番?」

「は、八番です。さかちゃんは?」

「私は三十三番」

 美濃は結構後半の数字を引いたらしい。

 百物語というのは、実は後半に話す人ほど難しい。何故なら既に出たのと全く同じ話はできないからだ。

 けれどまあ、美濃のことだ。心配はあるまい。

「じゃあ、雰囲気が出るように、みんな僕たちみたいに顔を下から照らしながら話してね」

 そんなところは、なんだか子どもっぽくて、お遊戯会のようだ。

 香久山が真川に、球磨川が吉祥寺にそれぞれ懐中電灯を渡す。ちなみに懐中電灯は近い番号の人のところに回すことになるらしい。みんなで軽く番号確認をして、さあ、いよいよ始まりである。


「じゃあ、まずは俺から」

 真川が指示通り懐中電灯で顔を下から照らすが、香久山たちほどの迫はない。

 まあ迫はなくてもいいのだが。

 真川が話し始める。

「旅館に泊まりに行ったときの話をするな」

 そう口火が切られ、辺りがしんとする。みんな、話に集中しているようだ。

「暑くてさぁ、その部屋。窓を開けようと思ったら窓のすぐそばが植木で風通しが悪かったんだ」

 まじで腹立ったわ、と小言を入れつつ、話を進める。

「でさ、仕方なく網戸だけ閉めたのよ。

 そのまましばらく部屋でごろごろして、ふと起き上がり、外の方を見たら──」

 真川の話の抑揚が上手く、何人かが引き込まれ、息を飲む。

「そこに映っていたのは、俺の顔じゃなかったんだ……」

「だ、誰の顔だったのさ……?」

 真川の隣にいた真城が恐る恐る訊く。すると、真川は肩を竦めた。

「俺と同い年くらいの男の子だったんだけど、俺とは全然違う、不健康そうな隈の深い顔だった」

 その言葉に塞がぴくりと反応する。それってまさか……

「何々、球磨川か香久山のどっきりじゃねぇの?」

 二人のどっきりを幾度となく受けている葉松が茶化す。すると香久山が苦笑した。

「僕らは葉松くんや佐伯嬢以外にはどっきり仕掛けてないよ」

 さらりと爆弾発言をした。

 佐伯からは静かなる殺気が向けられ、葉松からは明らかなる怒気が放たれたが、香久山は全く意に介していない様子だ。さすがというか。

 塞は思考を掻き消されて、何を考えていたか忘れてしまう。

「瑠璃花さまを愚弄するな! お前らはいつもいつもこちらが何も言わないのをいいことに……!」

 案の定、吉祥寺が喚く、が。

「んばっ」

「きゃあっ?」

 吉祥寺の目の前に唐突に香久山が現れる。吉祥寺の持つ懐中電灯でいい具合に顔が照らされ、さぞかし不気味に映ったことであろう。

「何も言わない、ねぇ。言えないだけじゃないの? 僕や球磨川くんはみんなと同じただの小学五年生だよ? みんな怖がるけどねぇ?」

「……は、い?」

「葉松くんも、佐伯嬢も、みぃんな、同じ」

「ぐ、佐伯お嬢様は、大企業の社長令嬢ですのよ」

「でもただの小学五年生でしょ? どっきりに簡単に引っ掛かっちゃう」

 ただの小学五年生だよ、と香久山は繰り返した。吉祥寺が返す言葉に詰まり、周囲は意味深な発言にしんと静まり返る。懐中電灯と蝋燭の微かな灯りに照らされた香久山の瞳はやけに透明だった。

 だがそれは一瞬で瞼の奥に閉ざされてしまう。香久山はにこりといつものように妖しく笑った。

「さぁ、吉祥寺さん、次は君の番だよ」

 あ、真川くん蝋燭、と香久山くんが思い出したように言うと、真川くんがふっと蝋燭を消す。

「それにしても面白い話だったねぇ」

「そうだねぇ、意味怖で」

 球磨川と誰か男子が言葉を交わす。

「意味怖?」

 話した真川が首を傾げた。

「確かに、あの顔怖かったけど……」

「そこじゃないよぉ、怖いのは」

「へ?」

 随分饒舌に語っていく。

「だってさ、真川くん。君、閉めたの網戸だけなんでしょ?」

「うん、そうだけど……」

「あっ」

 塞は気づいた。気づいてしまった。気づくと確かに怖い。

「え、塞、なんかわかったの?」

 真川がお手上げポーズから一転、きらきらした目で塞を見る。

「あ、ええと……」

「さすが委員長、頭の回転いいね。解説をどうぞ」

 言い淀む塞に譲るように示す。塞は仕方なく答え合わせをすることにした。

「明日夢くんが閉めたのは、網戸だけだったんでしょ?」

「ああ」

「網戸に顔は映らないよ」

「……あ」

 皆、意味を察し、顔を青ざめさせる。香久山や球磨川は楽しそうにしているが。

「やはり怪談は素晴らしいね! 納涼には最適だ。正義だもんねぇ、嗣浩くん」

 教室で「納涼は正義」と叫んだ嗣浩は「お、おう……」と元気のない様子で応じた。

 確かに、納涼には充分だった。

 充分すぎるほどの涼を場の全員が感じていた。

 だが、物語は始まったばかり。

 あと、四十三。


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