第29話 めざめ
けたたましい電子音で目が覚める。定刻に設定している、いつものアラームだ。真っ先に意識を現へと引っ張り上げたのは、凄まじい刺激臭だった。
「くさい……」
言いながら息を吸い込んでしまい、嗚咽する。しかし胃の中はすっかり空のようだった。新たに逆流してくるものはなく、ただ「うっうっ」とえずきながら、背骨の痛みに目が滲むばかりである。
「最悪だ」
全身がベトベトだった。酷い臭いである。身体を起こすと肩の傷が激痛を伝えてきて、うめき声が漏れる。しかしその痛みを鎮めるために深呼吸する音を耳で捉えながら、「生きている」という言葉が、ふいに口をついて出たのだった。
服は一度濡れて、乾き始めていた。あまりの有り様に呆然としつつも、健人は身につけているものを全て脱いだ。本当に胃の中身を全てぶちまけたらしい。服にも床にも、側の家具や寝具にも、あちこちに吐瀉物が飛び散っている。下着を脱げば、精液がだらりと太ももを伝い落ちた。
これらを全て片付けなければ――うんざりしつつ、どこか現実的なその感情に、安堵も感じるのだった。
「プリントし直さないと」
床に散らばる写真も、段ボール箱の中の束にも、何かしら汚れが飛び散っている。無傷に見えても、臭いはついているかもしれない。そんなものを紗和の母親に送るわけにはいかないだろう。
後始末にどこから手をつけたものか思案しながら、健人は風呂場へ向かった。
そしてどうにか自身の清潔を取り戻し、籠もり切った臭気を逃そうと部屋の窓を開け放つ。そんな時だった。
先程のアラーム音とは別の電子音が、部屋の空気を震わせた。
紗和の発見を知らせる着信だった。
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