第30話 指先

 紗和はあの砂浜で、全身が埋まった状態で発見された。

  

 夜明け前の、ようやく薄明るくなったばかりの早朝のことである。日課の犬の散歩で浜に訪れた近所の住人は、愛犬が落ち着かな気にリードを引っ張るがままに任せて歩いていた。そして砂間から突き出た、一本の人の指を見つけたのだった。


 いつから埋まっていたのか、第一発見者の知るところではなかった。善良なその町民は、突き出た指先がピクリと動いたのを見るや、仰天してすぐに砂を掘り始めた。そして顔が出て息があることを確認した後、しかるべき場所へと通報がなされたのだった。



***



「お忙しくなかったですか」

「お生憎様、相変わらず暇でね。それよりも良かった。元気そうだ」


 医師により面会が許可されたその日のうちに、後藤は病室に駆けつけた。入院着姿でベッドの背もたれを起こした紗和を観察し、うんうんと頷いている。


「見たところ健康そうだけど、身体におかしいところはない?」


 その質問に、紗和は少し間を置いて頷いた。傍らに立つ健人が、気遣わし気にちらりと彼女を見た。


「歩行も問題ないんです。そこに置いてある車椅子も、念のためですし。検査の直後なんかは、どうしてもふらつくので」

「そうか。検査はまだ残ってるのかな」

「そうみたいですね。私も自分で把握しきれていないんですけど。経過も観察するから、もうしばらく入院しなきゃいけないみたいです」


 紗和の説明に、後藤は相槌を打った。


「原くんはまだこっちに残ってるの?」

「ええ。俺は元々在宅ワークだったので問題ないんですよ。紗和の家に泊まらせてもらって、そこから通うつもりです」

「警察もその方が都合がいいだろうね」

「そうでしょうね」


 三人はしばらく沈黙した。窓を締め切った室内には、外の蝉の鳴き声と波の音は聞こえてこないが、別の病室から漏れるテレビの音や人々の会話が絶え間なく入ってくる。

 蒸し暑い夏の昼下がりだった。

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