第21話 抵抗

「無理してない?」


 波の音に乗せるようにして、健人の質問が耳に届いた。


「してない……とは言い切れないかな」


 ザックから二人が取り出しているのは、防錆剤を内側にぬりつけたバケツ、霧吹きに、ジョウロと大小様々な大きさのシャベルである。


「でもやってみたいと思うから」

「本当に効果があればいいんだけどな」

「期待してるんだよ」

「……ダメだったら」

「それはそれでいいの。ダメでも、手に入る新しい記憶があるんだから」


 タープを設置し終えた健人の手を、紗和は強く握った。


「新しい記憶には、健人がいる。写真も撮ってくれるんでしょう? だから全くの無意味にはならないよ」


 紗和の目に陰りがないことを確認して、健人はようやく納得したように一つ頷いた。


「紗和の記憶の中で断トツかっこいい、完璧な城を作ろうな」

「うん!」


 晴れた七月の休日だったが、やはりその海水浴場に人気はなかった。たまに目に入る人の姿は、どれも釣り人のものである。

 駐車場を挟んで反対側に煙が立っているのが見えるので、その辺りでバーベキューをしている一団がいるのだろうが、離れすぎているのでよく見えなかった。


「後藤先生達、そろそろ買い出しから戻って来るかな」

「先に掘り始めてようか」


 スコップを手にした健人に同意して、紗和も砂の上に腰を下ろした。


「お腹減ってくるね」

「期待してていいよ。後藤先生、意外かもしれないけど、アウトドア好きだからさ。よく学生誘ってバーベキューするんだ。先生の作るキャンプ飯は絶品だよ」

「へえ。楽しみ」


 ザクザクと、小気味いい音がリズミカルに弾んでいる。


 今日紗和は、健人と後藤、そして彼のゼミ生数名を伴って地元の海水浴場へやってきていた。海開きがされて間もない、晴れの日である。あの少年と砂の城を作った日と同じ季節だった。


――あの日もこんな天気だった。風が柔らかくて、夏の匂いが濃くて


 今日ここへ来た目的は、砂の城を作ること。それも完成度の高いものを目指す。


『間宮さんとその子の出会いの場面に関する、重要なキーワード。それは砂の城だな。それを記憶の中のものよりも強烈なイメージで上書きする。どうだろう』


 そんな提案をしたのは、紗和が後藤の研究室で、あの夏の出会いの日へ旅行した直後のことだった。


『相対的にその子との出会いの印象を弱くして、彼の存在感を薄めることにつなげることが狙いだ。更に間宮さん自身が、記憶の中の強い印象を乗り越える足掛かりにもなるはずだよ』


 全て推測でしかない。説明を受けた紗和自身も、それで解決するという確信は得られなかった。しかし、全く無意味であるという確証もない。少なくとも手も足も出せない現状に対して、このままではいさせないという抵抗の意思を示すことにはなるはずだ。

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